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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第陸章 真っ白な天使
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第陸章 真っ白な天使 2P

 そう、そっと呟くフルールの手は、いつの間にか震えていた。


「もう……いや。貴方の事何て分かりたくない。分かれば分かる程、貴方がずっと遠い存在だって自然と納得出来るもの。どれだけ距離が近くに居ても貴方は、何処か別の場所に居る」


 気付けば、フルールの頬に一筋の雫が流れていた。眉間に皺を寄せ、必死に悲しみを堪えるフルールの姿を前にランディは、目を大きく見開く。


「その遠くに居る貴方は……どうしてあたしの手を取れるの? どんな魔法を使ってるの? 本当に分からない」


「俺の望みが……そうさせてる」


「貴方の望み? そんな大層なもんじゃないでしょ? 心の底では、何事も起きない淀んだ仮初の平穏を望んでる。誰もが頭を空っぽにして笑顔で居れれば。例え、その中に自分が居なかったとしても。それで貴方は、満足でなんでしょ? 違う?」


 首を大きく横に振って涙の雫が飛び散るのも構わず、フルールは言葉を紡ぎ出す。


「もう、着いてけない。その紛い物の穏やかな世界であたしは、笑えないもの」


「それが不十分だって―― 分かったから今も君の手を離せないでいる」


「ならどうして……」


 様々な思いが重なって耐えきれず、俯くフルール。


「ならどうして……あたしを置いてったのよっ!」


 薄暗い室内で響く慟哭は、最後の一線を越えた。ずっと溜まり続けたどす黒い感情が止めどなく溢れる。先の出来事だけではない。これまでの積み重ねがフルールにそうさせている。


「別に何だって良かったのにっ! 貴方の中であたしがどんな風でも存在しているのが分かればそれで! でも貴方の中にあたしは、居なかった。あたしの似顔絵を貼り付けた案山子が突っ立てるだけ。そして皆もっ! 誰も彼もが同じだった。勝手に分かった振りして付箋を貼り付けてその人の好みに合う―― 求められた薄っぺらな役割を演じてるだけ。誰も必要としていない……」


 気のせいであればと過ぎった憶測がフルールに答えをくれた。否定しようとしても考えが深まって行く程にこれまでの時間が紛い物であったと思えてしまう。そして思い描いていたランディの人物像が段々と希薄なものとなってしまった。


「それでどうして人の中に居られると思ったの? 今のあたしには、貴方が人には見えない。本当の化物に見える。顔のない人の皮を被った化物に」


 辿り着いた最後の答えは、否定。


「……人と人じゃないモノは、相容れないのよ?」


 服の袖で涙を拭った後、小首を傾げて悲しげに笑うフルール。赤く腫れた目元がよりいっそう悲壮さを醸し出す。フルールの表情を見てランディは、全てを悟る。もう、全てが遅過ぎた事に。取り返しのつかない間違いを犯してしまった。


「これで分かったでしょ? もうこの話は、おしまい。あたしたちと住む世界の違う化物は、化物らしく一生孤独で居るのがお似合いなのよ」


 されど、全てを受け入れるには、限界があった。勿論、フルールにも言い分があり、正しさが存在する。しかしながらランディとて、考えがあり、思いもある。傷付けたくないが故に大凡、誰もがぎりぎりの所で納得するだろう選択肢を選んで来た心算だ。その選択は、薄氷を踏むかの様に脆く、場合によっては受け入れられない人間も存在する。万人に認められる結果など、存在しない。その誹りも全て飲み込んで来た結果がこれだ。


「―― ありがとう」


 それまで貼り付けていた仮面を捨てランディの本性が遂に顔を見せる。フルールの手を離し、額に手を当てながら乾いた笑いを漏らすランディ。もう、全てが馬鹿らしかった。何の為にこれまでの積み重ねがあったか。縋っていた矜持も頭から吹き飛んだ。


 これまで決して表に出る事のなかった自己中心的な思考が頭に駆け巡る。


「助かったよ。危うく忘れる所だった……俺が化物だったって事」


「っ!」


「そうだ。もうずっと自分に言い聞かせて来たのにね。ルーとユンヌちゃんに手を差し伸べて貰ったからまだ人として生きて行けると勘違いした。君の言う通りだ」


 止めどなく溢れる負の感情。ずっと押し込めて来た憤りは、際限ない。饒舌に語るランディに大義名分など存在しない。誰の為でもなく自分の為に。


「もう誰も理解しようと頑張る必要もない。誰の事も考えなくて良い」


 この町に来てから初めてだった。己の不甲斐ない醜態が対外的な要素の所為であると主張し、自己保身に走るのは。こんな事を言っても仕方がない。自分を哀れんだ所で誰も助けてくれはしなし、目の前の問題が何も解決しないから血反吐を吐いても言わなかった。


「誰にも構わず、自由きままに……思うが儘に出来る」



 この関係が崩壊しようとも関係ない。既に破綻しているのであれば今更、格好をつけて隠し通す必要もない。沢山、傷付けられた。ならば、同じように傷付けてしまおう。より深く、より正確に。復讐心に近い何かがランディを突き動かす。悲嘆にくれ、瞳の光が無くなったランディの姿にフルールは驚き、黙り込む。


「正直、もう疲れてたんだ。誰かの顔色を窺ってばかりで……」


 愛の反対は、憎しみではなく無関心だ。ランディは、それを知っている。だから何事にも無関心ではなかった。己の中に誰も存在しない訳がない。存在するからこそ、これまでやってこられたのだ。しかし、その想いが届かぬのであれば最早、気に掛ける必要はない。心無く、目の前の出来事へ機械の様に対処すれば良い。


「心配? 余計なお世話だよ。自分の身も守れない弱者の君たちが俺に対してどうして心配何て簡単に言えるんだ。足を引っ張るしか能がない癖して―― 一丁前に道徳を語ってさ」


 誰に頼まれた訳でもない。自分の意思で。出来る事があると当事者としての自覚がそうさせていた。けれど、現状は背負うべきでないものも背負ってしまっている。そして、その重責に圧し潰されつつある事も。恐らくブランもそれを予期していたのだろう。だから手を貸してくれたのだ。だが、目の前のフルールにはそれが分からない。当然だ。言って来なかったのだから。だから平気な顔をして傷付けて来る。


「そんなもの、通用しない。奪われる時は、あっと言う間……」


 最後の箍が外れ、本音が零れ落ちる。


「本当に酷いよ、君たちは……」


 誰に与えられた役名でもないランディ自身の本心。おぞましい憎悪が心をかき乱す。


「どんなに願ってももう戻れないんだ。人の道を踏み外したら……もう化物で居るしかない。そしてせめて誰にも迷惑を掛けないように人の皮を被っても糾弾され続ける」


 醜い自分でありたくなかった。近づきたい一心で清廉潔白を目指した。誰もが当たり前の様に手にする何かに焦がれているのは、他でもない自分自身。人で在りたいと願い、その一端へ触れたが故に否定され、焦がれていたものが求めているものとは違うとはっきり理解した。逆にそれが恐ろしく感じる。


「俺にとっては、君たちの方が化物に見える。大群で寄ってたかって俺を当たり前って言葉で糾弾して……押し潰そうとして来る化物に」


 爪が食い込み、血が滲むほど力を入れて手を握りしめるランディ。堪え切れず、フルールの後ろの扉に向かって拳を叩き込んだ。大きな音に怯えるフルールの瞳をランディは、じっと見据える。どれだけ自分が醜く見えるだろうか。想像するだけで悲しくなる。


「君が居ない? 冗談はよしてくれ。それは違う。確かに君は俺の中に居るよ。綺麗な所も醜い所も全てだ。君が俺の中で見出した心算でいる案山子ってのは、君が他の人にそう見えて欲しいと願った君の姿だ。それを見て君は、俺の独りよがりだと糾弾しているだけさ」

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