第壹章 見るに堪えぬマリオネット 6P
「それは……厚かましい君のその拘りは一体、何処から来るんだ? 詰まんない恩返しとか、ふざけた理由なら僕は、君をぶん殴る用意がある」
「……俺の思いは、ただ一つ。あの子の幸せを願っている」
「……真面目に言っているなら君は、僕の想像を超えた馬鹿だ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
全ては、それに尽きる。ランディの想いに表裏はない。出来るだけの後押しを。明るい希望と胸が張り裂けそうな程、肥大した期待を込めて。ヒトの幸せを願うランディに嘘はない。
額に手を当てて呆れ返るルーを前にランディは、微笑む。
「君の覚悟は、痛いほど分かったさ。ならば、別の方面から君を糾弾しよう。幾ら二人が何を考えて居ようと、決して結びつけちゃダメなんだ」
「それはどう言った了見で?」
遂に待ち侘びた時が来た。この町で起きた出来事を詳らかにされる時が。大体の察しはついている。だが、それは、想像の域を超えない。確固たる証拠がランディには必要だった。
「アンジュは……アイツは、危険過ぎる。災いの元だ」
「それなら俺も一緒だろうに。何かしら面倒事を惹きつけている」
「君のそれとは訳が違う。単純に引き寄せるだけならまだ可愛げがある。アイツは、引き寄せられる災いそのものだ。僕らとは住む世界が違う」
「……」
「僕がこの町に居ない時の話で妙に町の皆が落ち着きないから調べたさ」
ルーは、ランディの期待を何時も裏切らない。仕事や休日の合間を縫って調べてくれたに違いない。だから己の背中を任せられる。それからルーは、詳細な情報をランディに伝える。
「アイツがこの町に滞在している間、不気味な事が何度も何度も起きている。当時、二名ほどこの町から行方不明者が出ているらしい。確か、町の住人じゃなくて旅人だったけど。後は、町の周辺に生息する獣が何者かに多数狩られる事変も。極め付けに……これは眉唾物の話だけど、夜中に何人かが、近くの林で怪しげな二対の赤い光を目撃していてね」
「なるほど……」
「その他にも訳の分からない出来事が多数、発生しているんだ」
得体の知れぬもの程、人の恐怖を煽る。それは、どれだけ文明が発達しようとも変わらない。ましてや、それが自然のなせる業でなく、意思を持った同じ人の齎したかもしれない出来事なれば、尚更だ。その感情は、脈々と受け継がれた人がこの世界で生き抜く上で欠かせない大事な警鐘である。勿論、ランディは理解している。
「君は……馬鹿にするかもしれない。けれど、僕らにとっては忌々しき事態なんだ」
「そうだね……忌々しき事態か……」
けれど、ランディには違う何かを感知していた。人々が恐怖に慄く最中、苦しみに喘ぐ細く声が。目には見えない傷から透明な血を流すその様が。絶望に苛まれ、独り涙する悲しみの匂いが。ランディには、分かる。
「俺も全てを知って居る訳じゃない。けれど、根幹だけははっきりと見据えている心算。彼は……純粋なんだよ。何処までも澄んでいる。だけど、研ぎ澄まされ過ぎたが故に……」
だから手を差し伸べねばならぬ。見捨ててなど置けない。
「人を寄せ付けない」
まるで以前の自分の様にとは言わなかった。グラスの中身を飲み干し、灰皿の上で燃え尽きた煙草を目にして新しい煙草を取り出し、火を付ける。どれだけ言葉を重ねても一向に意思を曲げようとしないランディは、ルーは更に苛立ちを募らせた。ランディの手元から煙草の箱を奪い去り、自分も吸い始める。
「……僕は、君の鼻持ちならない言い草が嫌いだ。何でも知った気でいる。その余裕そうな面も含め。前にも言ったかもしれないけど、何時か足元を掬われるぞ?」
「それでも良い。それ位で沈む不甲斐ない俺なら俺は、俺を見限るさ」
「時と場合によっては、自分の命さえ軽んじる所も嫌いだ」
「友よ。大目に見てくれ」
「絶対に御免だね」
どれだけ言って止めても止まらない。何度も見て来た悪い癖だ。ランディには、これから先に続く未来しか見えていない。
「……ほんとに危なくなったら言え。僕ら、自警団は一蓮托生だ」
「いいや、今回だけは俺が全責任を取る。毎度、君を巻き込む訳には行かない。それに大切な友をこんな下らない事で引き摺り回す趣味は無いさ」
「……勝手にしてくれ。僕は、知らない」
何度、手を差し出してもこうだ。転んでも勝手にその手を振り払い、歩き出す。少し目を離している隙に凄まじい速さで手の届かない所まで進んでいる。それがランディのランディたる所以であるもその存在意義は、あまりにも悲し過ぎた。
「……さて、こんな詰まんない用事だけで君が来た訳じゃないだろう? さあ、今日はどんな物品を御所望かな? ご期待に沿えるよう尽力するよ」
聞きたい事も聞いた。これ以上、友を困らせるのも忍びない。ランディは、ルーへ此処に訪れた用件問う。何もこの話題だけでルーが態々、出向く事は無い。逼迫した出来事が何か起きているとランディは、睨んでいた。
「生憎、買い物は間に合ってる。用向きは、面倒臭い用事だ……自警団として依頼が一つ。食害が酷くてね。この時期になると出産期で段々、鹿や猪、兎が増えて困ってるんだ。それに加えて狼や狐、鼬が牧場の家畜にちょっかいを掛けて来る。被害の額が馬鹿に出来ない。流石に熊の目撃例はまだ無いけど、何か対策は無いかと話が役場に持ち掛けられている」
「ふむ……厄介だね」
「厄介な事、この上ない」
ルーの持ち込んだ厄介事は、地味にこの町の生活基盤を脅かしかねない案件。どの町にも有り触れた出来事で例年通り、野良仕事に携わる者にとって頭を悩まされる。その解決策を町長ブランから求められたのだ。
「話を聞いた途端、ブランさんは、直ぐに僕の所へやって来てね―― 簡単に説明されて後は、頼んだってさ……適材適所を弁えたとても素晴らしい上司だよ。思わず、涙が……」
「君も抱えてる仕事が忙しいだろうに。心底、同情するよ。取り敢えず、日程を合わせて集まろうか。今回は、ノアさんにも手伝って貰おう。今ならそんなに忙しくないだろうし」
「無論、その心算さ。集まるのは次の日曜で良いかな? 此処へ来る前にノアさんには了解を貰ってる。後は、君だけさ」
「話が早くて助かる。仔細ない」
依頼されたのならば、彼是言っても仕方がない。ランディは、二つ返事で了承する。ならず者を追っ払う事だけが主たる目的ではない。こう言った地味で手が掛かり、時間を費やす厄介事を請け負うのも使命だ。町の平穏無事を守るのは、一筋縄では行かない。
「何か、事前に欲しい情報はあるかい? ある程度の事は、聞き取りもしてあるよ」
「そうだね……因みに農場では、これまでに何か対策を?」
「既に罠を仕掛けたり、出来る限り見回りをしているけど。奴らは、夜に現れるから」
「朝昼の野良作業で疲れてる体には、辛いだろうね」
「かと言って僕らにも出来る事は、限られているのだよ。精々、見回りとか森に分け入って狩りに勤しむのが関の山だね。そもそも頭数が三人って絶望的な数字じゃあ……」
それ以上は、言わなくても分かるとランディは、ルーの前で手をかざし、静止する。原因である餌場としての機能を絶たなければ、相手は幾らでも危険を承知でやって来るのだ。しかし、農作物や家畜を根絶やしにしてしまえば、本末転倒も甚だしい。ましてや、自然と共生する以上、何もかもが極端であってはならない。生きとし生けるもの全てが回り回って人の生活が出来る環境が整っている。環境を汚染して下手に均衡を崩す抜本的なやり方も好まれないのだ。だからランディもルーも困り果てている。考えに考え、手を尽くしても手ごたえは、一切ないだろう。
「相手は、数が底知れないから。それこそ、火に油だろう」
「やらない訳にも行かないんだけど……明確な結果を求められるのは何ともだ」
「まあ、悲観しても仕方がない。やれるだけの事を」
「やるしかない」




