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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第伍章 五十歩百歩の概算
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第伍章 五十歩百歩の概算 5P

 戸口に立つ前から。もっと言えば、言葉を待たずして上から物を言うランディへシトロンは、苛立ちを覚える。端的にその真髄を表すのならランディが忌避しているのは、これまで積み上げた関係性の崩壊。見当違いな思い込みを互いに擦り付け合い、その結果、引き起こされる齟齬と決別を何よりも恐れている。


「何でも知った気でいて……本当は、何も知らない可哀想な子」


「そうだね。だから俺は、恐れている。この何気ない日常に漂っている小さな齟齬を。今だって君との齟齬に悩まされている。こんな会話をする予定なんてなかった」


「一番大事なものを蔑ろにし続けるからそうなるんだよ」


「それは……何だって言うんだい?」


 自分でも何処かで分かっていた。己の言い分には限界がある事を。この後、シトロンが簡単に覆して見せる未来さえも見えていた。しかしながら進んでしまった以上、撤回は出来ない。正しかろうと間違っていようとも。


「そんな事も分からないの? そんな事まで私が教えてあげないといけない?」


「残念ながら俺には、分からない」


「何度も言ってるでしょ……大切なのは貴方の気持ち」


 怒りを通り越して憐みの色を瞳に写し出すシトロン。何度、言われようとも真正面から向き合おうとしなかった。努力はした心算だ。だが、其の度に全ては儚い泡となって目の前から消え失せる。今回は、その憤りが爆発した結果がこの様だ。


「誰がどう思って居ようと関係ない。貴方の気持ちが在るか、無いか。それだけで全てが変わるの。今だって踏み込んだらどうなるか分からないから必死に沢山、言葉を捲し立てる」


「そうだよ……」


「人によっては、自意識過剰と呼ぶかもね。でも貴方のそれは違う。そんな詰まんないもんじゃないもの。自分で自分を飼い慣らして律してる。逆に言えば、だから人の気持ちにも無頓着で一切、理解を示そうともしないわ。自分を犠牲にしているんだからって……自然と他の人にもそれを気付かない内に強いているの」


「……」


「好い加減、止めなよ。別に何か問題が起きる訳じゃないよ。間違いを恐れてたら何も出来ないわ。良いじゃない、それが間違いでも。自分の気持ち、確かめてみてよ」


 じわじわと回り込み、ランディの逃げ場を潰して行くシトロン。一度離れた距離がまた縮まって行く。きめ細やかな白い素肌と艶めく唇。何処へ視線を向けても目が離せない。最後に行き着いたのは、瞳。今度は、ランディが霧に包まれた様に先の見えぬ灰色の瞳に魅入られる側となった。その先を見たいと言う欲望が何処からともなく湧き出る。


「私なら……私なら何でも許してあげるよ?」


 その言葉には、以前と明確な違いがあった。抗えない魔性の魅力と恐ろしさを孕んでいる。


「それとも……貴方の後ろでちらちらと見え隠れするシャイな子がそんなに大事?」


「っ!」


 思いもよらぬ指摘と共にいきなり頬にひんやりとした手を添えられ、現実に引き戻されたランディ。目を覚ましたランディは、これまで誰にも見せた事のない荒んだ表情を見せる。


 切なさ、やるせなさ、手の届かないもどかしさ、苦しさ、そして恋慕。それらが入り混じり、人らしさを形成していた。これがランディの心模様を写し出す本来の感情。決して人に晒して来なかった弱みだ。


「やっと見せてくれた。そんな怖い顔、誰にも見せた事ないでしょ?」


「こんな酷い顔、見て君は何を思う?」


「嬉しいわ……だって本当の貴方に触れられた気がするもの」


「そうかい――」


 何故とは、聞かなかった。否、聞けなかった。この件は、以前にもフルールから指摘されている。多少の勘が利きさえすれば、誰でも気付くのだろう。必死に強がり、隠そうするランディの姿にシトロンの嗜虐心が擽られる。


「貴方の所作と言動から残り香がするの」


「どんな所で感じる?」


「どうでも良い事でも話を振られたら必死にその話を広げようとしたりする所。大抵の男の人は、分かんないとか、投げやりな相槌だけだもの。適度に私との距離を推し量って私が嫌がりそうな所に踏み込まないようにしたりとかもそう。後は、嫌な感じにならない程度で私の事を見てくれているとこも。まあ、これは誰しもそうね。見て貰えるって悪い気しないもん。こうやって上げてけば、キリがない」


 上体を逸らして人差し指を唇に当てわざとらしくしなをつくり、遠慮なくシトロンは例を挙げて行く。全てを見透かされ、ランディは苦笑いを浮かべた。


「其処までやってるかな? あんまり考えた事ない」


「自然と板についているの。野良犬かと思ってたけど。きちんと躾、されてたのね」


 完璧に張り巡らせたと考えていた障壁がいとも簡単に打ち破られてゆく。ランディは、惨状を眺め続ける事しか出来ない。


「どんな子か分からないけど、よっぽど深い関わりがあるようね。友達……いや、幼馴染かしら。でもそれともちょっと違う……もしかしてもっと深い間柄かな?」


「さあ、どうかな?」


「ふふっ、その余裕がある振りするのもそうね」


「うっ――」


 最後の面子も砕け散った。後に残るは、己の感情のみ。揺るぎない心の支えだけがシトロンに抗う力を与えてくれる。しかし少しでも感情が揺れ動いてしまったなら。


「貴方は、本当の自分を曝け出したくないから他人の事も曝け出そうとしない。でもどんなに頑張っても少しずつ滲み出てるの。一度でも関係を持ったら止まらない。そんなに貴方の事を知らない私ですらこうだもの。だから隠し通す何て出来っこない。諦めなさい」


 そして寄せては返す波の様にシトロンがまた距離を縮めて来る。シトロンの真骨頂を垣間見、今はランディに恐怖の念を抱かせる。その怯えた表情に満足したのか、にっこりとシトロンが笑う。これでランディに己の存在を刻み付けたと確認したのだろう。


「まあ……今日の所は、虐めるの。これ位で許してあげる」


 当初の目的とは、大分離れてしまった事に気付き、弱りきったランディの頬を撫でて警戒を解かせるシトロン。許しを得てランディは一安心し、大きなため息を一つ。


「でもどんどん逃げ場は無くなって行くからね? さっきの比じゃない。距離が近くなればなるほど……最後に貴方がどんな顔をするか」


「……」


「とっても楽しみで仕方がない」


「―― ならば、全力で抗わせて貰う」


「私に勝てる心算?」


「心算じゃない。勝つんだ。全力で君と勝負する」


 何かを訴え掛けるかの様にまじまじとランディの茶色い瞳を見つめるシトロン。計算してそんな仕草をしているのならば厄介な事、この上ない。逆に自然とそうなっているのならば、何かが始まってしまうそんな予感がランディの頭に過ぎる。


「……ほんとに飽きないなあ」


 何処までも子供じみた感性でシトロンの目を惹きつけるランディ。一つ違えば、上手く嵌る所を絶妙なさじ加減で外して来る。他の皆も自分と同じ様にこの青年の愉快な一面を見つけているのだろう。そう考えれば、全てに納得が行く。何よりもブランの齎した小片が大きかった。これから色んな場面で小片が見つかり、それが一つずつ埋まって行き、一枚の大きな絵が出来ると分かって居れば、興味が尽きない。それら一つ一つが埋まる所をシトロンは、一番近くで見て居たいと思ってしまっていた。


「何か言ったかい?」


「何でも。まあ、勝ち負け云々は置いといて今日は、飽きるまで此処に居るよ」


「あれ? 何か、違うんじゃない?」


「何も違わない。さあ、仕事に励みたまえ」


「はあ……」


「また、話を蒸し返したいの?」

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