第壹章 見るに堪えぬマリオネット 7P
この案件においてもう一つ問題があるとすれば、二人には専門的な知識が零な点だ。あくまでも一般論的な提案しか思いつかない。効果的な対処には、全く繋がらないのだ。勿論、銃器の取り扱いに長けている人材も居るけれど、それも案山子替わりにしかならない。
「因みにルー、銃の扱いは?」
「当然、全くない」
「だよね? そうなると、必然的に見回りは、ノアさんと俺が主体となって動かないと」
「僕が出来るのは精々、円錐形の帽子を被って聖誕祭で使う花火を鳴らすくらいが関の山」
「それはそれで滑稽だから奴らも笑い転げて食事どころの騒ぎじゃないかもしれないね」
「それならまだ救いがある。問題は万が一、町の誰かにその奇行を目撃された場合だよ。恐らく、僕の頭が可笑しくなったと思われるに違いない」
現状、自警団でまともに使いこなせる者は、ランディとヌアールだけ。ルーには、とても扱えない。その対策も講じる必要があるのだ。
「……弩ならこの町にもあるだろう?」
「僕もそっちを使おうと考えてる。矢を番えなきゃ、まだ危なっかしくない」
「まあ、問題はそれだけじゃないんだけど。一番、危惧にしないといけないのは、誤射だ。まかり間違って人に当てたとなっては、それはそれは大事だよ」
「君やノアさんなら経験豊富だからある程度、感覚で分かるのだろう。でも僕は違う。そんな感覚、養ってないからね。あくまでも護身用さ」
「その方が良いだろうね。俺もノアさんも不用意にドンパチしないよ。きちんと狙いをつけられるのは、昼だけ。夜は精々、空に一発撃って終わりさ。奴らも馬鹿じゃないから派手な音と火薬や人の臭いがしたら寄り付かない筈。宛ら俺たちは、畑の案山子だよ」
「うーむ。ただでさえ、朝は弱いのに……泊まり込みで見回りなんてしたら仕事に支障が出る。最悪だよ。日程の調整は必須だ」
「ラパンには悪いけど、少なくとも俺も朝の訓練、暫く休みにするよ」
「それが良い」
実際に現場を確認している訳でもなく、人員が全て揃っている訳でもない。現状、出来る事とは、のんびりと過ごせる休みが減り、規則的な生活が暫くお預けになる未来を嘆くのが関の山。揃って肩を落とすランディとルー。互いに上長への相談は必須だ。
「以上、僕の用事はこれで終わり。因みに君は、僕に何か用事があったりする?」
「ふむ……何時もなら無いと答えるけど。丁度、俺も困り事があるんだ」
「さっきの事以外で? まあ、君は何時も困っているから変わりないでしょ」
「確かに……でも、今回ばかりは話がちょっと違う」
「珍しいね。ほんとにお手上げみたいじゃないか。話してごらんよ、ほら」
心底、疲れた顔のランディを見てルーは首を傾げ、訝しがる。この町で迷う事はあれども弱音を吐く事など、一度も零してこなかった。どんな事であろうと逃げ出さない男であるルーは認識していた。されど、その男気も今は、見る影もなく。
「……シトロンの事だよ」
グラスの中身をもう一度、一気に飲み干し。やっと言葉にして捻り出したのは、とある人物。その名を聞いてルーは、全てに察しがつき、呆れ果てる。この期に及んで何をのたまうものかと戒めも兼ねてルーは、グラスにウヰスキーを注いで飲む様に促す。
「はっきり言うけど。それは、君が悪い。君と言う存在も含め、言動も何もかも全てが」
「何でそうなるのさ? 俺は悪い事、一つしてないよ」
「馬鹿みたいに日々の生活を派手なものにした結果さ。落ち着いて腰を下ろして居れば、そんな事にはならなかった。そりゃあ、傍に居たらちょっかいの一つもかけたくなる」
煙草の影響も含め、ランディの視界が少し揺らぐ。いや、ルーの率直な見解が何よりも思考へ影響を与えたのかもしれない。されど、これまでどうすれば良かったのだろうか。そんな疑問が脳裏に過ぎる。別に己の成果を誇示する心算は、毛頭ない。全ては、町の為を思って行動して来たのだ。誰かの気を引こうなどと邪な考えなど、一つもない。
「それは俺だけの所為じゃない筈っ! 確かに……落ち着きは、無かったけどさ。別に原因の話をしてる訳じゃない。今は、解決策が欲しいんだ」
「無い。敢えて言うのなら僕は、今の君に反省を促す為に、やむを得ず口撃しているのだよ」
「なんだいそりゃあ……」
「少なくともこれだけは言える。今の状況は、ただの前座。これからが地獄だぞ」
「悪夢みたいな事、言わないでくれ……」
「その他人事みたいな態度を改めないと更に悪化の一途を辿る。今はまだ、可愛げがあるもんさ。でも全ての歯車が動き出したら止まらない。君が理に反して回転を止めても世界の歯車が噛み合って一斉に回り始めれば、君が何をしようと事態は、勝手に動く。否が応でも」
ルーは、決して難題をランディへ投げ掛けているのではない。自分自身の事として捉え、答えを出せと言っているのだ。それが例え、どんな結末を迎えようとも。取り返しのつかなくなる前に。この穏やかなまやかしに終止符を打てとそう言っているのだ。
「今の浮ついた状態が全ての元凶だ。何も決めず、何にも向き合わない。僕は、隠し事なんてしない。君が欲するなら唯一の解決策を単刀直入に言おう。君の心に抱く矜持か何かは知らないけど、君が全てを捨ててシトロンにきちんと向き合え。今直ぐにでもあの子の家へ訪れ、腰を引き寄せ、抱き留めさえすれば、全てが丸く収まる」
「……それは俺が一番やりたくない事だ」
「なら、フルールでも良い。シトロンが嫌なら」
「そう言う事じゃない」
「いや、そう言う事だよ。君がすべき事は」
憎まれようとも悪役を買って出る友を前にランディの心は、揺らぐ。そんな事は無い。自分の価値など、自分が一番、分かっている。甲斐性なしで想われるほど、特定の誰かへ何かをして来た訳ではない。容姿にもさして気をつかわず、誰かの目を引く程の魅力もない。そこらに嫌と言うほど、転がっている石ころと同じだ。
「好い加減、事実を認めろよ。君が本気にならないと全てが終わる。目には見えないけど、それだけ事態は、時間の経過と共に危うくなってる。これまで機能していた穏やかな均衡が君の所為で崩れたんだ。その責を果たせ。祭りの時に僕が君へ教え説いた選択肢。覚えているかい? 君は、他人の興味を引くよっぽどの事をやらかしているんだ。最早、君の未来は、三択のみ。誰かとレザンさんの後を継ぐか。パン屋か、酒場に腰を落ち着けるかだ」
「何を分析して見出した結論だよ……それは。君らしくない」
「かまととぶるのを止めろ。これでも僕は、君の隣で全てを見て来た。これは、分析じゃない。純然たる事実だ。人の想いを物差しで測る事何て出来っこない」
隣で全てを見て来たルーは、知っている。ランディ自身が気付かない。真価を。それは、目に見えるものではない。肌に触れるものでもなく。音や言葉として耳に届くものでもない。
だが、己の中にある何かで感じるものであると。
その何かは、特定の人物だけでなく、ルー自身へ影響を与えている事も。
「これまでフルールやシトロンが単なる施しや同情を持って君に接して来たと思っているのかい? それなら大間違いだ。誰が献身的に怪我をした君の面倒を見るもんか。誰が過去の出来事で苦しむ君と向き合おうと思うか。きっと、それら全てを乗り越えて今を懸命に生きる君に対して二人は、何かを見出してしまったんだ。その原動力が何かを知ろうとしている。嘗て、人に絶望し、それでも人と関わろうとする君の矜持に」