第肆章 止まらぬ心の声 11P
自分の事なのに終始、二人から置いて行かれ、勝手に話が進むのを傍から眺める事しか出来ず、途方に暮れるランディ。助けを求めた以上、引くに引けない。出来る事と言えば、潔く腹を括って二人の作る台本通りに動いて所々で修正を掛けるしかない。勿論、そんな器用な事が出来れば、憂いはない。これならまだ、剣を握って戦っていた方がましだと思える程に難しい正念場が目の前まで迫っていた。
「厄介事には、厄介事をぶつけよ。昔からそう相場は、決まっているんだ。僕がエグリースさんを抱き込む。恐らく、ランディの為なら二つ返事で協力してくれるよ」
「よりにもよって取って置きがそれ? まあ、言われてみれば……悪くない考えかも」
「掻い摘んで理由を説明して日曜礼拝に二人を呼び出して貰う……それから何か仕事を言い付けて貰えば良い。そしたら必然と条件は、完成する」
即興で考えた案にしては、理にかなった実現の可能性が高いものである。ユンヌは、素直にそう思った。エグリースならば、肝心な場面において察しも良く、詳しい話をせずとも快く引き受けてくれる。ましてや、この前の一件で親交を深め、毎週礼拝に通いつめている敬虔な信徒たるランディの事とあれば、協力は惜しまない。これも地道に努力を積み重ね、地域貢献に努めて来たランディの人徳と言えよう。
「れっきとした神様のお膝元だ。これ以上、ぴったりな場所はない。神様の前では、誰も嘘を付けない。正面切って互いに思いの丈をぶつけられるさ。後は、ランディ次第だけど」
「ルーは、平気で嘘付くけどね」
「僕は、神様にありのままの僕を愛して欲しいんだ。例え、それが偽りに塗れていたとしても。嘘の奥底にある真実を僕から見出して欲しい。だって神様なら出来るでしょ?」
「神を試す事なかれ。神様も忙しいからね。詰まらない屁理屈には、付き合いません」
「そうか……それは残念だ。そしたら誰か僕の戯れに付き合ってくれる人を探すしかない」
「そんな人―― 誰も居ないよ」
何より要諦は、聖域と特別視され続けた礼拝堂にある。敢えて彼の地をルーが選んだ一番の理由は、普段の環境とは違い、厳かな雰囲気を醸し出し、冷静さを引き出しやすいぴったりな場所だから。一時の感情に左右されるのではなく、お互いの立場に立って今一度、言葉を選び、意思を伝えあうには格好の条件を備えている。
「さて、ユンヌも良い考えだと捉えてくれたようだ。此処は一つ、大船に乗った心算で任せてくれたまえよ。最大限の御膳立てだ。君は、どんと構えて居ればそれで良い」
「今は、情けない事に藁にも縋りたいほど、俺は困窮している。例え、それが泥船だったとしても喜んで乗せて貰うさ」
「大丈夫だよ。きっかけさえあれば。君は、船が沈んだとしても泳いで渡り切れる。このたった三、四か月の短い期間でさえ、幾多の修羅場を乗り切って来たんだから」
元気づけにならない言葉を貰い、ランディは困惑する。これまでの月日は、状況を好転させる為、必死になって只管、我武者羅に駆け抜けて来た。振り返って見ても何か経験として活用出来るものはない。恐らく、今回もそれこそが正解なのかもしれない。難しく考えるのではなく、目的を見定めた上で目指す場所に向かって脇目もふらず、走り込む。信じられるのは、今もこの地に踏ん張って立っている二本の足のみだ。
「うん。神様は、人に乗り越えられる試練しか与えないもの」
「それは、向き合う事から逃げる口実を潰す文言であって勇気付ける言葉じゃないよ……」
「そう。人を焚き付ける言葉。こんな事も出来ないなら人として存在価値がないって言われているようなもの。だから私たちは、悔しくて己の存在価値を見出すの」
あっさりと言われてしまえば、ランディも頷くしかない。小さくか弱いながらも目の前にいる女性は、己よりも先に何歩も前へ進む気高い人だ。負けてばかりでは居られない。
「ランディくんは、男の子だからね。漢気、期待してるよ」
「やれるだけやってみる」
「その意気だ」
微笑む二人の前でランディの目にまた力が宿り、地に付きかけた膝がゆっくりと真っすぐに伸びる。まだ、やらねばならぬと教えて貰ったのだから。まだこの町に居ても良いと許しを貰えた。言い知れぬ疎外感を払拭するには、それだけでランディには、十分だった。
「さあ、そうと決まれば後は、君がどんな話をすべきか纏めよう。今日の夜は長い」
「明日、休みだから。とことん付き合う」
「程々にね……忘れてるかもしれないけど、俺。まだ、怪我人だから」
「酒が飲めるなら容赦はない。それに今までサボって来たツケは高い」
「左様か……」
無暗に時間を浪費した心算はなかった筈だが、結果を見ればそう言われても仕方がない。
それから三人の密談は、夜遅くまで続いた。勿論、フルール以外にもこれから困難が待ち受けている。それを迎え撃つ為の準備を。時を刻む事を忘れた時計がまた、動き出した。それがこの物語をどの様な結末に導くかは、まだ誰にも分からない。




