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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅰ巻 第傪章 『Peacefull Life』
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第參章 『Peaceful Life』 1P

『Chanter』と同じ中央部。『Chanter』より南西に下った場所にある村『Alto』。此処は『Alto』近くにある夜の闇に沈んだ名無しの森。春先に向かっているから森の雪はほぼ溶け、地面は泥濘でいる。


草が息吹いて点々と緑に地面は茶色と、冬の白一色の様相とは打って変わり、色を取り戻しつつあった。今年の春も多分、例年と同じくゆっくりだが気付いた時には其処いる気紛れ屋。本当に面白い季節だ。


しかし名無しの森は夜にも関わらず、夕暮れ時のような明るい。手元が見えたほどだ。鳥は騒ぎ、地を這う獣が忙しなく動く気配もする。森はただならぬ雰囲気に動揺していた。その上、何かが燃えている焦げ臭い匂いと時折、雷鳴のような悲鳴が轟々と言う音と共に響く。原因はこの森ではない。これらすべては『Alto』から来ていた。


何故なら『Alto』はとある盗賊団に襲われたからだ。火柱が夜空を赤く染め、何かの柱が軋み、倒れる音と恐怖に慄く悲鳴が立ち込める静寂を見境なく切り裂いた。火の強さから既に多くの被害や何人かの犠牲者が出ているだろう。幾ら時代が進んでも悠久の時から続く悲劇というものは絶対になくなることがない。悲劇とは人だけが演じられる物だ。人は悲劇を演じたくないと止める手立てを模索するもどうしたって人為的な闘争や欲望のままに悪意が跋扈することはなくならかった。他の生き物は進歩がなくとも小さな悲劇を甘んじて受け入れ、最低限の悲しみで済ませる。


悲劇は起きたとしても演じはしない。結果、分相応という言葉を自然に理解し、実践することで悪戯に自らや他者を破滅に導くことがないのだ。人は分相応を頭で理解しているつもりでも本当の意味で心の理解していない。自然の摂理から離れることが出来ないのにも関わらず、なまじ技術ばかりが進歩するからより多くの物を壊し、殺すことだけが独り歩きしている。


高等な生き物と人は自らを自画自賛するも実情は中途半端な矛盾を内包する迷子だ。


『I’m lost.』と嘆き、思考の森で一人、俯きながらとぼとぼと独り歩くだけ。


そんな迷子の惨劇が村で起こっている一方で森の中ではおおよそ三十人弱もの腰に剣を刺した怪しい人間の集団がいた。全員、格好は同じ。裾が焼け焦げ、赤黒い血液が所々、染み付いた茶色の大きな外套を羽織って顔には荒削りの木で出来た仮面をつけている。


彼らは大柄な人物を先頭に四人、更に後ろからぞろぞろと規則性なく、残りの人間が馬車と共について来ている。何を隠そう彼らが『Alto』を焼き払い、襲った盗賊団だ。


そんな集団から一線を引いて前を歩く五人から声が聞こえてきた。


どうやら何か会話をしているらしい。


「D、今回もうまく行きましたね」と集団の前から二番目、木の仮面にAと彫られている男がくぐもった


声になりながらさも当然の結果だと言うような雰囲気で話す。


「当たり前だろ、Dの考えた作戦は完璧なんだよ!」


「誇ることではない、H。しかも今回は収穫少なかった」


仮面にHと彫られた男がAの肩を叩き、偉そうに言う。威勢の良いHを一番前の仮面にDと彫られた男が諌めた。自分の手柄を誇るでもなく、ただ無味乾燥に答えるだけ。話しの中心であるこの五人はどやらリーダー格、もっと言えばDと呼ばれた男がリーダーなのだろう。


「仕方がない、小さな農村だったからこれだけの戦利品だけでも万々歳だよ」


「でもどっ、どうしますか? これだと一週間くらいしか持ちませんよ」


仮面にOと彫られた男が会話の原因を説き、Nと彫られた仮面をつけた小さな男が心配そうに後ろで馬に引かれている荷馬車へ顔を向けた。


「直ぐに次を襲う」


「やはり、そうなりますね」


「此処から近い町や村はなあ……」


「『Chanter』だよ」


D、A、H、Oと順番に男たちが即答する。会話をしている間も彼らは背中を丸め、だらだらと歩き続けるだけで休むそぶりはまったく見せない。盗賊団ではなく歩く屍と言う表現が正しいかもしれない。


「しかし、この生活はいつまで続ければ良いのでしょうか」


Nは『Alto』から立ち上る煙で濁り、悲痛な叫びで汚れた夜空を見上げてぽつりと呟く。


「当然、死ぬまでです」


「だね」


Aの男が答え、腕を組んでいるOの男が同意する。


「まあ、そんなことは後で考えればいいじゃないっすか。N」


Hの男は頭の後ろで腕を組み、楽観的な発言をする。しかしこの盗賊団にいる者たちの中では誰も先を見ていないHを支持する者はいない。人が行動を起こす時には遠い将来や近い未来でも形ある見通しを欲する。見通しは指針であり設計図。また、精神面でのバランスを保つことや先行きの不透明さの不安を一掃してくれる精神安定剤だ。だからどんな人間でも先を考えるし、生ける屍である彼らだってやはり生きているのだから例外ではない。


「そう、我々に未来や将来と言う言葉はない」


Dと呼ばれた男は前を見るだけで振り返らず、きっぱりと否定をする。


「あるのは過去と今、この場に存在している事実だけだ。我々の儚い希望や未来は資本主義や自由主義、また自然の摂理が齎す偶然に押し潰され、常識の打破パラダイムシフトの波間に……も屑と消えた」


まるで思想家のようにDが自らの考えや過去を諳んじた。彼はその主張に絶対の自信があるようで揺るがない何かが言葉の節々から感じられる。


当たり前のことだと物静かに語るだけ一切の感情は籠められていない。


だけども彼にはその言葉に絶対の自信があるようで揺るぎない大きな何かが節々から感じられる。Dの発言に盗賊団全員が無言で頷き、同意した。彼らには理性的でありながら血潮の熱さがあった。


「そうでしたね、私たちにはもう選択肢はない。出来ることはこの盗賊団全員が持つ拙い主張、小さな叫びを行動で社会にただ示すだけ」


Nの男は自分が持った疑問の愚かさを笑う。


「良い大人がそうそう出来るような暴挙ではないですよ」


Aの男が自身の手を見つめ、俯きながら小さく呟く。彼らはある目的の為に今まで幾つかの町を襲い、悲劇の種を蒔いている。正当性はどこにもなく、無慈悲に何人もの命を奪った。既に彼らの心は壊れてしまっている。だがそれもこれも自分たちの主張を世に知らしめる為の行動。どんな大きな痛みを祖国に与えたとしても伝えなければならないメッセージをこの盗賊団は持っていた。


「表向きは平等で平和、華やかに見える王国に一石を投じたくて集まった訳ですからね」


「つまり、祖国の欠点は僕たちの欠点ってことだ」


「ええ、私もそう考えます。祖国の間違いを正すにはそれなりの犠牲が必要。しかしどんな理由であれその犠牲を他人に強いる私たちを待つのは……差し詰め地獄の業火にこの身を焼かれ、罪を償うことしかありませんね」


HとOが投げやりに言葉を交わし合う。彼らはそれぞれ、自分の大切なものを失った者たちだ。自分たちに起きた不幸な境遇へ立ち向かうすべも誰かに助けを乞うことも出来なかった。今も彼らの歩いた道の後には足跡と見えない血痕が点々とついている。しかし今更、どうこう言うつもりは盗賊団にない。ただ、彼は[置いて行かれた者たちの代弁者として王国に蔓延する矛盾、間違い次世代に残さないよう訴えること。これを行動理念とし、剣を取った。


だからどんな残酷なことも出来るし、現に今も一つの村を襲っている。


「どうも村や町を襲った後は……嫌でも頭の中に浮かぶのですよ、毎回。分かっていても誰かの口から出てしまう」


Aの男が徐に右手で左胸を押さえる。心にまだ残っている良心の呵責が叫ぶのだ。


『もうこんなことは止めろ』と。


『お前たちがこんなことをしても世の中は何も変わらないのだ』


『自分の幸せだけに尽力すればいいじゃないか』


彼らは疲れ切っていた。もう一人の自分が甘言を耳元で囁き、楽な道へと誘うのだ。


本当ならこんなことはしたくないという意思が嫌でも伝わってくる。


「それは仕方がないことだ、A。だから皆がそれぞれを叱咤し、立たせる」


「A、しっかりしろ! お前、色々と考えすぎなんだよ。何も考えないでいた良いんだ」

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