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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第傪章 『Peacefull Life』
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第傪章 『Peacefull Life』 2P

Aの肩に再度、手を置いてHは言う。しかし一番楽観的な彼でさえ表向きは明るくふるまっても、仮面の下では顔を苦しそうに歪めているのが声から伝わってくる。


「そうだ。お前たちは何も考えなくて良い。全てを考え、背負うのは頭領の私だけで十分だ」


左腰に差した剣の持ち手を握り、Dは前を向いて歩いたまま。Dの男がこんな人柄だから他の者はついてきた。こんな境遇でなければ人の前に立つさぞ立派な人物になれた筈だ。


「いいえ。私たちもDと同じように重荷を背負うべきでしょう。何せ、正犯も従犯も関係ないのですから。それにこの痛みを忘れてしまえばただの盗賊と変わりありません」


ちょっとまでの弱々しさとは打って変わり、Nの男が外套の埃を叩きながら力強く言う。


「まあ、はっきり言って盗賊に貴賎はないんですけど」


でも最後は自分の言ったことに自信がないのか、尻すぼみになってしまった。だがその矛盾した主張でも他の者たちはNの意見に同意するように「そうだ、そうだ」と声を上げる。此処にいる者たちは全て同じ考えを持ちDの元に集まった。皆が一人の考えを尊重し、同じ罪を犯す。一心同体だ。どんな苦しくともそれは皆が同じ。


だから苦しみを一人に押し付けることも絶対にあってはならない。


どんなに苦しくてもそれは皆同じ。だからその苦しみを一人に押し付けることは絶対にしない。


「お前たちは本当に馬鹿だな」


Dが顔だけ後ろに向けて声でコロコロと笑う。


「そうだね、D。僕たちの頭かもっと良ければ皆でゆっくりと緩やかな。誰も苦しまない訴え方が考えられたかもしれないのに……」とOも笑う。何気ない言葉が皆の脇腹を突いた。


「……しかしそれでは遅過ぎる。俺たちだって良い年だしそう長くない」


「時代の流れは速まった。我々にはどうしても急ぐ必要がある」


「相互扶助という言葉はこの社会に絶対必要なものだ」


「ただ、その言葉が独り歩きするのもそれはそれで問題だが今の王国は心配をする以前にまだ弱者に対して冷た過ぎる」


五人の後ろから着いて来ている者たちがそれぞれ口を開いた。


「そうだな、やはり都市部の労働者が自分たちの権利や利益を守る為にストライキなど起こすと同様に社会福祉の再度見直しや形式的平等からの脱却、夜警国家を止めさせること、沢山の必要性を訴えなければならない」とDは肩を怒らせ、声を堅くした。


「ならば、ぼちぼち先を急ぐことにしますかね」


Nの男が疲れたように自分の肩を軽く叩くと話を締めくくる。


「ああ、疲れた。俺、考えるのは得意じゃねえーんだよ!」


叫んだ後に、Hは誰よりも前を歩き始める。


「そうだな、一仕事をした後だ、今日はもう少し先に行った所で休むことにしよう」


「追手が来る可能性も少なからずありますからね」


盗賊団は少し急ぐように道なき道を進む。彼らには穏やかな日々や救いは一生来ない。

来るとすればただ一つ。それは死ぬ時の一瞬だろう。


「先の者たちには……こんな苦しい思いなどして欲しくないからな」


最後にDの男が誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


悲しいかな。


『失った物というのは二度と自分の手に戻って来ない』


                        *


「日向ぼっこには調度良い陽気だなあ……ふああああ」


ランディ・マタンは椅子に座りつつ、カウンターの上で潰れていた。


今、ランディがいるのは雑貨店『Pissenlit』の店内。


「実に眠たい」


ランディは目を虚ろにさせ、窓から入って来る柔らかな日の光を楽しむ。弥生の月の始め。ブランの屋敷の出来事からおおよそ二週間経ったある日の午後。今、店番の最中でお客が来たらきちんと対応しなければいけない。頭で分かっていても眠たい誘惑には負けてしまう。


「ユリイカ、相手してーしてー」


それでは駄目だと同じく机の上でだらけている黒猫へちょっかいを掛け始めた。ランディにユリイカと呼ばれた猫は野良。時たま、この店に遊びに来る。ランディは動物が好きでこの猫に暇があれば猛烈なアタックを掛けているが結果は今一つ。今回もユリイカは面倒臭いのか、伸びて来た手に前足で振り払う。その後は直ぐに飛び起きて「にゃー」と一鳴きすると居間の方へ引き上げてしまった。惨敗は日常茶飯事なのだがランディはユリイカに軽くあしらわれ、傷心気味。


「何が足りないんだ―――― こんなにも愛しているのに……」


がしがしと頭を掻き、ランディがユリイカとの心の距離について悩んでいると店のドアベルが不意に鳴った。客が来たのだ。気持ちを切り替えて椅子から立つと扉の方へ目を向けるランディ。


「いらっしゃいませ!」


客は厚手の黒い外套を来た女性が二人。ランディに軽く会釈をすると欲しい商品を探し始めた。


探し物は石鹸や洗剤のようで洗剤を置いている棚で他愛もない会話をしながら選んでいる。


穏やかの一言に尽きる。ランディはこの何もしなくて良い時間が好きだ。王都いた頃は時計の針に追われる側。のんびり出来る時間なんてものはなかった。毎日が任務、訓練、勉学、雑用で朝早くから予定が埋まり、解放されるのが大体夕闇に染まるこ頃。充実はしていたが、疲れる毎日だった。しかし、時計の印す時間に追われ、あくせく働く者はこの町にほぼいない。住人はとこの月にこの日にちと曜日、そして日の傾きを見て自分は何をすべきか考えるだけ。


都会とは違い、時間が止まったように感じるほど人や物がゆっくりとしている。確かに朝などの忙しい時間帯はこの町も活気があって人が蟻のように動き回るがそれも一日の中ではほんの一部。後は個々人の仕事によって違って来るが『時は金なり』と行商人が急ぎ、荷馬車を走らせることもあれば、ランディのように名目上は働いていることになるが実際はだらけているだけということも。 


斯くも『Chanter』には古き良き時間があった。そしてランディが徒然なるままに心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく頭から垂れ流していると、客は買うものが決まったようで会計の為に此方へ向かって来た。よく見ると客の一人はこの店に良く来る常連客、名前はアン。彼女は確か『Figue』の女主人。茶色のポニーテールで背はランディの頭一つ小さい。細身の体格でも外套にブラウンのドレスを着こみ、どっしりと構えている。


『年は……』


一度聞いたはずなのだが、ランディの記憶からは抹消されている。聞いた後に残っている記憶は目の前に迫る黒い影と笑い声。何があったのか、気はなるが今は接客に集中すべきだろう。


「こんにちは、アンさん。今日はお仕事、お休みですか?」


ランディはレザンから耳にタコが出来るほど教わった『教訓、常連客は大切に』という言葉を実践する。レザンに言わせると教訓は二百あるとのこと。商いをすることとは何を売るか、どうやって売るか、何処で売るか、ニーズ、値段の相場、メーカー商品の把握、商法を始め、民法や他の法との睨み合い。上げて行けばキリがないような考えることや覚えることから始まる。しかしこれらは基礎中の基礎であり、その上には地域や町に馴染む為、更に此処で努力を積み上げなければならない。ただ単に土地を買い、商品を仕入れ、看板を掲げればはい、それで終わりとは行かないのだ。基礎はレザンや先代の店主たちが作り、自らも店の一部となった。


この先、ランディが店を継ぐと言うのならば、レザンや先代が作った土台を学び、自身も一部となることが必要とされるだろうがそのスタートラインはもっと後の話だ。だから今、やるべきことは店の経営必要とされる最低限の技術を手に入れ、己の基盤を固めて行くことを進めるだけだ。


また人付き合いも必要最低限の基盤だ。特に人間関係が密接な場所では幾ら競合相手がいないとしても奢りは衰退に繋がる。ランディ自身も子供の頃は親の手伝いで客の相手はしていたが今とは違う。子供は許されたことでも大人になると許されないことはままある。大人の責任は重い。この違いこそ、どこへ生きて行くにしろこれからのランディに大切な『大人としての責任を背負うこと』、つまりはモラトリアム時期からの卒業に繋がって来るのだ。


「こんにちは、新入り君。そう、今日はお店休みだから色々と買い物しているの。これ、お願いね!」と


にっこりと笑いながらアンがお目当ての石鹸をカウンターの上に置いた。


「はい。ええっと、会計は三マイセになります」

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