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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第伍章 五十歩百歩の概算
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第伍章 五十歩百歩の概算 6P

 肩を落とすランディの姿を見てシトロンのおっとりとした瞳に鋭い光が灯る。ランディは、呻きながら何か手はないかと頭を働かせる。兎にも角にもシトロンの興味を他に逸らさねば、何時まで経っても仕事が捗らない。傍から離れ、椅子に座るシトロンを一瞬、横目に捉えながら藁にも縋る思いで言葉を紡ぐ。


「なら見ているだけじゃなくて話題を提供して欲しい」


「うーむ。なら、この前の話なんだけど――」


「そうそう。どんどん話して。適度に相槌打つから」


 肝心な所で詰めの甘さが露呈する。手元に集中するあまり、何も考えずに発した言葉が着火剤となり、消えかけた火に勢いが戻る。返答が返って来ない事を不審に思ったランディが顔を上げると其処には、仁王立ちするシトロンの姿があった。


「ほう……いーつーかーらそんなに偉くなったんだっ!」


「やめてくれってっ! これ、壊れやすいんだっ」


「俄然、やる気が出たっ!」


 恐る恐る尊顔を拝んでみれば、嫌ににっこりと笑っていた。気圧されてランディが呆然としているとそのまま、後ろに回り込まれて脇の下に両手を差し込まれ、擽られる。丁度、手に持っていた商品が陶器で落とさぬよう必死で擽りに耐えるランディ。人目に触れる事のない埃塗れの一室で新たな種が芽吹いた瞬間だった。



 勿論、昨今の情勢に明るい者も居る。特にランディの周りでは日々、状況が動いているので目を光らせている者達が存在する。ランディとシトロンが『Pissenlits』の店内ではしゃいでいる様をルーとユンヌが息を殺して窓の外から観察していた。


「悩ましいね……」


「確かに……こんなに早く状況が動くとは思わなかった」


「これはマズい」


「まずい度で言うなら致命的」


 手を抜いた心算は、一切ない。最善は、尽くしていた。既にエグリースと話をつけ、ランディにもどう言った切り口で話し掛けるかなど、その他にも地道な努力を重ねていた。けれど、その一歩先を行く者の手により、全ての計画が破産仕掛けている現状を見せつけられ、頭を抱える二人。折角、積み木の如く、一つ一つ積み重ねた努力を笑って蹴とばす者など、思い当たる人物は、この町に一人しか存在しない。


「一体、何があったって言うんだい? シトロンの積極さが史上最大に極まってる」


「多分ね、朝の件がきっかけだと思う。シトロン、ブランさんに呼び出しされてたんだ」


「また、ブランさんの謀か……道化みたいに何考えているか分からない上司を持つとこれだから困る。折角、下っ端は下っ端でちまちまと下準備を熟しているのに……上から全てこうも台無しにされては困る。どうしたものか……」


 計画が暗礁に乗り上げている主たる原因は、時間だった。堅実さを重視するあまり、時間を掛け過ぎたのだ。兵は拙速を聞く、未だ功の久しきを観ざるなりとはよく言ったものだ。


 これも若さから来る手緩さと言われてしまえば身も蓋もない。寧ろ、今回は相手が悪過ぎた。後先を考えず、思い切りの良さと経験、そして持ち前の勘で一手を打つブラン。そんな掴み所のない相手からの一方的な不意打ちであれば、こうなってしまうのも致し方がない。だから二人は、次の一手を考える。未だ、講じた策の全ては、死んでいない。現状を踏まえた上で如何に打開するか。それに尽きる。


「私が気になるのは、シトロンに何を吹き込んだかだよ」


「そんなもの知った所で止まらない。もう状況は、動いている」


「だけど……」


 思った以上に目の前の困難は、混迷を極めている。その原因追及へ目を向けて何か解決策はないかとユンヌは、ルーへ問い掛けてみるもルーは、肩を竦めるのみ。恐らく、経緯を知った所で出来る事は、たかが知れている。ましてや下手に知れば感情が邪魔をして身動きが取れなくなる事も。実際、エグリースの一件でもランディが経験し、その顛末を聞いているので迂闊に手を出せない。


「既に引き金は、引かれている。君は、飛び出した弾丸を飛び出す前の状態に戻せないだろう。それとも原因を知って君は、飛び出した弾丸をなかった事にする画期的な解決策を編み出せるとでも?」


「……多分、出来ない」


「だよね。そんな事、神様にしか出来ない。だから僕らはこれ以上、火の手が回らない様に先んじて燃えやすいものを取り除かなくっちゃ。今、水をかけても焼け石に水。燃えるものが無くなれば、自然と鎮火するさ」


 圧倒的に格差のある状況にあってもルーの青い瞳は、輝きを絶やさない。最早、ランディなどお構いなしに目的がブランの暗躍をぶち壊しにする事へ変容していた。


「僕らは所詮、人間だ。大きな流れには抗えない。これは、ブランさんの謀だけじゃない。こう言う言い方、好きじゃないけど。なるべくしてなる運命。自然な流れだったんだ。ならこれまでの経験を活かし、自然の流れを読んでその先を取る事が重要だ。人と言う生き物は、そうしてこれまで繁栄し、席巻して来た。君だって歴史を学んでいるなら分かるだろう?」


 黒幕は、常に大局を見据えて一手を打っている。ならば、近視眼的な目線で黒幕が見落とす細かな兆候を洗い出し、一つずつ突き崩して状況を覆す以外に手段はない。現場には、現場なりのやり方があるとルーは、言う。


「珍しくまともな事を言う」


「逆だよ。まともじゃないから時折、まかり間違ってまともの方がこっちに寄って来るんだ。全くもって厄介だよ。こっちは、別にすり寄って欲しくないのに」


「その感覚、分かりたくない」


「楽しいのに」


「絶対、楽しくない」


 変わり者の矜持など、ユンヌの知る所ではない。呆れるルーに冷ややかな視線を向けつつもルーの考え方には賛同していた。己が牛耳っているとどこかで侮りが在る筈だ。其処を上手く突けば、打開する手は自ずと見えて来る。


「それよりもどうにかしないといけないのは、意のままに状況を動かせているブランさんだよ。この状況を何処かで知ってあっという間に手中に収めている。僕は、改めて恐怖したよ。その手腕に。多分、これからも度々、茶々を入れて来るね」


「私は、呆れてる。ブランさん、何したいんだろうって」


「多分、面白そうなら何でも良いんだよ。ブランさんにとって淀んだ停滞は、即ち死も同然だから。勿論、先に進んだ所で最後は、追い付かれるだろうけど……でも自分でその最後は、選ぶ事が出来る。だからブランさんは、ランディにその選択肢を与えている心算なのだろう」


「そんなお節介、要らないでしょ」


「まあ、ランディには必要だよ。だって何にも変わってないから」


「……」


 改めて普段から歯牙にも掛けなかったブランの評価を見直す二人。ふらふらとして掴み所のないだけの粋狂人だと思っていた。けれども思い起こせば、どの場面でもまるで硬貨の裏表の様にランディの後ろには必ずと言って良い程にブランの影がある。次々と演目を与えられ、それに沿った人物として演じるランディへ憐みを覚える程だ。だが、それはランディ自身も心の何処かでそれを求めていたからこそ作用している。現状、ブランの操り人形と言う立場に甘んじているのだ。ルーは薄々、勘付いていたもののこれまで見て見ぬ振りをして来たランディの内面について初めて触れる。


「君も分かるだろう? あのお説教だって無駄だった」


「折角、言わなかったのに……」


「僕が気付いていないとでも? 見くびられては困る」


 言葉を濁したが、ユンヌも同意見だった。


 曖昧な表情を浮かべながらルーにユンヌは、同情する。


「この前の言葉もランディには、全く響かなかった。言葉では、そう言っていても心がそう願ってなかった。誰かに役割を求められていたから。それに尽きる。そして今もランディは、求められる役名を演じて続けている」

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