第傪章 『Peacefull Life』 5P
「ははっ、俺もそう思うよ」
何気ない一言でちょこちょこと男心を擽るユンヌをやんわりとかわすランディ。無自覚で純粋な攻撃を前に一歩間違えればあっという間にノックアウトだ。また、フルールもユンヌの十分の一でも落ち着きがあればエグリースにも言われることはないだろうなとランディは話長がら思った。同時にそんな穏やかな会話の中でランディはユンヌと話しつつも先ほど此方に視線を向けて来たフルールを気づかれないように見やる。何も分からないランディには精いっぱいの気遣いだった。
「そうかい、だったら余計なお世話だったね。ごめんよ、フルール」
「いいえ、あたしの方がお礼を言わないと」
「まあ、ゆっくりと考えな。若者は悩むのも仕事の内さ―――― さてと無駄話はこれくらいにして私らはそろそろ行こうかね。後は夫婦で仲良くやっておくれ」
「だから……はあ、何でもないわ」
アンのからかいに犬歯をむき出しにまたもやフライパンを振り回して食って掛かろうとしたが、途中から言葉に含まれた意図を知り、諦めたように意気消沈するフルール。まだまだ、年上の者には敵わない。こうも煽られ続けてその都度、噛みついていたら本当にそうなってしまうかもしれないとフルールは密かに思ったのだ。
「何だか……もう終わりなんて詰まらないなあ」
アンのおひらき宣言を聞いたユンヌは納得の行かない顔で不平を漏らす。
「そうだね、また今度。暇な時にでもお話しようよ」
膨れっ面をしたユンヌにランディはすかさず次の約束を提案し、機嫌を取った。
「うん! そしたらランディ君、良かったら今度、家にお茶を飲みに来て。私ね、教会で子供たちに勉強を教えながらお母さんの手伝いしているの」
「へぇ、先生か。と言うことはもしかしてユンヌちゃんは学者さんだったの?」
「うん、少し前までね。初等学校を卒業してから、四年間勉強。それから十六歳の時、『ecole』大学に入って……去年、帰ってきたの」
「そうなると南の大都市『Garcon』だね、因みに専攻は何を?」
「専攻は外国語なの。特に共和国語と大陸共通語。でも少し、結構マイナーな分野なんだけど社会学って言う学問も齧ったんだ」
「学生さんってだけでもびっくりなのに外国語ってまた凄いなあ。俺が話せるのは精々、大陸共通語ぐらいだ。それと社会学ってのは何処かで聞いたことがあるような……」
「そっ、そんなことないよ? 普通だよ 、普通! でもランディ君も凄いよ! 何でも知っているんだね、社会学なんてまだ、殆ど知らない人が多いのに……」
「ほら、ユンヌもう次の店へ行くよ。それじゃ、新入り君。仕事頑張るんだよ」
「もう、お母さん邪魔」
「ああ、つい話し込んでしまった。お引きとめして済みません、またのおこしお待ちしています。それじゃあ、ユンヌちゃん。今度、お店に顔を出させて貰うよ」
「うん、絶対だよ? ランディ君―――― 約束忘れちゃ嫌よ?」
「勿論さ」
アンとユンヌはこの後も買い物があるというので『Pissenlit』を後にした。
「いやー、ユンヌちゃん可愛かった」
「ランディ、ユンヌに変なことしたらあたしが許さないよ。あの子は友大事な幼馴染だからね」
笑顔で店の外まで二人を見送るランディとフルール。
「わっ、分かってる。そんなことしないよ。しっかし、噂話って凄いね。もう二週間経つってのにまだ弄られる」
「この町の話題なんてそうそう多くないからね。同じネタを何度も何度も引っ張りだすのよ。本当にウンザリだわ」
やれやれとフルールが溜息をついて、近くに落ちていた小石を蹴った。
「ごめんね、俺のせいでフルールに迷惑を掛けて」
これを困り顔でしおらしく言うからフルールはランディを強く責めることが出来ない。
「ううん、あたしが迂闊だったのとこの町の人がしつこいの。ランディは悪くない」
「うん……そう言って貰えると助かるよ。でもこう言う噂話はやんわりと受け流して面白みを感じさせないのが一番の得策だと思うけど。 フルールは火に油を注いでいるだけじゃないかな?」
ランディは後頭部の辺りで手を組み、眼下に広がるオレンジ色の穏やかな午後の町並みを見つめながらぼんやりと言った。
「それで終われば良いけど、次に聞かれる質問が『いつ結婚するのか?』、『あんたたちまだくっついてないのかい?』とかに変わるから問題なのよ」
まだ持っていたフライパンで肩を軽く叩き、疲れた様子でフルールがぼやく。
「難儀だね」とうんうんとランディは分かった風に共感する。
「嫌になるわよ、全く―――― それよりランディ。あなた、課題はどうするの? 確か『ランディが関わった面白い話を作ってこの町の話題になること』だっけ」
「そう、それ。だけどテーマがぼんやりし過ぎてどこから手をつけようか迷ってる」
フルールは顎に人差し指をかけ、ランディへ出された課題について考えた。
「そうね。取り敢えず、今は『Pssenlit』の仕事やら、自分の買い物で町を回ってみることが得策じゃない?」
「つまりは虱潰しにやっていくしかないってことだね。俺もそれは考えてた」
前髪を弄りながら横にいるフルールへ顔を向けるランディ。
「まあ、ブランさんも酷いわよ。あたしがこれだけ苦労しているっていうのに。あたしとのくだらない噂話はノーカウントって」
軽く地団駄を踏み、フルールは不平を漏らす。
「ブランさん曰く、『自慢話は僕が面白くない』ってことらしいから」
「こっちはそのつもりがなくても体張っているって言うのに。我儘よ、ブランさん。と言うことでランディ、明日はあたしと一緒に買い物よ」
「うん、良いよっ! いや……ちょっと待った! どうして課題の話から君の買い物に付き合うって言う話にすり替わるのさ! 意味が分かんないよ」
確かに話が飛び過ぎて戸惑うのも仕方がないだろう。ずっこけて肩を落とした後、ランディが疲れたようにゆっくりと突っ込みを入れた。
「だから虱潰しに回るなら明日、あたしもランディも休みだしってことで町の中を回るのよ。好都合じゃない?」
「その心は?」
「ただ荷物持ちが欲しいだけ」
「やっぱり、そんなことだろうと。でも町の噂は?」
「毒を食らわば、皿までよ。はっきり言ってもう反応するのが面倒臭い!」
どうしようもないともう半ば諦めたかのようにフルールは開き直る。
「それにランディ、あなた、そろそろ服買った方が良いわよ。着回しするのは良いけど洗濯も大変でしょ? 第一、旅で何着かもう雑巾にしても良いくらいぼろぼろな服もあるじゃない」
ランディの服の裾をつまみながらフルールが言った。実を言えば、ランディも服には困っていた。洗濯は延ばしても一週間で二、三回しなければならない。その上、フルールの指摘通り今、着ている服も繕いなどをしているのが大きな穴や焼け焦げた跡などもう悲惨な状態だ。
「―――― まあね……よし分かった、行こう」
「可愛い女の子に買い物へ誘われただからそうこなくちゃね」
「可愛いかどうかは別として。ただし一つだけ、条件があるのだけど良いかな?」
悪いことを思いついたようににんまりしてランディは条件の提示をする。
「あ・た・し・は可愛いの。それで条件は何よ? 全然、問題ないわ」
フルールはランディ方へ顔を向けるなり、大人の余裕を見せる。
「いや、簡単なことさ。ただ、明日は礼拝の日だから朝から俺と一緒にエグリースさんのありがたいお話を聞きに行こうってだけってどこへ行くのさ、フルール!」
「逃げてるのっ!」




