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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第陸章 真っ白な天使
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第陸章 真っ白な天使 1P



「いやはや、ご苦労様です。礼拝後にお呼び立てして申し訳ありません」


「ええ」


「はい」


 翌日の朝。早朝の礼拝後、エグリースから呼び出しをランディとフルールは、礼拝堂の薄暗い小さな書庫に招き入れられた。明かりは、小さなランタンが二つのみ。古びた本の臭いと黴臭さ鼻を突く埃っぽい室内でいつも通り、簡素な黒い司祭服に身を包んだエグリースは、二人を前にして微笑む。そんなエグリースを前にランディとフルールはそれぞれ複雑な表情を浮かべていた。珍しく白いシャツに細身のスラックス姿のランディは、気まずそうに愛想笑いを顔に張り付け、フルールはと言うと、普段通りのシャツに腰巻と長いスカート姿で苛立っているのか軽く足踏みをしている。穏やかではない雰囲気を漂わせる二人を見てもエグリースのおっとりは揺るがない。微笑みを絶やす事無く、二人に説明を始める。


「二人に集まって貰ったのは、ワタクシのお手伝いを頼みたかったのです」


 呼び出しを受けた時から何となく、ランディには分かって居た。今日がその日であると。これから繰り広げられるのは、贖罪。今日まで放って置いた己が罪の清算だ。自分から飛び込んだ以上、逃げ場はない。最後の見栄で表情を崩す事はなかったが、自然と緊張から両手を握り締めるランディ。何が起きるかは、手に取るように分かっている。寧ろ、この日の為に友が手を尽くしてくれたのだ。さり気なく、隣のフルールの顔色を盗み見るも彼女の表情からは何も伺い知れない。されど、静かな怒りに満ちている事だけは分かる。当たり前だ。こんな小賢しい真似事、察しの良いフルールならば簡単に見破っているだろう。


「最近、業務に忙殺されておりましたら書庫の整理がままならなくて……放っておいてしまったら今や、この有様です。是非、お二人のお手をお借りしたく」


「正直、誰でも良いのでは?」


「一応、何人かには御声掛けをしてみたのですが、ご用事があるとの事でお断りされてしまったのです。そこでワタクシは、敬虔な信徒であるランディ君、そしてその暴走を唯一制御出来るフルールさんにお願いしようと言う考えに至りました」


「左様ですか……」


「あたしからは、もう何も言う事無し」


 もう少し本音を隠す事は出来なかったのかとランディは、気落ちする。けれどもこれは、ルーの謀。快く引き受けてくれた以上、ランディは文句を言う立場にない。寧ろ、エグリースの気紛れと言う体であれば、違和感はないだろう。何より、静かな場所で自然と振る舞い、きちんと向き合って話が出来る打って付けの場だ。


「納得頂けて何よりですね。本来ならば、こんな天気の良い日に若者を引き留めるのは、気が引けるのです。けれどもこれも神の与えたもうた試練だと思って。出来る限りで良いので宜しくお願いします」


 そう言うと、深々と頭を下げるエグリース。


「そうです。何か飲み物と茶菓子もお持ちしましょう。無報酬と言うのはいけませんね。労働には何か対価が付き物です。生憎、金銭の授受は、出来ませんが……」


 それでは、あからさまに話をしろと言っている様なものだ。変な所で気を回して来るエグリースにランディは、心の中で頭を抱える。おまけに軽くランディに目配せをする辺りどうしようもない。隠す心算があるのかないのか。寧ろ、エグリースにその様な振る舞いを求めるのは無理かもしれない。後は、若い二人、ゆっくりとと言わんばかりに書庫をゆっくりと去るエグリースの後ろ姿を見守った後。ランディとフルールは各々、目の前の堆く積まれた本へ手を伸ばし始める。暫く、黙り込んで黙々と作業を続ける二人。そんな最中、不意にフルールが立ち上がるとランディへ一瞥もなく、扉の方へと向かい始めた。恐らく、帰る心算だ。此処でその背を見送ってしまえば意味がない。ランディも立ち上がると勇気を奮い立たせ、声を掛ける。


「どうしたの? フルール」


「……帰るわ。やってらんない」


「いや、君が居てくれないと困る」


 ひしひしと伝わる拒絶の意思。会話もしたくないのだろう。冷ややかな声で言葉少なくランディに返答するフルール。それでもランディは、めげる事無く引き留めた。


「困らない。こんな仕事、貴方一人で出来るでしょ? あたしなんか要らないわ」


「いや、君が居てくれないと……」


「完璧なんでしょ? なら、逆にあたしは、邪魔者よ」


 煩わしくなったのか、フルールはランディへと振り返り、睨みつけて来た。大きく開いたこの距離は、心の距離でもあった。たった数歩で近づける筈なのに今は、あまりにも遠い。また、近付いた所で絶対的な拒絶が待って居る。これで話は終わりだと言わんばかりに扉の握りに右手を掛けるフルールへ一気に距離をつめ、空いている左手を掴むランディ。これで距離が縮まった訳ではない。だが、握ったその手に一縷の望みを掛けてランディは、前へ出る。勿論、これがどれだけ愚かな手段であると重々承知の上。


「頼むから……行かないで」


「どうしてそんな顔して平気で引き留めるの?」


 振り返らずとも震える声でフルールには、分かるのだろう。ランディが顔に浮かべる寂しげな表情が。これは、矛盾だ。ランディの身勝手な都合でフルールを振り回しているに過ぎない。今更、言葉を重ねた所で。謝罪を重ねた所で如何にもならない。


「ねえ、どうして?」


 フルールの問い掛けにランディは、口を閉ざす。どんな答えを返せば良いだろうか。事前に考えていた言葉は、ほんの僅かに抱いていた希望と共に泡となって消えた。目の前にして改めて思い知らされる己の無力さ。そして己の犯した間違いの大きさに圧し潰される。


「あたしの手を振り放ったのはあなたよ。貴方にそんな事、言える権利なんかないっ!」


 振り返るなり、フルールは大きな声でランディに怒鳴る。まるで頬を叩かれたかの様にランディに強い衝撃が走る。考えるまでもない。始めから破綻しているのでフルールの言い分は尤もだ。反論の余地もない。今更、撤回した所で誰も納得しないだろう。


「思い知らされたんだ。結局、君を遠くにやっても悲しませる事に変わりないって」


「安い言葉。今時、どんな馬鹿でもそんな事、言わない」


 フルールからしてみれば、さぞ滑稽だろう。薄っぺらで中身のない言葉だ。恐らく、体裁を整えたとしても届かない。どれだけ傷付けてしまったか。そればかりが頭に過ぎる。


「離してよ」


「嫌だ」


「はなっしなさいっ!」


 フルールは乱暴に手を振り回し、ランディを振り切ろうとするもその手が離れる事はない。憎しみの籠った瞳がランディを射抜く。


「貴方がどんな人かこの前の事でよく分かった。最低最悪の偽善者よ」


「そうだね……」


 ランディの意思が少しぐらつく。何を言われても仕方がないと覚悟をしていた。


 されど、その覚悟はまだまだ甘い。必死に歯を食いしばり、耐えるランディ。


「そして嘘つき。ずっとあたしの前であたしの言葉を分かった振りしてた」


「否定出来ない」


 頷くだけが精一杯。己の情けなさにほとほと嫌気がさす。


「今も真剣な顔してるけど、あたしの事何てちっとも考えてくれてない。こんな馬鹿げた寸劇もどうせ誰かの差し金。貴方の本心じゃない」


「……」


 何処までも見透かされていた。否、きちんと見てくれていたから理解されていた。どうせ、理解されないと思い込んでいた自惚れがこんな形で砕かれるとは思わなかった。心の中で嬉しさと同時に悲しみが溢れ出る。


「これだけ聞いてもまだ続ける? 今なら貴方の事、手に取るように分かる」

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