第壹章 見るに堪えぬマリオネット 9P
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「さて……急な呼び出しにお答え頂きありがとう」
「いきなり何よ? これでも私、暇じゃないんだけど」
「君に折り入って話があるんだ。とっても大切な事で」
「気持ち悪い」
「そうだね。僕もそう思う。でも大切な話なんだ」
「……」
ルーがランディの依頼を受けた翌日の昼下がり。休憩の合間を縫ってルーは、既に動いていた。シトロンを『Figue』へ呼び出し、シトロンへ考える隙も与えず、問い質す。下手な小芝居や権謀術数、小手先の話術など通用しない。ルーもそれが分かっている。相手は、自分の数段上を行くのだ。最初から本題に入ってしまえば、逃げ場はない。寧ろ、それらに頼らずともルーには、核心を突く奥の手があり、シトロンの牙城を崩す絶対的な自信があった。
「ランディの事? 頼まれたのね? それ以外でないでしょ。なら、あんたには関係ない」
「いいや、関係あるね。アイツは、友達なんだ。友達が困っているなら手助けをしてやらないと。君が何を考えているのか知りたくて問い質しに来た」
クロバットを軽く緩めながらルーは、冷めた珈琲を一口。簡素な灰色のドレス姿で腕を組み、じっとルーを睨み付けるシトロンの発言一つ一つがどれを取ってもとげとげしい。当然の事ながらシトロンにも粗方、ルーの考えはお見通しだろう。表裏の無い敵意に寧ろ、清々しさすら感じてしまう。
「何もないわ。ルーに話す事何て」
「あるだろう? 君がこんなにご執心な事何て、今まで無かった。あからさまに可笑しい。単刀直入に聞こうか。一体、何があって君の心情に変化があった? それを知りたい」
大通りの喧騒を眺めながらシトロンは、不愛想に答える。どれだけ本心を隠そうとも違和感は、拭い切れない。ゆっくりと腰を据えて所々で指摘を交えながらシトロンのしくじりを待つだけなのだ。焦る必要は、何もない。
「ほんとに面白くない男ね。無粋よ」
「何とでも言えば良い。何時もならさらっと流す癖に。らしくない。正直に言ってご覧よ。実情は君でさえ、この状況をどうして良いか分からず、持て余しているんだろう?」
腹の探り合い。と言うには、あまりにも幼稚過ぎた。互いの言葉尻を捕らえて不毛な揚げ足取り。されど、ルーの物言いに引っ掛かりを覚えたのか、話の合間にシトロンは、ユンヌへ声を掛け、飲み物の注文を済ませる。何も知らなければ、大胆な発言など、出来ない。
「何にも知らない癖してかまをかけるのだけは、上手ね。詰まんない男になったわ」
「何もないなら僕もこんな手は打たない。確証があるから僕も堂々と一手が打てる」
好い加減、煩わしくなったルーは、深く一歩を踏み出す。何も詰まらない口喧嘩をする為に呼び出した訳ではない。形振りを構っていられる程、状況に余裕がないから行動に出たのだ。あくまでも強固に誘いへ乗って来ないなら無理にでも引っ張り出すしかない。
「恐らく、僕らは共通の事を知って居る。それは、ブランさんから齎されたものだ。僕の場合は、本当に偶然だったけど……君は違う。明確にブランさんが何か画策をした結果だ」
このけったいな状況を作り出した諸悪の根源を頭に思い浮かべると、嫌でも額に手を当てたくなる。本来ならば、自分が口出しをする理由もない。だが、今回の件は違う。町を揺るがす騒動になりかねないからその前にルーは、何としても止めたかったのだ。
「このままだと埒が明かない。ランディがこの町に所縁がある事を君は、知って居るね?」
「っ!」
「そんな顔をするって事は、正解だ。この前の会議室の一件で耳にしたんだろう? レザンさんの孫だって事。君も酒場を切り盛りする看板娘ならそれくらい隠せないと。残念だったね。知らないと高を括って居たのだろうけど、僕は正真正銘、ブランさんの手から離れた特異点。変則的な事象なんだ」
目を丸くして驚くシトロンを尻目にルーは、脱力して笑う。本当に手が掛かる相棒だ。知り得なければ、舞台にも上がれない。偶然の産物とは言え、これで立場は互角と相成った。
「気持ち悪……」
「辛らつだなあ。今のは、確実に格好を付けなければならない場面だっただろうに」
「本の読み過ぎね。臭過ぎ」
肩を竦め、呆れ果てるシトロン。驚きよりもルーの鼻につく高慢な態度が気に食わない。其処まで知っておいて後は、何を聞こうと言うのか。シトロンは顎でしゃくり、ルーに話を促す。気まずそうに軽く咳払いをした後、ルーは更に追及する。
「何にせよ、その事を知った君は、居ても立っても居られず、行動を起こした。そう推測すれば、何もかもが合点の行く結果だ。これから起こり得る事象が面白可笑しいものへとなるのならそれを一番近くで見てみたいと。そして自分自身もその物語の登場人物として在りたい。本の読み過ぎは、どっちだい。人の事、言えないだろう」
「別にそんな事……」
「思ってないのならそれでも良い。でも釘を刺しておくよ。今のままでは、君が報われる日は未来永劫やってない。だってその役に明るい未来はないのだから」
「……やってみないと分からない」
「全てを知っても尚、突き進むのかい?」
先んじてこれからの結末を設定した上でルーは、シトロンの覚悟を試す。恥を忍んですべてを曝け出したランディへ報いる為に。本来ならば、間違いなど存在しない。だが、誰も喜ばない終着点は、存在する。それを理解している筈にも関わらず、敢えて選ぶ理由をルーは、知りたいのだ。答えによっては例え、古なじみでも容赦はしない。
「安定した結果ありきで代り映えしない道の何が楽しいワケ?」
「何を持って判断するかによるけど、既に誰かを想って居る奴がその方針をいきなり変える訳もない。ランディは、少なくとも二年前からずっと変わらず、その想いを持ち続けている。それとも何かい? 君はそれを覆すだけの何かを持っているのかい」
「私なら二年も放って置かない。例え、どんな理由があったとしても……」
「重たいね、君は」
この町に滞在している間だけでも沢山の出来事があった。それを顧みてシトロンは、真剣な眼差しでルーへのたまう。そしてその言葉の裏側に存在する想いもルーへ伝わった。
「あんたは、見た事ないから言えるのよ」
「君は、ランディの何を見たんだい?」
「言う訳ないでしょ。これは、私しか知らない事にしておくの」
「意外と女の子らしい事、言うね。現実的だと思ってた」
「こうしたいって理想があるから現実をしっかり見るの。それから予想して動くの。こうであって欲しいと在り得ない事を願うばかりの夢想家とは違うわ」
「でもそれは、恐らくフルールも知ってるよ」
自分だけという幻想はあり得ない。だからその幻想に近づけるようシトロンは、行動する。何も根拠がない訳でもなく、されど確実でもない。その狭間に自分を置く事でシトロンは、自分であると己を定義している。そしてその環境をランディは、作り出していた。ただの冷かしではない。この問題の本質は、其処にある。
「そんな事……分かってる。でもフルールには出来っこない。フルールは、正直だから」
「正直なのは、美徳だよ?」
「自分の心に正直だからダメなの。相手の心を受け入れられない」
「また難しい話だ……何処まで行っても人のそれは所詮、独りよがりでしかない。君がそれを超越している気でいるのかい。それこそ、高慢だよ」
「ありのままを受け入れるのよ。こうであって欲しいと自分の理想を押し付けない。少なくとも私は、ランディに自分の理想を重ねていないわ」
「なら、君の抱く理想とは?」




