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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第貳章 焦がれ、狂う
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第貳章 焦がれ、狂う 8P

 到着して早々、へらへらと無駄口を叩くヌアールにレザンは、嚙みついた。事態は一刻を争う。詰まらない小言に付き合っている余裕はない。気が立っているレザンの並々ならぬ雰囲気にヌアールも気圧され、真剣な表情になる。持って来た鞄を開け、器具を使い、ランディの状態を調べ、一つずつ適切な処置を施すヌアール。その間、ずっと部屋に残り、ランディの様子を見つめ続けるレザンとシトロン。


「一通り、処置は終わりました。容態の安定は、恐らく如何にもならないですね。コイツの根性次第でしょう。兎にも角にも絶対安静。面会謝絶。温かくしてやって下さい」


「他にはないのか?」


「主な症状は、疾病などで引き起こされているものとは別物です。原因は、分かりません。現状、体を限界まで酷使した結果による血圧の上昇、筋挫傷や内出血などの症状が多数見受けられます。他の要因で内臓に影響がないだけ……不幸中の幸いでしょう」


 一通り、治療を済ませ、ヌアールは一息つく。レザンは、他に出来る事があるのではないかと問い詰めるも首を横に振るヌアール。至る所に包帯を巻かれ、輸液が繋がれたランディの顔色は、一向に良くならない。呼吸も弱弱しく、今にも命の灯は消えかかっている。


「咳や吐血や嘔吐、斑紋もありません。これと言って上げるなら雨に長く当たり、体力を著しく消耗した結果、軽い風邪の症状は出てますけど……風邪だけでは此処まで酷くなりません。外傷も命を脅かすほどの深手は、追ってませんね……そもそも怪我は、自分で初期治療を行った形跡も見受けられます。これなら多少の貧血くらいで済むでしょう。結果的に俺も自覚症状を把握出来ないので何とも言えません。さっきも言いましたけど、これは極端に体を酷使した結果、引き起こる疲労の一種と答えるしかない」


 ヌアールも最善は尽くした。決して手は抜いていない。確固たる手掛かりもないので原因治療には至らない。現状、姑息治療がやっとでランディの自然治癒能力に賭けるのみだ。


「嘘は言ってませんよ。本当に俺にやれる事がないんです。輸液が終わるまでは、着いてます。終わってから容態の様子見をして大丈夫そうなら診療所に帰ります。勿論、何か症状に変化が見られたら直ぐに一報を下さい。何時でも駆けつけます」


「いや―― 疑う様な事を言って済まなかった……」


「出来るだけの事はさせて貰いますよ。心配されての事だと分かっております」


「……柄にもなく取り乱してしまった」


「誰しもある事です」


 柄にもなく、動揺してばかりのレザンを宥めすかし、ヌアールは今後の説明を始める。


 焦りは、禁物。今は、確実に一歩一歩前へ進む事だけを考える。その積み重ねが重要だ。


「意識が戻るまで毎日様子見と輸液の為に来ます。本当なら入院が必要であると進言します……でもあまり事を大きくするのは、レザンさんもコイツも本意ではないでしょう?」


「ああ、出来れば……穏便に済ませたい」


 力なく項垂れるレザン。本来ならば、手元に置いて直ぐに対応出来る状況にしておきたい。


 けれどもこの異様な事態を町全体へ露見させるのは、避けるべきだろう。噂話に尾ひれが付けば、後から影響が出て来る。その影響が推し量れない以上、隠しておきたい。様々な思惑や理由によって作り出された組み紐の様な存在と言っても過言でないランディだからこそ、レザンは慎重に動きたかった。


「では、俺に任せて。レザンさんとシトロンは、少し下で休んだ方が良い。全く……本当にコイツは、人の迷惑って奴を考えない大馬鹿野郎だな」


「完治したら私から灸を据えて置く。頼んだ」


「任されました」


 下へ降りるなり、居間の椅子の深々と座って深く目を瞑り、大きな溜息を吐くレザン。その様子を横目で盗み見つつ、シトロンは茶を入れる準備をした。盆の上に紅茶を並々と注いだカップを二つ持ち、食卓に置き、自分も椅子にちょこんと座る。そして何時になく、取り乱しているレザンを前にシトロンは、黙ってじっと見つめているとレザンが口を開く。


「……今日は、助かった。お前が居なければ、今頃――」


「いえ、お互い様ですよ。それに最悪の事態は、まだ切り抜けてません」


「そうだな……お前の言う通りだ。それに巻き込んでしまったからには、事情を話さねばなるまい。何時もの与太話とは、違って本当に門外不出の事項だ。守れるか? 軽々と酒の場で話せる内容ではない」


 湯気の立つカップを両手で持ち、ゆっくりと紅茶に口を付けるシトロン。冷えた体に熱い熱が染み渡るとやっと心が落ち着きを取り戻す。されど、話の内容は相も変わらず穏やかではない。レザンは、立ち上がると戸棚から手拭いを取り出し、シトロンの頭の上に置く。


 ランディを家に運んでからずっと、シトロンの髪は濡れたままだった。時間が経って少し乾いてはいるもこのままでは、風を引く。


「あれだけの事、おいそれと言える訳ないじゃないですか……あんなの普通じゃない」


 渡された手拭いで髪を拭きながらシトロンは、呟く。


「そうだな……何から話せば良いものか……一先ず、お前も今日までの間、町の外に出る事を禁じられていたのは知って居るな?」


「勿論です―― やっぱり、それとランディが関係しているんですか?」


 シトロンの問いにレザンは、頷いた。


「ああ、そもそもランディが言い始めたのだ。災厄が訪れると。事前に情報を掴んでいた様子だった。情報の出所までは、口を割らなかったがルーを伝って聞いたブランが決めたのだ」


「えっ、人知れず町の外からそんな危険が迫って居たと言う事ですか?」


「うむ。私自身も事細かに事情を知って居る訳ではない。ランディは、それらを対処すると言って今日、独りで馬を駆り、町の外へと向かった。その結果が今だ」


 己が知り得る限りの情報をレザンは、伝えた。けれど、不必要な不安や憶測を煽らぬ様に肝心な部分は、ぼんやりと煙に巻いて。勿論、レザンも全てを知っている訳ではないから確証がない以上、話そうにも話せなかった。


「つまり……またランディは」


「そうだ。剣を取り、再び戦地へと赴いた。相当、梃子摺っただろう。でなければ、あれだけ酷い有様にはならない。私は、その背中を見送る事しか出来なかった。只の役立たずだ」


「誰だって同じですよっ! そんなの」


 やり場のない憤りが部屋を包み込む。灰色の空の下。最後に見たその背中へ手を伸ばそうともしても届かなかった。止める事が出来ず、己の不甲斐なさを嘆くレザン。そんなレザンを見てシトロンは、手拭いを床に投げ捨て、荒々しい声で抗議する。レザンでなくとも止め立ては出来なかっただろう。寧ろ、レザンが止められなかったのならこの町に止められる者はいないとシトロンは、断言する。


「でもランディは、どうやってその事を知り得たんでしょう……私だって聞いた事ない話なのに。それこそ、情報源何て限られててランディの耳に届く範囲なら誰かしらが聞いている筈。でも誰に聞いても口を揃えて理由は分からないとしか言わなかったもの」


 当然、人は何か大きな問題が起きた時、全ての原因に目を向ける。その憤りが強ければ、強い程。負の感情が強ければ、より深く。


「急を要する事だと、私自身も終わってから問い質す心算だった。されど、その考えが甘かった。今となっては、聞く事もままならない」


「何か知らせを受け取ったとかは?」


「ランディ宛の文など、届いた事は無い。それこそ、一度も……な。だからランディ自身しか知る事が出来ないナニカがあると見ている。例えば」


「『Cadeau』とか? ですか」

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