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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第伍章 五十歩百歩の概算
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第伍章 五十歩百歩の概算 3P

 これまで一つも見せて来なかったブランの真骨頂を前にシトロンは、恐れ戦く。されど、燻り続けている好奇心には勝てなかった。ドレスをぎゅっと握りしめ、恐る恐る問うた。


「そうだね。あの子も胡坐を掻いている事だし……そろそろ着火した方が面白いかも」


「うわ……何か嫌な言い方」


「まあ、君には関係ないさ。でだ、これを知ったからには後戻りが出来ない」


 シトロンの感情を声から感じ取ったのか、ブランは、軽く後ろを振り向きながら笑い掛け、冗談交じりに言葉を紡ぐ。逆に子ども扱いをされ、シトロンはむっとする。


「どうする? 今、引き返せば君は普段通りの生活に戻れる。これを知ったら最後、君はこの最高に面白可笑しい話の渦中のど真ん中に飛び込んでしまう」


 穏やかな表情を浮かべるもその声色は固い。その雰囲気にのまれたシトロンは背筋を伸ばす。幼少の頃ならばいざ知らず、これまで余裕を奪われた事など、シトロンは、手で数える位しかない。油断のならないブランの言葉に生唾を飲んだ。


「今一度、問う。その覚悟は、あるかい?」


 ブランは、再度問う。これ以上、先に進めばもう戻れない。必ず、君はこれまでの君と変わるとそう警告した。だが、躊躇する時期は疾うに越えているのだ。それほどまでに既に深く関わってしまっている。何より、今を逃せば次は、祭りの最中。ならば、その大きなうねりに乗り遅れたくない。覚悟は、出来ていた。


「……今更です。何か、何時の間にか訳分かんない舟に乗り掛かってた訳ですし。こうなったら最後、何処に辿り着くのか知りたいです。此の侭では、気持ちが悪いので」


「僕は、その君の思い切りの良さ、好きだよ」


「むっ―― からかわないで下さい」


 シトロンの覚悟を耳にし、ブランは整えられた黒髪をさっと撫でつけながら勿体ぶる素振りも見せず、呆気なく核心に触れる。


「ごめん、ごめん。じゃあ、話そうか。端的に言うとランディはね、レザンさんの正真正銘、今の所ただ一人しかいない大切な存在なんだ。つまりは、血縁者であり……」


「えっ! それって……」


「そうさ、目に入れても痛くない。可愛くて可愛くて仕方がない。お孫さんなのだよ」


 何か縁のあるのではないかと、薄々勘付いていたものの。ブランの告白は、シトロンの想定を大きく超えていた。思わず立ち止まり、口を大きく開けて驚きを隠せない。唐突に突飛押しもない情報を打ち明けられれば当然だ。


「……その確証は?」


「ランディの耳に着いているイヤリングを君は知って居るかな?」


「ええ」


「あれは元々、レザンさんの持ち物だ。レザンさんの家系は少々、特殊でね。最初の男児が生まれ、成人したのを期にあれを持たせて旅立たせるんだ。そして、旅立った子が故郷へ帰って来る事は、一生ない。新たな土地で根付いてまた、それを繰り返す。ずっとそうしてきたらしい。レザンさんもそうだし、レザンさんの一人息子、オラージュさんもそうだ。あのイヤリングは、レザンさんの一人息子に受け継がれ、無事に今、ランディの手元へ渡っている。あの年頃なら間違いないよ」


 未だ、レザンとブランがその結論に至った経緯が分からず、疑って掛かるシトロン。勿論、イヤリングだけでは確たる証拠にはならない。信じるにはもっと証拠が必要だった。


「それだけじゃあ、証拠は乏しくありません?」


「論より証拠だね。これを見給え」


「―― 写真?」


「ランディの父上が此処を旅立つ前に僕が無理矢理誘って。撮って貰ったんだ」


「ランディ、そっくり……」


「だろう? 白黒だから言っても分からないだろう。目の色とか少し違う所はあれど、父上の面影をきちんと受け継いでいるんだ」


 そう言うと、ブランは懐から手帳を取り出し、頁の間に挟んでいた一枚の写真をシトロンに手渡す。訝し気にシトロンが覗いて見れば、三人の男が並んで立っている写真だった。その三人とは若かりし頃のブランとオウル、そして残りの一人はランディの面影が。いや、時系列から見ればこの場合は逆。ランディに写真の男の面影があった。特に目鼻立ちの共通点が多く、これだけ似ていれば合点も行く。


「僕もレザンさんも見間違える事は無い。だってずっと目にしていたのだから。僕とランディの父上オラージュさんは、悪友でね。この町から旅立つまでずっと一緒だったんだ」


「つまり……それはオウルさんも?」


「そうだよ。僕らは、いつも三人で遊んでた。既にオウルさんも気付いているんだ。そうそう。オウルさんが父上の名前を確認したらしいんだけど、ばっちり正解だった」


 これまで遭遇した不可解な出来事、バラバラだった全てが一本の線で繋がって行く。オウルが上機嫌だったあの酒場の出来事も。レザンが此処まで目を掛けてランディに入れ込む事も。何より、ブランの肩入れする理由も。三か月と言う短い期間と言えどもシトロンは、三人でよく隠し通して来たと思ってしまう。勿論、それは皆の記憶から忘れ去られているから。誰もが忘却の彼方へ置き忘れた人物を今も忘れない三人だから出来た芸当だ。


「そうかっ! あの時だ。だからあんなに嬉しそうだったんだ……納得」


「思う事は、それぞれあるさ。当然、僕も大いにある」


「ブランさんは、何だか……複雑そう」


「そりゃあ、複雑さ。親友同士、その子供が時を超えてまたこの町で面白可笑しくやってるんだもの。傍から見てる僕としては――」


「面白くない」


「その通りっ!」


 そうなれば、誰しも思う所がある。レザンからしてみれば嬉しくて仕方がない。オウルも同じく。しかしブランは、面白くない。既に不満は、漏れ出している。その不満が爆発しないのは、今もこうやって状況を操り、楽しんでいるからだ。


「だから僕は、僕なりで楽しむ事にしたのさ」


「……これもその一環ですか?」


「そうさ。まだ僕は、裏でランディを操って居たい」


「うわああ……めんどくさ」


「ははっ、好きに言いたまえ。僕は、楽しければそれで良い」


 例え、表舞台に上がる事はなくともこの騒動に一枚噛んでいたい。だからブランは、敢えて裏方に回った。来るべきその日を迎え入れる為、今も準備に余念がない。そして、この事実をシトロンに打ち明けたのも演出の一つであった。


「―― でも嬉しかったんですよね?」


「そりゃあ、嬉しいさ。嬉しいに決まってる。もう会えないと覚悟していた人の忘れ形見みたいな存在がいきなり、ぽっと目の前に現れたんだ。運命って奴を僕は、初めて感じたよ」


「でもそうなると、ランディはこの事……」


「無論、知る由もない。レザンさんがゆっくりしてる間は、まだまだ先の話だ。だから君もこの話は内密に。今のうちに言い聞かせておくね。これは、本当の本当に口外してはいけない機密だ。町の誰もまだ一人として気付いていない。知って居るのは、ほんのごく一部。レザンさんとオウルさん、僕、そして君の四人だけ」


「重責が……うっかり言っちゃいそう」


「そしたら大事になる。くれぐれも気を付けて? 少なくともランディが知るまでは」


「うっ、頑張ります――」


 今は、まだその時ではない。皆が知るには、先ずランディが知るべきだ。だから誰にも言わぬようシトロンに釘を刺すブラン。


「さて、君の謎も解けた所で。僕は、執務室に戻るよ。君はどうする?」


「私は……用事があるのでっ!」


「もう、話は終わっているだろうから大丈夫だとは思うけど。時機は、きちんと弁えるんだぞ? 好奇心であからさまに尻尾が丸見えだ。時に好奇心とは、猫をも殺すからね」


「はいっ! 気を付けます!」

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