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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第陸章 真っ白な天使
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第陸章 真っ白な天使 5P

 いじらしく微笑むフルールにまんまとランディはしてやられた。


「残念ながらあたし、自分を安易に安売りしない主義なの。可能性があるとすれば、あなたが本気になって身を乗り出して来たら―― 考えてあげなくもない」


「今、本気になったって言ったら?」


「嘘つき」


 フルールに額をやんわりと小突かれ、ランディは目を瞑る。


「その子、本当に強いのね。あなたの思い、揺るがないもの」


「……約束したからさ」


「何て?」


「必ず帰るって」


 恐らく今は、この距離までしか近寄れない。誠実さを何よりも美徳とするランディには、曲げられない誓いが存在していた。それは如何なる困難な時にも力をくれ、奮い立たせてくれる。だからこそ、絶対に守らねばならなかった。何時か、必ず来る約束の日に堂々と向き合える様に。それがフルールであっても譲れない。


「あっそ……」


 微笑むランディにフルールは、拗ねて見せる。その仕草にどんな真意があるか、ランディには分からない。もっと言えば、フルールにも分かって居ないだろう。その思いにまだまだ名前は、つかない。名前が付くには、もっと心の奥底に響く何かが必要だ。


「さあ、お遊びは此処までさっさと片付けちゃいましょ?」


「そうだね。お互い、折角の休みだから」


 何時までもこうしている訳にも行かぬ。時間は、刻一刻と過ぎているのだ。ランディを強引に押しのけると手を叩き、目の前の乱雑とした室内に目を向ける。そう、まだエグリースの依頼は終わって居ない。勿論、エグリースの事だ。片付けがきちんと済む事は想定していない。何せ、目的は、既に完了しているのだから。もしかすると、もう二人に仕事を頼んだ事すら忘れているかもしれない。だが、その機会を与えてくれた分は、仕事を終わらせねば。


「今日は付き合いなさい。命令よ?」


「何でさ?」


「あたしを困らせたし、こんな訳分かんない仕事に巻き込んだから」


「ああ―― 承知した。ごめっ……」


「謝んないの。もう、聞き飽きた」


「ふっ―― そうだね。俺も謝り飽きた」


 結局、今日もフルールに振り回される一日となり、ランディは肩を落とすのだった。



「さて、今日は何処に行こうかしら」


「何も考えてなかったのかい?」


 朝の一件から幾時間か経ち、昼の頃。二人は、連れ立って町の大通りに向けて歩みを進めていた。結局、拘りに拘った結果、書庫の整理を手分けしてきちんと終わらせたランディとフルール。茶と茶菓子を出し忘れたと無理に引き止めるエグリースを何とか振り切り、当てもなく、ただ喧騒に触れたいが為に大通りへ向かっていた。


「当たり前じゃない? 元々、家に帰って絵、描く予定だったし。こう言う時、普通は男の人が先回りしてきちんと予定を考えるものよ? ほんと、頼りないわ」


「そんな時間、無かったし」


「あったでしょ? さっき、手を動かしてる間が。単純作業で身体動かしているだけだったから頭、空っぽだった癖に。ほんと、気が利かない」


「……おっしゃる通りだよ」


「あなたの事は、何でもお見通し」


「恐れ入るね。本当に」


 家屋の影と陽光が入り混じる通りを取りとめもない会話をしながら歩いて行く二人。


「そうだね……少し遅いけど、ユンヌちゃんのとこでちょっと豪華な朝食と洒落込むのはどうだい? 君も眠くなるから食べてないだろう?」


「本当にしょうもないあんちょこに載ってそうな提案ね。ほんと、しょうもな」


 苦し紛れに出したランディの提案にげんなりとした顔をするフルール。これまでフルールが町を案内したのはこう言った場面で機転が利く様にと粋な取り計らいをした心算であった。そんな器用な真似事を期待する方が間違いだったのだろう。


「そんな事言ったって今の時間帯から飲むって訳にも行かないし……買い物にしたって別に取り立てて欲しいものがある訳じゃないだろう? この前もユンヌちゃんと出歩いて服も買ってたそうじゃないか? それとも他に何かあるのかい? 画材だってウチから直接、届けてるし……本なんてフルール、縁遠くて興味なんてないだろう?」


「失礼ね? あたしだって本くらい読むわよ」


「なら最近、何読んだの?」


「……うるさい」


 ランディからしてみれば、フルールの好みを考えた末に出した最善の提案だった。的確な指摘に納得が行かず、頬を膨らませ、むすっとした顔でそっぽを向くフルール。


「本当に仕方ないから……今日だけは、その安直な案に乗ったげる。言っとくけど、今日だけだからね? 次はない」


「はいはい」


「はいは、一回」


「いてっ―― はい」


 隣だって歩くランディの脇腹に肘を入れ、注意した後、何を想ったのかフルールはよれたシャツの袖を軽く引っ張った。首を傾げるランディにフルールは、俯きながらぼそりと呟く。


「腕……」


「腕?」


「出して……」


「何でさ?」


「むっ……」


「ふむ……」


 唐突な要求にランディは訳が分からず、そっと腕を差し出す。するとフルールはその腕に自分の腕を搦め、何故か嬉しそうにむふふと笑うフルール。その笑顔にランディは、勝てない。満足して頂いたのであればそれで良かろう。未だ、理解しようにもまだまだ、その戸口にも立って居ない。こんなどうしようもなく下らない日常の一幕でさえ、どうして彼女がそんな表情を浮かべるのか分かりさえ出来ないのだから。でもそれで良い。良いのだ。


 しかし穏やかな光景も長くは続かない。新たな登場人物によって突如として吹く夏嵐がまるで机の上の白紙を飛び散らかす様にかき乱されて行く。


「……」


「どうしたの? フルール」


 フルールを立ち止まらせたその者を一言で表現するのならば、白いカンバス。ウェーブのかかったセミロングの真っ白な髪と透明感のある皺やシミ、一つない肌。ターコイズブルーの瞳も含め、まるで全てがランディと正反対の様であった。服装こそそこらの行商や根無し草の旅人と何ら変わりない深緑色の外套と黒いパンツとがっしりとした登山用の靴。そして使い古された大きな背嚢と言ういで立ちだが、穏やかな笑みを絶やさず、人の目を引く雰囲気が漂っている。


「アンジュっ?」


「やあ、フルール……久しぶり」


 大きく目を見開き、フルールが口にしたのは名前。それに呼応して低めの声が帰って来る。男は、フルールへ軽く手を振った。


「ちょっと見ない内にまた少し背も伸びて―― 随分と大人びたね」


 二人の反応を見てランディは、瞬時に理解した。そして悟る。


『なるほど―― そう言う事か』


 遂にその時が来たのだ。


「隣に居るのは、恋人くんかな? どうも、どうも。僕は、アンジュ。宜しくね」


「ああ、ランディ・マタンです。どうぞ、宜しく」


 アンジュと名乗る男から自己紹介を受け、ランディもそれに答える。予め、仕組まれていたかの如くランディは、これから己が取るべき行動を自然と頭に浮かんだ。そうとなれば、容易い。恥じらいもなく、ただただ愚直にランディはその役割を演じる。


「それにしても……随分と遅い主人公の登場ですね。アンジュさん」


「うん? どう言う事かな?」


「見ての通り、フルールには俺が居まして」


 組んでいた腕を離し、フルールの細い腰にすっと腕を回して更に引き寄せ、抱き留めた。腰に手を回されたフルールは、呆気にとられてまたもや言葉を失う。何も此処までする必要はなかったが人の感情に訴えかけるならば演出は、派手な方が良い。


「―― もう手遅れですよ?」


「ちょ、ちょっと!」


 あからさまに酷く安っぽい悪役風の笑みをランディは、嫌らしく顔に張り付ける。されど、目の前の男は、微笑みを絶やさず、二人の様子を見守り続けた。なるほど、相手も一筋縄では行かぬ。ランディは俄然、燃え上がる。直ぐに次はどうするべきか頭を働かせ始める。


「ははっ。随分と面白い子だね。フルール」


「ランディっ! 何言って――」


「何って、何さ? こう言う事だよって懇切丁寧に説明差し上げてるとこ」


「そんな事、頼んでないっ!」


 想定にない急転直下の事態に隣で顔を真っ赤にしながら可愛らしく慌てふためき騒ぐフルールを尻目にランディは、余裕たっぷりに目の前の真っ白な男を見据えた。


『これでやっと恩返しが出来る……』


 その茶色の瞳には、これまでになく強い意志が宿っている。何故なら新たな目標が出来たからだ。その目標は、真っ当で誠実で慈愛に満ちて。しかしながら酷く残酷であった。


『役者は、揃った様だ……後は、俺が――』


 ランディがさり気なく隣のフルールに目を向けて見れば、胸元で両手を組み、頬を上気させ、潤んだ瞳でランディの顔をじっと見つめ続けている。どうすれば、この子を幸せに出来るか。今のランディにはそれしか頭にない。


 こうして歌う町で一輪の可憐な花を巡って戦いの火蓋が切って落とされる。しかし、最初から結果は明白で既に月は、先の先を見据え、長い夜の帳を抜けた朝焼けを目指し、動き始めている。しかし浅はかな月は、己の領分を弁えていなかった。己が目指す場所は、太陽の支配下であり、力が遠く及ばぬ事を忘れていたのだ。そして軽薄な月を前にして悪戯な天使は、微笑むばかり。


 はてさて、月と天使の戦いの行方は、如何に。


おわり


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