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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第壹章 見るに堪えぬマリオネット
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第壹章 見るに堪えぬマリオネット 1P



夜空に浮かぶ月は、知って居る。自分が決して求められていない事を。暗闇の中でしか己の存在を示せず。自ら熱を持ち、積極的に輝こうともしない。冷たい静けさと孤独の暗闇だけが友。けれど、月は知って居る。己の役割を。己が居るから人は、太陽の有難みを知る事が出来ると。朝焼けに全て消しつくされる事を求め。眩しく太陽を眺める人々の為に。たったその為だけだとしても胸を張ってその役名を全う出来る。


 そして今は、闇夜と共にたった一人の憂いを吸い込み、無きものとしたかった。その人が悲しく寒々しい避けられぬ夜を抜けられるよう。例え、隣に居られずとも紛い物の光で道を照らし、必ず来ると約束されている喜びに満ちた明日を迎えられる様に。その結果としてもし、代償として己の身を差し出す事を求められても。

決して惜しまない。



 季節は、七の月を迎えた。太陽は、空の一番高い所で燦燦と輝き、漂う空気にも熱気が混じる。日中に出歩けば、照り付ける太陽のその暑さにやられて立ちどころに参ってしまう。時折、淀んだ空気をかき混ぜる風があるだけ幾分か、救いがあり。木や建物が遮る日陰へ入れば少しは火照った体の慰めに。出来れば、木陰に座って一杯やれれば丁度良いのだが、人の生活とはそう上手くは行かないもの。暑かろうが、寒かろうが関係なく、日々の仕事を熟し、生活の糧を得ねばならない。


 宵越しの銭は持たない放蕩者ならそれも出来るが生憎、あくせくと働く者には、養う家族や満たしたい欲望がある。満たされぬ心と尽きぬ欲望があるから人は、自然に負けず、脈々と人の中で系統樹を広げ続けている。勿論、それが全てではない。何かしらの経験も重要だ。誰しも平等に与えられない貴重な時間と言う資産を使い、季節柄相応しくない青い春を謳歌するもの大切な過程の一つ。人は、パンのみで生きるのではない。


 心と体の釣り合いが取れなければ。次代に残すのは、金貨の山では事足りない。人としてのそれをきちんと教え、繋げる必要がある。子が何も教えられずに育てば、結果がどうなるかなど、最初から分かり切っている。だから教えられる立場になるには、きちんと学んでおかねばなるまい。そして歌う町にもあくせくと働く町民の中で二人の若者が並んで歩き、学びを広げている最中であった。



「ランディっ! ちょっと待ってってばっ!」



「時間は、有限だ。今日と言う一日は、一生の中でたった一度しか来ないのだよ。最大限、楽しまないと。俺は、君との時間を大切にしよとしているんだ」



 よれたシャツを腕まくりして細身のパンツ姿のランディは珍しく活気を漲らせ、大通りを颯爽と歩く。額に汗を滲ませながら同じく白シャツを腕まくりして長い茶色のスカートを軽く翻し、後れを取らぬよう小さな歩幅をいつももより速く刻み、並んで歩くフルール。普段ならフルールが先陣を切って町をねり歩く構図が崩れ去って居た。勿論、それはこれまでランディがフルールに合わせていたからこそ。若しくは、気乗りしない用事に付き合わされる事が多々あり、足取りが重かっただけかもしれない。今は、確実に立場が逆転しているのだ。勿論、こんな些細な異常が珍しい訳ではない。


 そもそも頭の螺子が一本外れているランディに定例など存在しない。常に何かしらの歯車を狂わせているのだから。寧ろ、変化し続ける関係性こそが二人の間にある。急かすランディの腕を取り、フルールが引き留めるとランディは、首を傾げ、さも当たり前の様にそぐわない発言を一つ。これまでなら怠惰を貪る事こそ至上の喜びとのたまう程の怠け者だったから余計に腹が立つ。これまで急かして来た立場としては、何故そんな指摘を受けねばならないと憤慨するのも当然だ。



「煩い。黙れ」



「駄目だよ、シュクジョがそんな言葉……もっとお淑やかに。だからっ――」



 その癖、配慮に欠ける物言いは相変わらず。以前にも増して人を苛立たせる頻度が増えた。


 スカートに隠れていた細い足を惜しみなく、陽光に晒し、綺麗な弧を描きながらランディの腹部に向けて見事な鋭い蹴りを放つフルール。まるで様式美を感じさせる程、綺麗に膝から崩れ落ちるランディの横でスカートを軽く叩いた後、左手を頬に添え乍らフルールは、困惑する。しょうもない発言は、別として本音では悪く思っていないのだ。寧ろ、心地よいと思っている自分が居る。今まで積極性を欠片も見せず、興味惹かれる事がなければ、全てに対して無頓着であったから。つまる所それは、フルール自身に良い意味でも悪い意味でもランディの興味が余すところなく注がれている事を意味する。付け加えて礼拝堂での一件やその他の事情を加味すれば、更にフルールの揺れ動く心模様は、混沌としてしまう。



「急に何なのよ? 何、考えてんのか……ほんとに分かんない」



「……俺は、いつも通りさ」



「全然、いつも通りじゃない。寧ろ、厄介さに磨きが掛かってる。後、喧しいし、しつこい」



「こう言う俺は、お気に召さない?」



「そう言う聞き方、嫌い」



 さり気なく、懐へと滑り込んで来るランディの言葉に頬を膨らませ、不貞腐れるフルール。少し前ならば、緩やかにほだされて最後は、その言葉に身を預けていたかもしない。今でさえ、小さな気掛かりさえなければ、大きな肩に頭をしおらしく収めてしまいたい。きちんと自分の事を見ていると恥ずかしげもなく、大一番で堂々と宣言して見せ、見事に牙城を崩したのだから。変革や難しい課題も乗り越え、昇華させ、今がある。何処までも対等で互いに思いのみで繋がっているからこそ、この関係がもどかしい。



「じゃあ、何なんだい?」



「それを聞きたいのは、あたしの方。急に……こう何て言えば……せっきょくてき? って言えば良い? 若しくは、だいたん? 後は、馬鹿っぽい。これまで絶対にして来なかった事ばかりするんだもの。それもあからさまに……」



 されど、フルールは知って居る。目の前に広がるこの甘い風景も聞こえの良い囁きもまやかしだと。ランディは、もっと先の出来事を見据えて動いていると心の何処か片隅で察知していた。目には見えない。耳にも聞こえない。匂いも肌に触れる感覚もない。だが、フルールには分かる。何故ならランディを知ろうとしたから考えている事がある程度なら読める。寧ろ、少しでも関わりを持っている人間ならその違和感に気付く。



「この前の一件で猛省したからね。行動も言動も含め、改めて自分を見直す事にしたんだ」



「そんないきなり変わらんで良いっ!」



「ほんとに君は気難しいなあ……」



「何の脈略もなく、付き合わされるあたしの身にもなってよ。おまけに……この期に及んで変な噂も出て来るし。日々の心労が絶えないわ」



「言わせとけば良いのさ。別に疚しい事してないし」



「勝手に尾ひれがつくのっ!」



 今、この瞬間の何気ない会話の一風景でさえ、傍から見れば酒のつまみになってしまう。想像の余地があるから尾ひれが付くのだ。それを分かっていてもランディは、平然としている。逆にフルールは、落ち着かない。本質が伴っていない。肝心な何かが欠けているから周囲の噂が気になって仕方がない。



「俺は、気にしないけどなあ。別に誰からも不健全だって指摘された事も無いし」



「あなたはね。だってあなた、井戸端会議になんて縁もゆかりもないでしょうに。あたしは違うの。話に混ざると大体、あたしがやり玉にあがるの」



「それならわざわざ混ざる必要がないのでは?」



「日々、町の情勢は変わるものなの。きちんと耳に入れとかないと仕事にも支障が出るの」



「複雑だね……」



「あなたが単純なだけ。もっと周りに気を配りなさい」

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