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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第伍章 五十歩百歩の概算
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第伍章 五十歩百歩の概算 1P



「今日、集まって貰ったのは他でもない――」


「御託は要らない。さっさと本題に……」


「いや、そう言う訳にも行かないですよ、レザンさん。呼んだ中で訳も分からず、先程から周りを挙動不審にキョロキョロと見回している子も居るんですから」


「もっと酷い状況ですよっ! 場違いで今にもこの部屋を飛び出したいくらいだものっ」


「ほらね?」


「……」


 ブランが話し合いに指定したのは、夕暮れに話をした日の三日後、店の休日だった。早急な対応にランディも感謝したが思わぬ伏兵により状況は一変する。役場の小さな会議室へ呼ばれ、普段よりも互いにめかし込んでレザンと共に出向いてみれば、シトロンとブランの姿があった。今日も趣味の悪い色のシャツではなく、おまけに襟元まできちんとクロバットを絞め、光沢のない落ち着いた黒のジャケットとスラックス姿のブランと何時もの華美な服装は避け、シルエットを強調しつつも落ち着いた紺色のドレスと薄手の肩掛けを身に纏ったシトロン。呼び立てた当事者たちが揃うと、ブランはそれぞれ、楕円形の会議机を取り囲む椅子に座るよう促し、自分立ったまま、話を始めた。すると、開始早々、レザンから茶々を入れられ、状況は混迷を極める。ランディとブラン以外の二人は、思い思いの不満をぶちまける。それをやんわりと宥めすかし、場を取り持つブラン。まだ言いたい事は、山ほどあるが忙しなく毛先を指でくるくると弄り、ぐっと堪えるシトロンと苛立ちを隠しきれず、胸元で腕を組み、眉間に皺を寄せるレザン。


「改めて今日、集まって貰ったのは他でもない。例の件に関わった当事者として来て貰いました。あの日から始まったこのギスギスした空気を個人的に如何にかしたくてね」


「お前には関係のない話だ」


「町長としてはね。でも僕個人としては、違います。僕は、ランディの現状を憂いているんだ。この子の事を如何にかして上げたい……意志を持ってこの町に来て。これまで必死に順応しようと努力している姿を見て来た。そしてやっと結果が実ったと思えば、今はこの状況。針の筵に立たされて見るに堪えないよ。そりゃあ、手も出したくなる」


「お前の出しゃばる事ではない。これは、私とランディの問題だ」


 集められた意図を理解し、ブランに噛みつくレザン。当然だ。後からやって来ていきなり仲裁人気取りで間に入って来られれば、怒りも買う。それでもブランは、飄々とした態度を崩さない。寧ろ、自信を持ってブランは、レザンの道理を突き返す心算だ。


「いいえ、違います。それは、貴方がやりやすいからそう言う風な空気を作っているだけ。年甲斐もなく、若者を苛める年寄りの構図です。古株としても名高いレザンさんならやり様は幾らでも在る筈……にも関わらず、敢えて逃げ場を用意してやる事無く、単純に追い詰めているだけ。それなら馬鹿にも出来る。レザンさんは、そうじゃないでしょ?」


「お前は何故、其処まで入れ込む?」


「僕だって可愛がっている子には、特別贔屓をしますよ。所詮、人だもの。レザンさんだってそうですよね? 違いますか?」


「私は……違う」


 ブランの口車に乗せられて言葉を詰まらせるレザン。本心では、そんな事をしたくない。レザンにも後ろめたさがあり、ブランは、既にそれを見抜いている。その好機を見逃すことなく、ブランは一気に畳み掛ける。


「何より、いつもの思慮深いレザンさんらしさが全くないから僕は、不思議なのです」


 わざとらしく整った眉を顰め、心底不思議そうな顔をして指摘するブラン。


「率直にお伺いします。どうして性急に話を深く掘り下げる必要があったのですか? 彼は彼なりに此度の出来事も命を張って頑張ったのです。お叱りは一先ず、置いといて労うべきでした。それからゆっくりと話を進める方がお互いの為にもなった筈。急いた理由をお聞かせ願いたい。年長者として先んじて正しい見本をこの子に見せてやるべきです。此の侭では、どちらも口を噤んで埒が明かない」


 そうだ。普段のレザンならば感情に左右されず、あくまで合理的に事態の収拾へ向けて動いただろう。されど、今回の件は、違う。感情を剥き出しにして寧ろ、事態を拗らせている。


「……私も気になります。あの時もレザンさん……凄く取り乱していました。何時になく、あんなレザンさん見た事ない。それに普段、叱られる事はあっても怒りをぶつけられるって事は……滅多にありません。明らかにランディに対してのそれは―― 異常でした」


 それまで蚊帳の外に居たシトロンもおずおずと此処で口を挟む。


「無茶をしたランディに非があるのは、明確です。でもあんな言い方ないです」


「……」


 言葉を慎重に選びつつ、これまで溜め込んでいた全てを吐き出すシトロン。最後には、鼻を鳴らし、納得が行かないと不平不満を漏らす。恐らく、ブランがこの場を設けなければ、シトロンも胸に留めていただろう思いの丈を全てぶつけた。


「それも不思議でね……時折、レザンさんはランディの事になると熱くなり過ぎるきらいがあります。この際です。それも含めてお伺いしましょう」


「ブランっ!」


「僕にどなってもどうしようもない。今回は、ランディもレザンさんもどちらも悪いんです。二人揃って明らかに隠し事をしている。この問題の根底にある原因はそれ以外にない。だからそれが詳らかにならなければ、この問題は一切、解決しないんです」


 最早、隠す事なく怒りを露わにするレザン。ブランの思惑にまんまと嵌められ、逃げ場を失った。どれだけ状況が悪化してもブランの態度は、変わらない。恐れを知らず、目的の為に冷静に理詰めで攻め続ける。目を背け続けた罰に等しい。そして、互いに許し続けたからこそ、此処までねじ曲がっている。きちんと向き合う時が来た。ブランは、そう二人に説き伏せているのだ。


「私に……隠し事など無いっ!」


「なら、この問題は問題にならない。レザンさんに固執する理由がないのだから。簡略化された説明でしたが、事の顛末を僕らは、彼の口から聞いています。ランディも充分に反省しています。これからは、無茶をしないと僕と約束も交わしました。レザンさんともこの場できちんと約束をすれば、一先ず話は落ち着きます」


「お前は……何処まで私を」


「愚弄なんてしていません。僕は、可笑しな事に可笑しいと言っているだけ」


「ブランさん、これでは話が――」


「良いんだ、ランディ。これは喧嘩だよ。僕は、レザンさんと詰まらない喧嘩をしている。道理が通らない我儘に君が付き合う必要はない。そもそも土台から間違っていたんだ。今回の君が間違いだと断罪されるならそもそもの間違いを正さなければ。君も腑に落ちない」


 険悪な雰囲気に負け、ランディが止めに入るもブランは、それを跳ね除ける。ブランとて、待ち続けた。けれどもレザンは、一向に前へ踏み出そうとしない。勿論、その理由は分かっている。打ち明けた時、ランディがどのような反応を示すのか。それだけではない。待ち受ける目に見えない幾多の困難がレザンに二の足を踏ませている。されど、停滞は許されない。その背を見て育って来た子の内の一人がブランだ。ブランは、レザンに対して何時までも尊敬出来る立派な先達であった欲しいと願う。だから対立しようとも無責任な期待を押し付ける。それが良き方向へ進むと信じて。


「ランディ、君も言いたい事があるならきちんと言いなさい。今のままでは、君の思いが届かない。分かり合うなんて到底、在り得ないけど、近付く事は出来る。さあ」

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