第傪章 閑話休題 5P
「随分と涙ぐましい努力だこと」
唐突に話題がガラリと変わってルーが話の主導権を握る形となった。さり気ない警告を悟り、ルーは素直に中心となって自身が受け持つ業務のさわりに触れる。三権の内、行政の受け持つ範囲は、多岐にわたる。勿論、立法、司法においてもそれぞれの分野において法の制定や法解釈の確立、裁判と言う形で触れ、関係がない訳ではない。されど、実務に置いて実際に現場へ赴く事や解決を求められ、動く必要があるのは、行政である。例を挙げれば、社会基盤において生命線とも言える水や国土や運輸の管理、農業や製造業も含め、農林、産業の管理、その他にも治安維持活動など際限がない。その一端として町の住人の生活を支える事こそがルーの業務である。普段、自身の仕事について語る事が少ないルーの珍しい姿にランディは驚いた。勿論、それら業務の殆どに守秘義務があり、おいそれと口外出来ないと言うのが普段、話をしない一番の理由だろう。
「自主性を重んじて個々の独善的な作業を優先させる事で結果の帳尻を合わせているのさ。まあ、嬉しい事にそのお陰で僕らには、マトモな手順書と言うものが存在しない。新人の育成とか、引継ぎに関しては、ボロボロ。だから時には、手探りで仕事をしている事もあるよ。どうだい? 胸が時めくとってもやりがいのある職場だろう」
「寧ろ、そんな組織に生活基盤を預けてるのかって思うとゾッとする」
「日々の生活に適度な緊張感をもって楽しんで頂ければ、僕らは幸いだ」
「たーのしー」
「はああ……」
勿論、蓋を開けてみればぼんやりとした詰まらない愚痴でしかなかった。自身の裁量で許される限りの話しか出来ないのだから仕方ないと言えば、仕方がない。葡萄酒を口に含み、一息ついた後、腿に肘をつきながら欠伸を一つ。誰もが当たり前に存在していると思い込み、誰かが支えている事すら考えない空気の様なもの。それこそ、ルーが携わる仕事の正体。逆に興味を示される事が珍しいので話をするのにも苦労がある。
「まあ、答えに繋がる暗示がまばらに転がっていて単純に筋道が纏められていないだけならまだマシさ。中央や一部の都市ではもっと悲惨な事も起きてるってさ。根本的な所には手を出さないけど、出世競争やら個人的なやっかみが理由で例えば、活動記録や備忘録などを始めとした個人の裁量に任せられている部分なんか前任が担当から外れる前に消してしまう事もあるからね。場合によっては、薄っぺらの手順書だけしかなくて前任が何をしていたか全く分からない事例もあるらしい。纏められていなくても良いけど、最低限の事は、残してくれないと困るんだよね」
「嫌な事、聞いた。やだやだ」
「人が運営している以上、清廉潔白はあり得ない。それは、どんな仕事も同じでしょ?」
「目で見て盗め以上に高難易度な話」
「全くもって馬鹿らしい。職人じゃああるまいし。効率を優先して欲しいね」
ランディとシトロンの感想に肩を竦めるルー。恐らく、思って居た通りの反応が返って来て寧ろ、安堵しているのかもしれない。性質上、人の命に直接乃至は、間接的に関わる責任の重い業務を担う事が多く、一般の感覚と乖離が激しいのだ。時に判断のつかない厳しい取捨選択を迫られ、何が正しいか分からなくなってしまう事も有り得る。無論、本質を突き詰めれば、突き詰める程にそれはどんな仕事においても同じ事ではあるが。執行権を持つが故にその本質に近づく頻度が高いとも言える。
「まあ、人って言うのはさ。やっぱり、同じ事をするなら一世代でしか成り立たないんだよ。己が子でさえ、経験や育って来た環境が違うから例え、優れたお膳立てがあっても全部、同じように出来ないのは当たり前。全くの他人なら尚更だよ。でもそう言った多様性があるからこそ、新しいものが生まれる。古きを知る事は、重要だけどそればかりに囚われていては、本質を見失ってしまう。大事なのは、刻々と変化する状況に調和を齎す事」
「皆から安定した継続を望まれてるんだから。そこは、最低限何とかなさい」
「まあ、社会は日々、見えない所から変わってる訳で。言ってしまえば性質上、新しい事も取り入れないといけないって細やかな警鐘って事。法律も変わるし、生活基盤の設備も改善されているなか、何時までも古いやり方は通用しない。それに何かしら企画に携わる事もあるからね。これまで通りを継承するのは、必要条件じゃない。十分条件の一つに過ぎないの」
「うわああ、何か詰まんない街頭演説聞いてるみたい」
「シトロンの指摘は、いつも適格だね。僕らもこう言った淡い幻想を胸に抱かないとやってけないのさ。目を覚まさせてくれてどうも」
こまっしゃくれた小手先の話術で煙に巻こうとするもシトロンには通用しない。ルーもお手上げ。苦笑いで皮肉を込めた感謝の言葉を述べるのがやっとだった。
「君が模範的な職員で前向きな考え方は、素晴らしいけど。それにしても度が過ぎてるね」
「好意的に考えるなら己に厳しくあれ、たゆまぬ自己研鑽の精神。つまりは、厳格さと言う見えざる意志を継いでいると捉えるべきか……」
「綺麗に纏めた心算だろうけど、目に見えて断絶しているからね。あくまでも積み上げて行く事が継承だから。全然、笑えない。末恐ろしいよ。分からなくもないけど」
ランディ自身も似通った機関に所属していたが故、同情してしまう。軍属であれば、死と隣り合わせが常。訓練であっても気は抜けない。また、厳格な上下関係や直接的な命のやり取りもあり、過酷さは極まっていると言っても過言ではない。
「それよか、恐ろしいものを君たちは知っているかい?」
酒の所為か、気分が乗り、ルーは止まる事を知らない。普段なら絶対に言わない事であっても饒舌になっていた。もしかすると、休みで溜まった疲れがそうさせているのかもしれない。察しがつき、示し合わせずともランディとシトロンは、仕方がなくルーに付き合う。
「唐突に何よ?」
「いやね、何と親の地盤や金も受け継いで周りも専門家で固めて最高のお膳立てがあるにも関わらず、結果を出せない面白い人種がこの世には存在してるんだ。それこそが我が国の立法機関と名乗る集団だよ。過去の偉人たちが積み上げた遺産を食い潰す獅子身中の虫さ」
「それに関しては、後世できちんと研究され、本当に無能だったか検証されるから」
「その頃に国が無くなってたら意味がないでしょ? 彼らには、勿体ない名前だ」
話の規模が一気に引き上がり、二人は反応に困ってしまう。ルーの言い分は、分からなくもない。普段、振り回される事が多い分、思う所があるのだろう。傍から見れば、不明瞭な部分が多く、政治に関しては専門外なランディには、話を取り繕うのが精一杯。
「実情は、地方の名士や仲良しの企業からコネを使って詰まんない暗躍をして椅子取り合戦をしてみたり、その見返りに国庫から事業と言う名目でお金を流したり、役人使って後ろ盾に有利な条件を創り出す作業が彼らの主なお仕事。何とも素晴らしい」
「やめなさい。仮にも貴方は、統括される側でしょ。お上に唾吐いてどうすんの」
本来、立場上口にしてはならない事だとシトロンは、きっぱりと言い、ルーを叱る。誰しもが、疑いの目を向けやすい話題であり、ルーも例外ではない。されど、最後の拠り所として存在する国をルーから否定されてしまっては、その国に全力で体を預けている二人も立つ瀬がない。頭を抱える二人を見て腹を抱えて笑うルー。状況は、先ほどよりも更に混迷を極めていた。どう足掻いても好転しないと悟り、シトロンは帰り支度を始める始末。




