第傪章 閑話休題 4P
ルーは、胸を張って自慢げに語る。対してランディは、頭を抱えて凹む。蚊帳の外だった筈にも関わらず、二人の言い合いで心を折られた。せめてもの慰めにとルーが持っていた葡萄酒に手を伸ばそうとすれば、その手を油断なく、見張っていたシトロンに軽々と跳ね除けられる。叱られるのに飽きたルーは、正座を崩し、胡坐をかいて煙草にご執心。
「あっそ、ほんとに下らない」
苛立ちを隠しきれないシトロンは、忙しなく手櫛で髪を梳いて如何にか心の平穏を取り戻そうとする。誰も想定しえない程、状況は混迷を極めている。本来であれば、ルーもシトロンもそれぞれの考えたやり方でランディの静養と慰労の為に訪れているだけなのだが。
まかり間違ってランディの疲れは、増すばかり。
「もう滅茶苦茶だよ。今日も大人しく過ごす心算だったのに」
「ランディも分かってたでしょ? この馬鹿が偏屈だって事は」
「普段は、落ち着いていて鳴りを潜めているんだ……こう言う詰まらない意地の張り合いが始まると嬉々として跳ね回るのさ」
「そもそもその詰まらない意地の張り合いに発展したのは誰の所為?」
「はい……私めにございます」
一刻も早い事態の収拾を目指し、全ての汚名を被る事にしたランディ。ルーの甘言に乗って療養中の身でありながら無理をしたのは事実。この場において正しいのは、ランディの体調を案じるシトロンだ。もっとも本音はこれ以上、精神的な負担を増やしたくない。それに尽きる。反省したランディを見て満足したのか、シトロンはランディに肩を貸してベッドまで付き添い、横たわらせる。本来の怪我人のあるべき姿に戻ったランディは、深々とベッドに体を預け、右腕で目元を覆い、大きなため息を一つ。
「いやあ、問題解決が図れたようで何より。よしっ! これでこの話はお終いだ」
「……最初からこの心算だったね?」
「貧乏くじの押し付け合いは、お手の物だ」
疲れた声でランディは、ルーに責任を追及する。恐らく、シトロンが来た瞬間からこの筋道を考えていたのだろう。一番、始めに音を上げるランディに全てを押し付ける心算だった。されど、その目論見も露見してしまえば意味がない。先を読んでランディは、それも計算に入れて問い詰めたのだ。死なばもろとも。審判は等しく下されるべきだ。一人の犠牲で手堅く守られる緑の草原が荒廃した荒れ地となったとしても。一人だけ勝ち逃げは許されない。
「等しく同罪よ。ランディ、大丈夫。今度、ユンヌとオウルさんに言いつけておくから」
「それは困るな……もっと穏便に済ませる方法もある筈」
「ない。ないったらない」
「手厳しい」
全てを失った。男や人として擲ってはならない気位や常識を犠牲にして最終的にちっぽけな何かを守り切る事には成功する。目論見通り、痛み分けとなった事でランディは、満足であった。もう、思い残す事はない。人を捨てた相方に対してその潔さに感心しつつ、自分にもお鉢が回って来た事で苦笑いを禁じ得ないルー。何とか話題を変えようと頭を回転させ、言葉を引き出そうと苦戦する。
「……それにしても女の子の力は、凄い。さっきまで殺伐としていた空気がウソみたいだよ。やはり、野郎二人で膝を付き合わせて語り合うのは精神衛生上、宜しくない」
「知ってた? そうやって人様を添え物扱いするお調子者気取りが一番詰まんないって事」
「耳が痛いね」
「空気を重くしてんのは大概、そう言う奴よ。隙なく、場の空気を見計らって面白い事を言おうとして空回り。実に寒々しいたらありゃーしない」
「今の相当、抉ったよ? 大丈夫? 煤けているけど」
敢え無く、撃沈し、真っ白に燃え尽きた友。せめてもその骨を拾ってやろうと重い腰を上げたランディ。このままでは、シトロンの独壇場で在り続ける。少しは、この状況を良い方向へ向かわせる為に立ちはだかる強大な絶望を前に。膝を震わせながら。
「偶には、灸を据えてやんないと。現実って奴を教えてあげなきゃ。勿論、ランディもそうよ? あの何とも言えないむにゃむにゃ、聞いてるだけで疲れる」
「あははは……」
容赦なく、蹂躙して行くシトロンに面目丸潰れの男二人。普段からの軽薄な態度が仇となっている。しかしながら以前にもルーの言っていた様に軽薄で我儘で在り続け、自身の存在意義を主張し続ける事で町においての立場を守るか、それとも遠慮し続け、自己主張をしないまま、自分の存在意義を問われ、町を去るか。この二択しか残っていない以上、これまでの自分を突き通すしかない。例え、罵られようとその誹りを受けても尚、得られるものが大きいのなら選ぶ選択肢は一つしかない。
「話は戻るけど、勿論。私も鬼じゃない。気晴らししたいって気持ち、分かる。でも後生だから体を一番に考えて。夜も痛みに魘されて……碌に寝れていないでしょ? 起きている間も痛みだけじゃなくて心が苦しいのも知ってるわ。目の下の隈が酷いもの……でもね、お酒も煙草もその辛さの特効薬にはならないのよ?」
「……」
シトロンも鬼ではない。ランディの現状を理解した上でそれでも今は、我慢をして体調を戻す事に尽力して欲しいと言っているのだ。ランディの右手にそっと自分の手を重ね、優しく微笑むシトロン。そんな仕草をされてしまえば、ランディも言葉を詰まらせてしまう。
「君も大概、純粋だよね。隠す努力はしないと」
「白粉でもはたけって? 喧しい」
「そうすれば。少しは、その冴えない顔も晴れるだろう?」
「まあ、確かに」
簡単にほだされてしまうランディを見て鼻で笑うルー。居ない者扱いで勝手に盛り上がる様を傍から見せられれば、からかいしか出て来ないのも致し方がない。
「……隠さないで。お願いだから。前にも言ったけど次は、絶対にないよ」
一方でシトロンは大真面目にランディへ訴えかける。数日前にあの惨状を目にしたのであれば、それも致し方がない。今も目に焼き付いて離れないのだろう。ランディからしてみれば、少し前まで隣り合わせの状況にあったから笑って過ごせているけれどもそんな世界とは無縁の人間にとっては、笑える筈もなく。熱のこもった熱い手で己の手を握られ、ランディも流石に反省する。
「君も罪作りだね。シトロンにあんなしおらしい顔させる奴。僕、見たことない」
「煩い……」
温度差の違う二人に板挟みとなってランディは、あからさまに困惑する。やっとの事で捻り出したのは、ルーへ窘める言葉のみ。
「ほんとなんだから」
「ごめんね、分かってる。申し訳なかった」
「ほんとに?」
「嘘は言いません」
「ならよし」
茶々を入れて来るルーを完全に無視したシトロンから詰問を受ける。真剣な眼差しを向けられれば、ランディも頷くしか選択肢はない。言質が取れ、満面な笑みを浮かべるシトロンを見てランディは、ほっと胸を撫で下ろす。その姿を見てルーは目を瞑り、感慨深げに何度も頷く。部屋の中に満ちる雰囲気を嗅ぎ取ってとある答えに辿り着いたと言うべきか。
「なるほどね……」
「何がなるほどだよ。勝手に納得しないでくれ」
「君には関係ないから大丈夫」
「さいですか」
あからさまで鼻につく仕草を横目に捉え、ランディが噛みつくとルーは、それをさらりといなした。もし此処で言ったとしても何か変わる訳でもない。また、確固たる証拠もある訳ではない。どうせ、面倒臭い論戦になるくらいなら誤魔化した方が楽である。
「それでこんな真っ昼間から湿気た顔して酒盛り……良い身分だわ」
「何時もは勤勉に労働しているから。偶の贅沢くらい味わっても良い筈」
「しょっちゅう、外出てサボってる癖に」
「何も内勤業務だけが僕らの仕事じゃない。時には、資料集めに奔走したり、専門家と一緒に現場へ赴く調査、監督の業務もあるのさ。何せ、人手が足りていないからね。担当が曖昧で経験ある人か、手が空いている人がやるって話だから」




