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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第肆章 止まらぬ心の声
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第肆章 止まらぬ心の声 5P

 緊張と疲労から眩暈と少しの吐き気がランディを襲う。それでも前に進まねばならない。自分の行いとそれから起因する結果を迎え入れねばならない。一呼吸を置き、ランディはフルールの待つ店内へ足を踏み入れた。小気味の良いドアベルの音と木の軋む音がランディを出迎える。店内は、窓から入る橙色の陽光と照明に照らされて明るかった。商品は、殆ど売り切ったのか、陳列のショーケースは、殆ど空っぽの状態。また、商品と同じく店内には誰もいなかった。気合いを入れて足を踏み入れたものの、いきなり肩透かしを食らい、ランディは、落ち着きを取り戻す。


「あれ? 留守かな?」


 店内を見渡しながらぼんやりとしている間に邪念がランディの頭を過ぎる。出来れば、此処で回れ右をして帰りたかった。ブランに見苦しい言い訳を伝え、罰を免除して貰おうかと情けない選択肢と此の侭、正々堂々と向き合う選択肢の鬩ぎ合いに苛まれる。そうして考えあぐねている内にその機会は、目の前からふっと消えて行った。


「ごめんなさいっ! ちょっと、忙しくてっ! いらっしゃい……ませ――」


「やあ……」


「……買い物?」


「使いでね。ブランさんの」


「パンね……朝、直接来て取り置きをお願いされてたわ」


 ショーケース裏手の扉から元気よく飛び出して来たのは、ランディが一番会いたくなかった相手だった。白いシャツと茶の上から小麦粉で汚れた黒のエプロンをつけ、来客用の愛想笑いを浮かべていたフルールは、ランディだと分かった瞬間、露骨に顔を顰める。ぎこちない笑みを浮かべながら用向きを伝えると、フルールはぶっきら棒に答える。それから少しの間、重々しい沈黙が店内を漂う。その静けさを払拭したいが為にランディは、碌な考えも思い浮かばないまま、口を開く。


「あと……」


「―― なに?」


「……君に会いに来た。体調を崩してから話も出来なかったから」


「あっそ、御使いのついでね」


「申し訳ない―― そう言う意味では」


「事実、そうなんだから。気にしていた訳でもないし、本心からそうでも問題じゃない」


「そうだね、君の言う通りだ。どう取り繕ってもやってる事には、変わりない」


「っ!」


 場を取り繕おうとしたランディへフルールは、辛辣な皮肉をぶつける。勿論、その皮肉にランディが太刀打ち出来る訳もなく、あっさりと認めた。どれだけ言葉を重ねたとしても事実である事は揺るがない。何故なら尤もな理由がなければ、ランディが此処に来る事がなかったからだ。開き直るランディを前にフルールは、苛立ちを覚える。血色の良い唇を小さく噛み締め、言いたい事をぐっと堪えるフルール。それの様を見てランディは、何を思うか。


 無色透明のその瞳からは、誰も感情を読み取れない。


「これが取り置き分」


「ありがとう」


 さらりとフルールは、商品の準備を済ませてショーケースの上に紙袋を一つ置いた。


「体調に変化はない? 俺も調子に乗って体調を崩してしまったから。君も気を付けてね」


 苦し紛れの言葉にフルールは、じろりとランディを睨みつける。


「本当の事、言うつもりはないの?」


「……本当の事って?」


「分かった―― もう良い」


 瞳を潤ませ、ランディへ必死に何かを訴え掛けるフルール。その意図が分かってもランディは、答えられなかった。真っすぐ向けられた視線から目を逸らすランディ。歯切れの悪い誤魔化しが口を突いて出て来る。


「どうしたんだい? いつもの君らしくない」


「あたしは、何も変わってない。いつも通り。変わったのは、貴方の方」


「俺?」


「貴方が変わったからあたしが変わった様に見える。それともたった三、四ヵ月程度であたしの事を全て知っている心算で居る? それって随分と高慢よ?」


「例え、短い間だったとしても……君は、俺の前で一度もそんな顔を見せた事ない。俺にとっては、それが全てだ。今の君は、無色透明だよ。これまでは、色んな色を見せてくれた。こんな言い方をしたら君の二十年を否定しているように聞こえるかもしれないけど」


 何を言っても平行線にしかならない。これが突き進んだ独善に対しての罰ならば、とことんその罰と付き合って行くしかない。どうせ、後戻りの出来る道など、存在しないのだから。


「そう……貴方がわざわざ、足を運んでまで此処に来たのは、こんな詰まんない言葉遊びをあたしに聞かせる為? 生憎、間に合ってるわ」


「違う。俺が此処へ来たのは……」


「何が違うの? 貴方にその心算があるならこんな馬鹿みたいな懐の探り合いなんかしないっ! 答えてくれないならあたしは、言うわ。ダメって言ったのに―― 何でっ、何でっ」


 段々と声量が大きくなり、それにつれて怒りの色が比例して見えて来る。なるべく穏便に済ませたかったが、フルールはそれを望んでいない。感情に振り回され、呼吸を乱し、半ば錯乱状態になりながらこのすれ違いの大元にフルールは触れる。


「……何でその手にまた剣を取ったの?」


 何も言えなかった。やっとの事で捻り出したフルールの嘆き。目を見開き、フルールの顔を見上げれば、その右目から雫が零れ落ちていた。


「誤魔化さないで……あたし、ずっと言ってる。もう、戦っちゃダメって。でもね……どんなに言葉を重ねても貴方は……勝手に飛び出してボロボロになって……帰って来る」


 最早、フルールの心の声は止まらない。空回りした歯車は、どんどんとその速さが増して行く。それを止める手立ては、既に存在しない。


「その姿を見てあたしは、どんな顔をすれば良い? どうしたら良い? 教えてよっ!」


 つかつかとランディの前まで足早に歩み寄り、胸倉を掴んで問い詰めたフルール。されるがまま、ランディは揺さ振られ続ける。


「黙ってないでっ! 教えなさいよっ!」


 黙り込んだランディへフルールが追い打ちを掛ける。後退は、己が許さない。目に見える破滅が待ち受けようとも進むしか選択肢がない。それが悲しい決別となっても。


「それが……俺の意志だから。守りたいと思ったものを守る為に。君が俺の事を町の大切な一部だと思ってくれている様に……俺は、君やこの町を大切に思って居る。だから守りたかったんだ。その意志に嘘偽りはない。それしか……俺には出来る事がないから」


「そんな事、知らないし、答えになってない。また大きな物事の所為にしてっ! 貴方の根っこは、ちっとも変わらない。肝心な事は、其処じゃないわ。貴方一人で全てを何とかしようだなんて烏滸がましいにも程がある。それとも神様にでもなった心算? 貴方は、只のちっぽけで詰まんない人間よ。そして、自分の領分を弁えられない哀れで醜い慢心の塊」


「高慢と言われても構わない。例え、人の領域を超えるとしても……神様って奴にならないといけないのならどんな手を使ってもなってみせる。偽物と謗られても構わない。俺は、欲しているんだ。ちっぽけな俺の見えているこの世界が穏やかで何事も無いように。皆が笑顔で在り続けるこの景色が何時までも続くように。そして今、この瞬間すらも……確かに君と対立をして辛いよ。でも怒りを剝き出しにした君のその顔だって愛おしいんだ。本当に愛おしくて仕方がない。それが失われるくらいなら俺は……」


「そんなことっ――」


 望んでいない。その言葉を最後まで言う事無く、フルールの声がすっと掻き消えた。全て分かって居てそれでもランディは、己の覚悟を突き通す。たった一つのちっぽけな願望をかなえる為に。その願いの中に自分が存在していると理解し、フルールは戸惑う。


「叱ってくれてありがとう。これでも間違っているのは重々、承知しているよ。でもね。この世界は、もっと間違っているんだ。この瞬間も間違い続けてもう後戻りが出来ない状況がずっと前から続いている。正しい事は、未来永劫やって来ない。だから俺は、その間違いを俺の間違いで塗り潰す。君が俺に教えてくれた素晴らしい景色を汚させない為に」


「っ!」

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