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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第貳章 焦がれ、狂う
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第貳章 焦がれ、狂う 9P

 シトロンは、思いつく可能性から潰して行く。最初から突飛押しもない答えに辿り着いていた。けれども肝心な確証が少ない。町の誰も知らぬ情報を外部の人間からのたれこみがある訳でもなく、どうやってランディは知り得たのか。消去法で行き着いた答えは、ただ一つ。


「そうだ。もしかすると、あいつは……我々の理解を超えた理に触れているのかもしれない。そうでなけれな、説明が付かない。お前もランディが何処から来たか知って居るのだろう?」


「まさか――」


「戦に綺麗事など存在しない。勝つ為ならどんな手も使われる。負けて領土を蹂躙され、多くの民を失うくらいなら少数の犠牲など、取るに足らない。幾ら失われつつある古の力とは言え、未だに存在し続けているのも事実。また、その道に精通している研究者も存在する。もしかするとランディも足を踏み入れている可能性があるのだ。あまり考えたくはないが、騎士でなくとも無理に力を発現させる訓練もあるかもしれない。私自身も只の若者であると侮りがあった。だが、これからは違う。私には、知らねばならぬ事がある」


 レザンも同じ考えだった。勿論、レザンには思い当たる節をシトロンよりも知っている。


 これまでの戦果や王都からの捜索依頼も含め、ランディには謎めいた部分が多々、存在していた。それら全てに繋がりを見つけるのは、難しい事ではない。その琴線に触れるには、躊躇いがある。けれど、これからまたこの様な事態になっては元も子もない。今回は、偶然が重なり、まだ展望を見出せる余地があった。しかしその偶然は、二度とやってこないと肝に銘じておかねば、次は確実な悲劇が訪れるだろう。


「はあ……でもランディ、簡単に口を割る子じゃないですよ? 馬鹿で隠すのが下手な癖に意地でも言わないから。痛い目見ても駄目です」


「そうだな。お前の言う通りだ。それにしても……何だ。お前もやけに詳しい様だな」


「関わって居たら嫌でも分かりますって……勿論、他意はありませんからね」


「そうか、これからも仲良くしてやってくれ。一人の友人として」


 肩を落とすシトロンへレザンは、微笑む。こうして見れば、自分の知らぬ間にこの町に根付き始めていた。不幸のただ中だからこそ、見て来るものもある。その確かな足取りに嬉しさ半分、寂しさ半分のレザン。出来れば、それを本人が居る所で知りたかった。


「こう言う事がこれからも沢山あるなら考えさせて貰いますけど」


「私から言い聞かせておく」


「何だか……レザンさん。ランディの御爺さんみたい」


「居候だからな。少し面倒を見てやっているだけに過ぎん」


 シトロンのからかいをレザンは、さらりとかわす。傍から見れば、そう捉えられても可笑しくはない。だからと言って変に気を張って何か勘付かれるのは、間抜けの所業である。


 レザンとて、それは心得ていた。


「それと……この事は、皆に伏せてくれ。勿論、フルールにも」


「はい。大騒ぎしますからね。言い訳は、どうしますか?」


「単純に体調不良で良いだろう。他にあるなら参考までに聞いておきたい」


「ありません」


 それからレザンは、改めてこの場での内密な話だとシトロンに言い聞かせた。シトロンは、真剣な眼差しで約束を違えないと誓う。


「……看病。レザンさんだけじゃあ、大変でしょう。暫くは、私も来ますよ。勿論、見つからない様にしてね。変な噂立つのは御免だし」


「いや、大丈夫だ。其処までお前が迷惑を被る必要はない」


「乗り掛かった舟です。私もこのまま放って置くのは、後味悪いし。それにレザンさんも仕事がありますよね? 何時意識が戻るかも分からないのならお店、休みにも出来ないし」


「あくまでも自己責任だ……私の言う事を聞かないのなら」


「そこは上手くやるので大丈夫です。いざって時の言い訳は、料理の配達って駄目ですか?」


 思わぬ提案にレザンは、困惑した。勿論、手伝いが居れば有難い。現状は、猫の手も借りたい程に切迫している。けれどもその提案は、危うさに満ちていた。説得を試みたがシトロンの勢いに押され、逆にレザンは渋々、首を縦に振る。


「暫くまともに飯が作れないからな。それで行こう。昼で良いか?」


「朝、食べないで大丈夫ですか?」


「二食食べられれば十分だ。時間など気にせん」


「では、それで。昼から少しの間、私が様子を見ています」


「頼んだ。支払いは……後々、きちんと話をしよう」


「いいえ、ブランさんに直談判しましょう」


 大まかな流れを決め、話は金銭の件へと移る。何やら良からぬ事を企むシトロンにレザンは、匙を投げた。金の支払いならば、レザンは提示された金額をきちんと支払う。何も話を大袈裟にする必要はない。されど、シトロンは意志を曲げない。


「支払いの件は別として……そうだな。アイツにも一報を入れなければ」


「駄目ですよ。自警団として町の警護活動に勤しんだと言うのなら話は別です」


「まあ……それは、お前に一任する」



「お任せ下さい。よしっ、思わぬ売り上げ貢献」


「本当に強かな子だ」


 自信満々に目を輝かせ、鼻を鳴らすシトロンにレザンは、勇気づけられる。


 そして、肩に入った力が少し抜けたような気がした。



 二日後。


「うっ……此処は……何故、視界の目いっぱいにシトロンの顔が」


 ランディは、真っ白な世界から急に現実へと引き戻される。前にも似たような事があった。それは、町に来た日の話。違う点を挙げれば、登場人物がフルールでなく、シトロンである事と明らかに狂った距離感だろう。ベッドへ身を乗り出し、ランディへ覆いかぶさる様にじっと見つめ続けるシトロン。ランディが目を覚まし、ほっとした様子で大きなため息を一つ。


「やっと起きたの? お寝坊ね。此処は、貴方のお家よ。私は、看病」


「そうか―― 帰って来れたんだ」


 シトロンが横にずれて見慣れた板張りの天井が姿を現す。ぼんやりとした思考の中で確固たる事実だけがランディを安堵させる。会話にならない会話。今のランディには、状況把握が精一杯であった。あれだけの無理をしたからそのツケだ。時間は、昼時だろう。窓から差し込む陽光とからっとした風が教えてくれる。胸いっぱいに空気を吸い込み、生きている感覚を味わうランディ。


「何が帰って来れたよ? 死にかけてたんだからね。本当に馬鹿な子」


「おっしゃる通りだよ。何があったか思い出して来た」


 横たわったまま、記憶を呼び覚ましてゆく内、意識が消え行く前に響く声が脳裏に過ぎる。


「それで君が居る理由は?」


 されど、今の状況に至るまでの過程が分からない。何より、シトロンが居る事が気になって仕方がない。関連性が全く思いつかなかったのだ。


「また、同じ質問。馬鹿馬鹿しいけど、今日の私は、親切だから答えて進ぜよう。貴方の看病。状況の仔細は、後で説明してあげる。先にご飯とお水ね。ちょっと、待って頂戴。今、有り合わせで何か作って来るから」


 そう言うと、シトロンは立ち上がり、部屋を出て行った。その姿をランディは、横目で見送り、身体をゆっくりと起こそうとするのだが、至る個所で激痛が走り、思わず、呻き声が漏れた。体の感覚が少しずつ繋がると同時に様々な伝達の奔流にランディは苛まれる。


「っ! 体中が痛い……頭痛も酷い。こりゃあ、暫く動けないなあ」


 右手を額に当て顔を顰めるランディ。完全に体の制御を取り戻してみれば、動く事もままならない。暫く、痛みに耐えていると部屋の外から二つの足音が聞こえて来た。ノックの後、扉が開かれると其処には、レザンとシトロンの姿が。これから起きる事は、手に取る様に分かった。そして、逃げ場がない事も。


「気がついたか――」


「御迷惑をお掛けしました……本当にすみません」


 レザンの第一声には、厳格さが滲み出ていた。沢山の迷惑を掛けただろう。それを思うだけで体の痛み以上を忘れるほど、心が痛む。ランディには、頭を下げる事しか出来ない。


 だが、レザンはそんな事を求めていない。油断なく、ベッドまで歩み寄るとランディを見下ろし、睨みつける。


「事の顛末を全部、吐け。お前の処遇は、それからだ。不測の事態でお前自身も焦りを覚えていたのは、重々、承知している心算だ。その背を無責任に見送った私にも責めはある。だが、物事には限度が存在するのだ。死にかけたお前をシトロンが見つけなければ……今頃、お前は……確実に棺桶の中だ。お前もその事が分からない馬鹿ではあるまい?」


「……」


「黙っているだけでは、分からん。少なくとも私とこの子には、聞く権利が在る筈だ」


 ランディは、頭を下げたまま、無言を固く口を噤む。ランディの様子に構う事無く、レザンの詰問は続く。そんな二人の様子を見つめるシトロンは、何か気に入らないのか、足をカツカツと踏み鳴らし、怒りを隠しきれていない。


「そもそも何故、此度の危難を事前に察知する事が出来た? 先んじて通達も何も無かったお前に知る術はない。同様にこの町の誰もが知る由もない事であった。あのブランでさえも。明らかに常軌を逸した説明のつかない事態である事は、間違いない。お前は―― 何か、私に隠しているだろう? 答えろ」


「……何も隠して居ません」


「怪我人だからだと手を抜くと思うな?」

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