第陸章 真っ白な天使 3P
例え、間違えだったとしても己の見て聞いた手掛かりを頼りにフルールと言う人物像を一つずつ詳らかにしてゆくランディ。答え合わせと言うには、幼稚かもしれない。だが、自分がどれだけフルールの事を気に掛けていたか少しでも知って欲しかった。
「だから俺は、君の気が済む様に言動や行動に気を付けてそう接して来た。フルールと言う一人の女の子が目指しているだろう人であれる様に。でも本当は違うんだろうね。普段は、気丈に振舞っているけど、そうじゃない。この前の祭りの時に顔を出した普段見せない無邪気で明るい気質が本当の君だ。でも簡単に人を信じられないから表に出すのを躊躇してしまう。何度も疑って試して……でもどれだけ繰り返しても不安が払拭出来ない。本当は寂しくて仕方ない……日々、誰かとその思いを共有したいのに押し殺してる」
奥深く踏み込む事を躊躇して来た場所までランディは、目指す。もしかすると、その考えに至ったのは、シトロンの功績と言えよう。関われば、自ずと知れてしまう。その先に何が待ち受けているか分からない。しかしながら間違いを恐れる事が間違いなのだ。元より、沢山の間違いを背負って来た。今更、一つ、二つ増えた所で大差はない。
「君の優しさは、人にそうして貰いたい裏返し。他人の事を知ろうとするのは、知って欲しい裏返し。そうしていれば、誰かが何時か返してくれると。そう信じているから。本当は誰よりも独りで居るのが嫌で……寂しがり屋なのかもしれない」
一つ、一つひも解いて行く内にランディの中で大切な感覚を取り戻している気がした。それまでうず巻いていた負の感情が消えて行き、やっと心の底から笑えると思えた。
「でも絵を描いている時は、そっとして欲しかったりする。こう改めて分析じみた事をしてみると君は、かなり天邪鬼だね」
これまでの思い出が心の安らぎを与えてくれる。沢山の間違いがあったのかもしれない。けれど、それと同数の間違いや正解では推し量れない何かが連なって居た。それこそ、この言い争いがちっぽけに思えてしまう程の力強い何かが確かにあったのだ。
「君が決して見せようとしないその裏側まで俺は、目を向けている。そして……これはあまり言いたくなかったけど……君は、俺に他の人の面影を見出そうとしている節がある。さっき言った置いてったって言葉。これまで何度も君は、口にしている。でも本当に言いたかった相手は俺じゃない他の誰か。言えなかったから代償行為で俺に言ってるんだよ。そんな自己満足に付き合わされる俺の身にもなってくれ」
己が己である為に。定められた剣としての役名があったとしても何者かで在りたい。それ以外の価値を己に見出して欲しかった。また、他の誰でもなく、ランディと言うちっぽけな人間に価値を見出して欲しい。ランディの願いはただ一つだ。
「これだけは、はっきり言える。俺は、君の焦がれていたその人ではない。そして、その人にもなれない。あくまでも俺は、ランディ・マタンでそれ以上でもそれ以下でもない。これまで言えなくてずっと蓋をしてた。言ってみると案外、すっきりするもんだ。もう、これからは回りくどい事をしなくても良いと思うと清々する」
フルールの心の片隅で未だ、陣取っている誰かの代わりにはなれない。その想いは、確かに掛け替えのないものだ。だが、それに縛られてしまっては、ランディが何も出来なくなってしまう。勿論、それだけではないのかもしれないが、杓子定規で物事を判断されてしまう訳にも行かない。
「引き留めて悪かったね。お休み……楽しんで。此処は、俺一人で何とか出来る」
今も変わらない。殿は、自分が務めると。最早、ランディの中でフルールが有象無象の何かとして完結しようとしていた。ランディは、最初からこの結末を想定していた。あの手酷く振り払った最悪の別れよりももっと、より良き別れが出来る様に。ルーとユンヌの思惑を超えた最高の終わりを作り出す事を目的としていた。沢山、傷つけてしまったかもしれない。しかしそれ以上の何かを返すには仕方がなかった。
「……何で其処まで分かっててくれたのに言ってくれなかったの? どうして素振りの一つも見せてくれなかったの? 今更、そんなのってない……狡い」
「言葉だけじゃ、形として残らないからね。だから行動で俺は示すよ。例え、君に届かなくとも。それで良いんだ。所詮は、俺の自己満足だから」
男と言う生き物は、何時もそうだ。肝心な事は何も言わない。最後の最後で後出しにする。フルールもランディの目論見を理解し、静かに言葉を紡ぐ。もう、全てが終わりを迎えた。後は、フルールがその終わりに対してどう答えてくれるか。選択肢を一つしか作らず、ランディは、判断の全てをフルールに委ねた。
「どうしてよ?」
大きく胸を上下させながらフルールは、問う。
「やっと聞けた……あなたの心の声を。ずっとあたしの事を分かっててくれたんでしょ? 今だってあたしがかんがえてる事、分かってるんでしょ? 望んでいるものもっ!」
「もう、君に投げかけられる言葉はない。だって君が言ったように孤独と共に歩むから」
その問い掛けにランディは首を横に振った。目を瞑り、寂しく微笑むランディの頬へそっとフルールの手が添えられる。その手は、酷く冷たかった。
「これでも君と笑ってさよならが出来る様に必死で考えたんだ。どうにも思った事を言葉にするのは苦手でね。やっぱり、ユンヌちゃんの言った通りだ。あんな終わらせ方は良くない。物語の最後は、皆が笑顔になって終わらせないと。頑張った甲斐はあった」
「ちがう。そうじゃない……」
「違わない。少なくとも俺は、これで本当に笑ってさよならが出来る。フルール、君もそうであって欲しい。慰めにもならないだろうけど……俺がこれまできちんと君の事を見ていた事が分かれば、ちょっとは世界がマシになるでしょ?」
「ふざけなんじゃないわっ。そんなんじゃ足りない」
「化物にあんまり求めないでくれよ。無理がある。所詮、人と相いれないんだから」
演出家としては最低だろう。己の手の内を見せず、最後は唐突な辻褄合わせ。前回よりもきちんとした幕引きだが、前よりもよりいっそう酷い結末だ。
「そんな事、言う心算なかった……始めから分かってたのに……あなたを傷付けるだけだって。でもそれしか言えなかった。だって……ランディ、肝心な事は、あたしに何一つ言ってくれなかったから……こんな後悔なんてしたくなかった」
それすらもランディには、分かっている。負の感情すらも逆手に取り、敢えて引き出した。何故なら己も本気にならなければならなかったから。確実に互いの本心を引き出す必要があった。でなれば、意味がない。
「傷つけたくなかったのに……あたしなんかが手を出さなくてももうボロボロなのに。本当は誰よりもヒトとして在りたいと思って居るヒトのあなたを。どうすれば良いのよ?」
それは、ランディも同じ。互いに消えない傷を残してしまった。その失敗は、取り返す事の出来ない間違いだ。だから言葉が欲しかった。終わりを迎える言葉を。そして無かった事にすれば良い。嫌な思い出は忘れ去ってしまえばそれで済む。
「貴方の所為であたしまで間違えちゃった……」
ぼろぼろと大粒の涙がフルールの頬を伝って流れ落ちて行く。
「こんな最低な間違い、どうすれば無かった事に出来る? 謝ればそれで済む? 済む訳ない。教えてよ。どうすれば遠くに居るあなたに近づけるの? 形何か……言葉なんかじゃなくてどうすれば、あなたと並んで立って居られる? ランディを独りぼっちにしたくない。あたしが繋ぎ止めてた筈なのに……あなたがどんなに振り払おうとも手を握りしめてる心算だったのにっ! ランディにとってどうでも良くなりなくない」




