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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第伍章 五十歩百歩の概算
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第伍章 五十歩百歩の概算 4P

 シトロンは居ても立っても居られず、灰色の澄んだ瞳を輝かせる。幾ら忠告したとしても直ぐにちょっかいを掛けるだろう。そしてシトロンを止める事は出来ない。何せ、発端は己自身。小走りで自宅へと戻るシトロンの背を見つめながら苦笑いを一つ。


「やれやれ……」


 数少ない廊下の窓から垣間見える外の喧騒を眺めながらブランは物思いに耽る。


『まあ。これで僕も暫く、暇しない。新しく種は、ばら蒔いた。今も音楽は、鳴り響いているぞ。休んでいる暇はない。精々、愉快に踊ってくれたまえ』


 時は流れ続ける。事態は水面下で進展し、これから起きる出来事は誰にも分からない。そう、ブランでさえも。だからこそ、人の生とは愉快なのだ。終わりが分かり切った物語など茶番でしかない。先が見えないからこそ、進むのだ。



「……そんなに見られると困るんだけど」


「気にしないで。私は、とてもとても楽しい」


「そりゃあ、君はね。俺は、ちっとも楽しくない。そんなに珍しいものなのかい?」


「そりゃあ、もう。これ以上にないくらい」


「はあ――」


 その日の午後。シトロンからしてみれば我慢に我慢を重ねた方だろう。早速、仕事に励むランディにちょっかいを掛けていた。先程の一件で仕事の復帰も決まり、業務に勤しむランディを椅子にちょこんと座って興味深げに一挙手一投足逃さず、見つめ続けるシトロン。


「溜息、吐くなっ! こんな可愛い子の目を釘付けにしてるんだぞ?」


 椅子の上で暴れ、喚き散らすシトロン。店が閑散としているから良いが少しは落ち着いて欲しいとランディは心底、願う。されど、勢いをそのままにシトロンは、まるで太陽の様に活力を漲らせる。真面目に仕事へ従事するランディからしてみれば迷惑な話だ。


「自分で言ったら意味がない」


「事実だからね。意味何て知るもんか」


「はっきり言われると俺もそう認識してしまっているから反論の余地がない」


「ほほぉ―― 妙に素直じゃない?」


 この場は、如何にかしてあやし、早々に退場して貰おう。ランディは心に決め、太鼓持ちに徹する。シトロンへ目を向ける事無く、品出しと欠品している商品を紙に書き記すランディ。会話を成立させながら手を動かすのにも慣れた。


「君には、受けた恩があるからね。無碍に出来ない」


「ほんとにそれだけ? 他には?」


「他? 他は、特には……」


「いつもああだこうだ言って私の事を褒めてくれるじゃない?」


「そりゃあ、事実だからね。君が思っているよりも俺は、君の事を高く買ってるよ」


「気持ちが籠ってない」


 実際、ランディの頭の中は空っぽだ。返事も投げ掛けられた言葉に反射的な返答を返すのみ。それは、シトロンも承知の上。だから詰まらんと椅子の上で上体を前後に揺らして駄々を捏ねる。けれど、その我儘に付き合ってしまうと、更に収拾がつかなくなる。あくまでもランディは、冷静な対応を貫いた。


「我儘だなあ……どう言えば良いのさ?」


「じゃあ、趣向を変えて―― これならどうだ?」


 そう言うと、背を向けるランディへそろりそろりと忍び寄り、肩口に顎を乗せて耳元で囁きかけるシトロン。熱い吐息とすがすがしい香りがランディへと唐突に襲い掛かって来る。


「急に……どうしたの」


「ドキドキした?」


 シトロンは、恍けた顔でわざとらしくランディへ問い掛ける。思いもよらぬ急展開に心がぐらつくも最後の一歩で踏みとどまるランディ。何が其処までシトロンを駆り立てるのかは分からない。思い当る節と言えば、ブラン絡みくらいだ。ランディの打ち明けた秘密をおいそれと簡単に話す訳がないので恐らく、ランディの与り知らぬ何かを耳にしたのだろう。ランディは、直感で判断する。今、それを問い詰めたところで知らぬ存ぜぬを通されるだけ。如何にしてこの状況を脱するか考えた方が現実的だろう。


「いいや……現在進行形だね。しているんだ、今も。何だい? 熱でもあるのかい?」


「へっ?」


 あくまでも自然な戯れだと白を切るならば、とことん付き合おう。肩から小さな顎をゆっくりと離し、振り返ると恥ずかしがる素振りも見せず、シトロンの額に己の額をくっつけて熱でもあるのかと確認して見せるランディ。間近でじっと見つめて来る茶色の瞳を前にしてシトロンは、茫然としてしまう。暫くしてから十分に効果があった事を確認し、ランディは額を外してさらりとした態度で顎に右手を掛けながら訝しげな顔をする。


「ふむ。君の平熱を知って居るわけじゃないけど……問題ないみたいだね」


「なっ―― あにすんのよっ!」


「あまりにも挙動が可笑しいからもしかしたらと」


 あからさまに慌てふためくシトロンを目にし、少し気が晴れたランディ。不可思議なのは、子の様な戯言は、慣れっこなシトロンが動揺している事。珍しい事もあると、ランディはぼんやりと雨が降るのではないかと、窓の外を見つめるも外は、日差しが強くその気配はない。


「違うっ。そうじゃない。ちょっと、あれだったけどそうじゃないのっ!」


「じゃあ、なんだって言うんだい?」


「むっ――」


「むくれてるだけだと分からないよ」


 何を求めているのかさっぱり分からない。ランディは、挙動不審なシトロンを前に首を傾げる。唯一つ、分かった事があるとすれば、普段の玩具扱いをされている訳ではないと言う事。しかし先程も思い当る節を考えてみたが今も分からないままだ。秋の空と同様に絶え間なく変化する目の前のシトロンの心模様はシトロンにしか分からない。


「そうじゃなくて……ドキドキしてたのなら。その理由が聞きたかったの」


「そりゃあ、しない方が可笑しい」


「はぐらかすな」


「無論、妙齢の女の子に悪戯をされたら誰だってそうさ」


「――」


 そんな詰まらない返答は、要らん。そう、シトロンの顔に書いてある。じっとりとした視線を向けられながら求められた答えの宛を探すランディ。


「……君に好意を抱いているかどうかの話なら今の俺には分からないよ。君が見せる可憐な姿を見せられて時々、心動かされる事はあるけど――」


「時々?」


「はいはい。会う都度、時めかされております。これで良い?」


「うむ」


 間違いではない。されど、その答えを出すには、時期が早過ぎる。それはランディだけでなく、シトロンにとってもその筈だ。例え、此処で冗談交じりに告白をしたとしても何も始まらない。それがランディには分かっている。


「……本題に戻るけど、俺は君の事をきちんと知らない。君の人となりを知る入口にも立っていないんだ。やって居る事と言えば、的外れな事ばかり。俺の中で勝手に君の虚像を作って君を知った心算になっているに過ぎない」


「つまんな……」


「俺は、他者に対して最大限の敬意を示している心算。君の事もきちんと尊敬しているからこそ、簡単に扱いたくないんだ。俺が定義するちっぽけな君何て存在して欲しくないからね」


 馬鹿真面目に持論を展開するランディに対してシトロンは、冷めた目をする。何も間違っていない。けれど、その言葉に心は無い。己が直面している事なのに何処か他人事で客観的だ。もっと言えば、敢えて避けていると言っても過言ではない。


「君がシトロンと言う自分をかなりの精度で作り上げ、俺に見せているから君に心惹かれてる部分が大きい。その優しい幻想が君と俺との間に漂っているなら……」


「いるなら?」


「関係を深めて行っても待って居るのは、目も当てられない程、悲惨な終わりだけ」


「ほんと、つまんない。何それ? ランディってさ。ずっとそうだよね」


「そうだよ。俺は、こう言う奴さ」

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