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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第壹章 見るに堪えぬマリオネット
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第壹章 見るに堪えぬマリオネット 4P

 その一歩を踏み出した結果、一周回って勝手知ったる故郷や落ち着いた田舎の良さが見えて来る。勿論、それを他人に諭せるだけの説得力をランディは持っていない。右も左も知らない土地へ投げ込まれれば、その苦労が身に染みる事も知っている。それぞれの地域によって戒律が厳しい所や不便さそれら全てを知り得ていないのだから当然だ。



「口を開けば、田吾作はこれだから……やだやだ」



「君は、見飽きているからそんな事を言うんだよ」



「不便なだけでしょ? 都市部は、発展してて交通網も便利。物も潤沢だし」



「その分、人の手や手間も山ほど掛かってる。利便性を維持するのは、本当に骨が折れるんだ。これ以上、言わなくても商人の端くれならその意味、君も分かるだろう?」



「むっ――」



「何もかも値段が吊り上がって行くばっかりだ」



 小賢しく語るランディにフルールは、肩を竦めて鬱陶しそうな顔をする。そんなフルールにも分かるようにランディは、身近な出来事に搦めて説明する。商人なら誰もが耳を塞ぎたがる手元から飛んで行ってしまう金の問題。出費だ。



「物流は凄いけど、比例して足代が高くつく。例えば、この町ならお裾分けで貰ったり、普通に買える食材ですら割増の代金で買う羽目になる。だから必然と食べられるものもお金に余裕がないと限られて来る訳さ。君にとってそんな事態は、死活問題に等しいだろうね」



 物事には、良い所もあれば悪い所もある。どんな事でも二律背反でジレンマが付いて回るもの。その事情を理解出来るアンジュは、ランディの後に続く。



「最悪、じゃがいもと固いパンばかりが主流で味気ない副菜が一つの食事が毎日続くよ」



「……それは考えものだわ」



 特段、食に対して並々ならぬ熱意を持つフルールにとってあまりにも衝撃的であった。珍しく言い包められるフルールを見て二人は面白がり、調子に乗って更に深く掘り下げ行く。



「勿論、締め付けの強い農村地区なら同じ様なもんだね。だから君が何かと不便に感じるかもしれないこの町が……でもこの位の町の方が総合的に利便性は、良いのかもしれないね。ブランさんが町長の役名をきちんと全うしていると改めて思うよ」



「ランディ君の話に補足をするなら日用品も然りだね。君みたいな年頃の女の子なら色々と要りようだろう? 化粧品何て以ての外さ。着飾る事すら儘ならない。すり切れて当て布がしてある煤けた服を着る羽目になる」



「やめて、やめて。どんどん都会の幻想が崩れるっ!」



 容赦のない情報の濁流にフルールは、両手を額に当てて拒絶する。



「ははっ、今日はこのくらいにしとこうか」



「そうだね」



「ぐぬぬ……」



 まるで子供の様に扱われ、フルールは機嫌を損ねる。外の話に疎いフルールは終始、調子が狂わされるばかりで面白くない。そんなフルールを見かねたアンジュは、町の風景を眺めながらそっと言葉を紡ぐ。



「そう思うと……僕は、この町が本当に好きだな。皆、生き生きしている」



「そうだね。住み始めてちょっとしか経ってないけど、それは同感」



「やめてよ。そんな辛気臭い話……あたしには分かんないし」



「確かに」



「結果的にからかってしまったね。ごめんよ」



「まったくもう」



 静かに頷いて互いに共感し合う二人。勿論、それはあくまでも表層しか知らない無知から来るもの。海の広大さと深さの一端を知る魚は、空の青さを知らない。逆を言えば、井戸の中の蛙は、大海を知らずとも何処までも続く空の青さを知って居る。ランディもアンジュもフルールを否定しているのではない。



「さて……よもやま話をしている間にもそろそろ目的の場所が目の前に迫っている。二人とも準備は、万全かな?」



「……さっきからお腹が鳴る」



「なら申し分ないね」



 大きく伸びをしながら並んで歩く二人へランディは、問う。にっこりと爽やかに笑って頷くアンジュと腹の虫の音で答えるフルール。見慣れた赤い日除けが突き出た店を前にランディは、満足気に笑う。



「何度か通り掛かる事はあったけど、入るのは始めてなんだ。付き添いは、頼んだ。因みに服装規定は大丈夫かな? 僕の格好、こんなだけど」



「きちんとしてるから問題ナシ。それを言うなら俺たちの方が引っ掛かるよ。夜なら少し気をつかう必要もあるけど、お昼は、口煩く言う人もいないし」



「なら安心だ」



 ランディを先頭に色硝子がキラキラと光る小窓着きの古ぼけた扉を開けて店内に入って行く。外の熱気に当てられてか客入りはない。広々とした店内は、閑散としており、居るのはラパンだけ。丁度、客が退店したばかりなのか、下膳に勤しんでいた。食卓の上に乗っている汚れた皿や杯を纏めながら手元から視線を外したラパンは、笑顔で出迎える。



「ようこそ、いらっしゃいませなんだなっ! ランディさんにフルールねえ、待ってたんだもっ! ……えっと、今日は、お連れの方と三人の予約だったんだな?」



「ごめん、ラパン。道中で偶々会ってお誘いしたんだ。是非ともこの店の素晴らしさを知って貰いたくてね。大丈夫かな? 無理ならまた改めて三人で予約を入れるよ」



「席の予約だけだったから大丈夫なんだな。もしかすると、食材の都合で出せない料理もあるかもしれないけど、そこは目を瞑って欲しいん」



「勿論さ。我儘言って申し訳ない」



「仔細ないんだも。此方へどうぞ、なんだな」



 すんなりと席へ案内され、席に着く三人。外に比べれば、涼しい方だが自然と額に汗が滲む。そんな暑さにも負けず、溌剌としたラパンは、てきぱきと持て成しの準備を進めて行く。



「では、献立表を。決まったら呼んで欲しいんだなー」



「承知した。後、お手洗いを借りたいんだけど、良いかな?」



「どうぞ、どうぞ。僕がご案内するんだも」



 特に何をするでもない。ランディは、少し独りで煙草を吸いたかった。これからの展開に備え、ちょっとした息抜きと頭の中を整理する為に。店の裏手。厨房の手前にある手洗い前でラパンは、不意に足を止めてランディの方へ振り返る。



「……ランディさん、今日はどう言った風の吹き回しなんだな?」



 そんなランディを尻目にラパンは、訝しげな表情で問う。ラパンにとっては、今のランディの全てが不自然で挙動が怪しく見えた。



「うん? どうもしないよ。いつも通りさ」



 声色を変えず、平静さを装い、ランディは胸ポケットから煙草を取り出しながら逆に問う。



「違うんだな。アノ人、アンジュさんでしょ? 僕、知ってるんだな」



「そうだよ、何か問題が?」



「僕もあんまりお話した事ないからどう言う人か分からないけど、でもね……」



「君が人を悪く言えないのは分かる。でも何かあるならはっきり言わないと」



 この町でアンジュが関わる出来事をランディは、知らない。これは、ラパンからの忠告であった。そして、それを薄らと感知している筈なのに厄介事へ飛び込もうとしているのではないか。ラパンには、そう見えたのだ。その忠告を逆手に取り、良い機会だと、ランディはラパンからその出来事を聞きだそうと誘導する。



「うーん……あの時は、あんまり良い噂を聞かなかったんだな。大人の人、皆が遠ざけてた。母さんや父さんも関わるなって。僕、まだ子供だったから分からないんだけど、色々あったらしいん。今回も皆、良い顔してないんだな」



「そうか……忠告ありがとう」



深堀しても核心には、遠い。ラパンの言動からそれとなく察し、ランディはすぐさま話を切り替える。もっと事情をよく知る者から聞き出す必要がありそうだ。ゆらりと煙草の紫煙が漂う先でラパンは、神妙な面持ちで話を続ける。



「勿論、ランディさんならどって事ないから心配はしてないん。何があってもランディさんは何時もばっちり解決だから。でも……念の為に用心はして欲しいんだな。これは、不出来な弟子からの厚かましいお願い」



「本当にありがとう。師匠として誇らしいよ」



「うん。もっと褒めてくれても良いかも。後、甘やかしてくれても良いんだな」



「それは駄目だね。やっと、体が出来上がって来たんだ。食事制限は、必ずだよ」



「残念なんだなあ」

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