第壹章 見るに堪えぬマリオネット 2P
それぞれの立場が違うからと言うには、何かが違う。ランディは、周囲の目を気にしていない。この町に来た当初は、恥と言う感情を持ち合わせていた。それが無くなったのは何時からだろうか。幾つかの事案を経て根本的な考え方が変わった。どれだけ偽っても己が己であるならば、それ以上にはなれない。限界を越えるよりもどう向き合うか。そしてその限界を踏まえた上でどんな手を使えば越えられるものか。
場合によっては、迷惑を掛けたとしても人と手を取る事も厭わない。研鑽を積む内に些細な感情は、不要なものだと悟った。躓く事を恐れ、進まない停滞より、無様に転んでも進む邁進を選んだ。だからどれだけ途中の経過が不格好でも最後の帳尻合わせで様になる。変わり者と呼ばれても後ろ指を指されて笑われる事もない。それが今のランディの強みだ。
「生憎、俺の仕事には関係ないね。だって俺は日々、町をねり歩くから情報は勝手に向こうからやって来るもの。フルールも足で稼ぐって事を覚えるべきだね」
「あなたみたいな無限体力お化けに頭を使うって方法は無縁だった事、忘れてたわ」
「失礼な。緩急をつけているんだよ。使うべき時に使い、使わない時は休めるのさ」
「だったら、一日の割合どうなってんのよ?」
「……日の八割は、ほぼ停止状態。後の二割で一日の全てが成り立ってる」
格言の如く、胸を張って宣言するランディ。隣でフルールは脱力し、目をあらぬ方向へ向ける。少しは、間の抜けた感覚が抜けたかと思って関心を向けてみれば直ぐにこれだ。真面目に対応している己がほだされていると嫌でも自覚してしまう。されど、その間の抜けた所でさえも。いや、今の感情はそっと胸に仕舞っておこう。フルールは、そう思った。
「ほぼ、条件反射みたいな温い対応で何とかなる貴方が羨ましい」
「語弊を招く言い方だね。予め、頭の中で行動の分岐を作っておいてそれに当て嵌めて対応しているのだよ。最小限の稼働率で作業の効率性をあげているんだ」
「賢しい事の様に言ってるけど、それが当たり前だからね? その上で更に頭を使えって言ってるの。あなたは、仮初めの不変に甘んじてるだけ。何時何時、その根底が崩されるか分からないからそれに備えて準備をするものなの。あたしだってこの町の情勢に耳を傾けるだけで満足しているからほんとは偉そうな事、言えないけど……」
これ以上の発言は出来ない。恐らく、触れてしまえばその根幹に自ずと辿り着いてしまうから。そうであって欲しくない。その先にフルールの望まない何かが待って居る。俯くフルールの言葉を受け、ランディはそっと何処までも高く続く青空を見上げた。
「そうだね……君の言う通り。世界は、広い。今も少しずつ何かしらの変化が起きている」
「……それは、どういう意味?」
「君の言いたい事は、重々承知している心算さ。今も目には見えないけど、町が騒めいて穏やかじゃない。理由は……分からないけど、怯えている。恐らく、君もその内の一人だね」
「……いきなり、そう言う遠い目するの……やめて」
「ごめん」
「……落ち着かなくなる」
「ごめん」
全てを見透かしているかのようにランディは町の情勢を語る。それは、何処までも正解に近いものだ。しかしながら同時にランディの考えや視点が何だか遠く感じてしまう。このまま繋ぎ止めなければ何処までも飛んでいってしまいそうなほど、今のランディは儚く軽い存在であった。だからこそ、フルールは、捲られたシャツの袖をそっと右手で握りしめる。
何処にも行かぬよう。きちんと己の居場所は、此処であると認識させる為に。
「何にせよ、今の俺には何も出来ないから……知らない振りして静観を決め込んでる訳さ。決して無関心でいるんじゃない。大丈夫、何か起きても何とかなるさ」
一番、遠い所で我関せず。しかしながら必ずと言って良い程に時機を見定めて要所、要所で気付けば、渦中の中心に躍り出ているのだ。洞察力に長け、今も油断なく、いつ何時起こるか分からない出来事へ人知れず静かに身構えている。その弛まぬ努力があったから此処数か月の騒動をこの町は乗り切る事が出来た。されど、それに比例してランディにも暗い影を落としている。 それがフルールにとって何よりも心配で仕方がない。何時か壊れてしまうのではと不安に駆られ、楽しいひと時の筈がふとした瞬間に冷たい現実へ引き戻される。
「どうせ……最後は、自分で何とかする心算なんでしょ?」
「必要とされるなら……ね」
「あたしは、必要って絶対に言わない」
「そうかい、そうかい」
握りしめた袖を強く引き、己の胸元へ引き寄せ、強く抱き留めるフルール。だから強く発するこの温もりが無くならぬよう固く目を瞑って祈るのだ。知ってか知らずか、ランディは、複雑な表情を浮かべ、フルールを見守る。それから何かを思いつき、口を開く。
「ふむ……ならその信頼を取り戻す為に。直近の問題を先ずは、解決して見せようか……フルールは、薄暗い路地裏とか、人気のない建物。つまり、人目を避けた所の方がお好みかな? それならそうと言ってくれれば、準備したのに……」
「それは、それで違うっ!」
二人の間で昏々と深く漂っていた白昼の靄は、あっという間に晴れ、また夏の陽気を取り戻す。しかし、歌う町は詰まらない安寧を許さない。人の心を揺らす激動を欲している。だからこそ、この遭遇を演出してみせる。
それならば、まだ救いもあったが、今回は違う。あからさまに裏で糸を引く者がいた。
「あれは……こんにちは、アンジュさんっ!」
「うん? やあ、二人とも」
「……アンジュ」
喧騒の中から目敏く見つけ出し、見計らったかのようにフルールを引き連れ、自然と近づき、アンジュへ声を掛けるランディ。話し掛けられたアンジュは、少し驚きの表情を浮かべた後、ゆったりと微笑み、応対する。フルールは、アンジュの姿を目に止めた途端、あからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「今日も変わらず、仲睦まじくやってるね」
「そうなんですよ、アンジュさん。何せ、フルールが離してくれないもので」
「違うっ! そうじゃないっ!」
この陽気でも長袖のシャツを腕まくりなどせず、今日は何処かへ用向きなのか、黒のベストに折り目がしっかりついた細身のスラックスと綺麗に磨かれた革靴を履いていた。
綺麗に整えられた髪を撫で付けるさり気ない仕草も相まって貴紳と錯覚させるアンジュ。そんなアンジュから指摘を受け、ランディの腕に引っ付いていたフルールは、即座に離れる。
「あははっ。照れてる、照れてる」
「ああ、言えばこう言うっ!」
「こんな風に本音を言えない所がまた可愛いんですよ」
「……あなたの目、節穴なんじゃない? その何の役に立たない目、要らないでしょ? 感謝しなさい。あたしが直々に処分して上げるわ」
恥ずかしげもなく呑気に笑ってからかうランディの両目に顔を真っ赤にしたフルールは、すかさず二本の指を差し向ける。咄嗟に気付いたランディはその指を全力で押し止める。一進一退の攻防戦を繰り広げる二人を前に蚊帳の外のアンジュは、よりいっそう頬を緩めた。
「本当に仲が良いんだなー」
「良くないっ!」
ランディへの報復を諦め、今度は歯を剥きだしてアンジュに唸るフルール。
「それはそうと、アンジュさんは、何方に御用向きですか?」
「僕かい? 僕は、ちょっと手持ちの物品を売りに行こうとレザン翁の所に。つまりは、君の店に用事が……でもその様子だと、今日はお休みかな?」
「ええ、申し訳ない」




