第貳章 焦がれ、狂う 5P
狙撃地点を決めると銃と剣を地面に置いてその場で胡坐をかき、レザンから渡された布の包みを開く。中身は、サンドイッチだった。手短に食事を終わらせ、水を飲み、煙草を吸って一息つく。そして紫煙を燻らせながらじっと、林道への入り口を見つめ、考える。
「今の俺の実力なら実戦で動かせるのは、二十が限界……これだけに全力を注げるなら倍以上、動かせるんだけど。一人当たり、五本ずつあれば、多少は持つ。それに撃破すればするほど、割り振りが増えるから好都合。出来るなら最初の一人は、一撃で葬り去りたい」
外套を脱ぎ、ランディはその姿を曝け出す。何時も同じシャツと黒のパンツ。シャツの上から左胸を全体的に覆う革製の胸当を付け、目を引くのは後ろ腰にずらりと据えられたナイフ用に誂えられた嚢の群。収納されているナイフの数は、三十本。左上方から右下方へ台形状の嚢に等間隔で持ち手が薄いナイフが収納されてあった。その内の一本を抜き、刃の具合を確かめる。ナイフを嚢に仕舞い、剣をベルトに固定する。
「どうせ、話なんか通じないんだ。形振り構っても居られないだろう」
大きく吸い込んだ煙を一気に吐き出す。
「震えるな……俺の足。情けないなあ、こんな弱音。俺らしくない」
一度、立ち上がって震える己の足を叩いて気合を入れ直す。
「思ったよりも早い。林道に入ってから動きが可笑しい。もしかして勘付かれたかな?」
それから気になって仕方がない林道へ視線を戻す。
『いや、大勢の人の気配が近くなったからか……忌々しい。後、四半刻くらいで御一行の到来……一つ、助かるのは、動物みたいに臭いを気にしなくて良い事くらいか。こうしてのんびり風上に陣取ってもバレない』
地面に伏せたランディは、じっとして静かに待ち続ける。程よく、肩の力を抜き、銃を浅く構えて。日が昇ってからも空は、どんよりとした灰色。時折、草原を凪ぐ強い風が吹く。
暫くして向けられた銃口の先で事態が動き出す。
『来た――』
ぼんやりとだが、木々の間から怪しげな赤黒い霧を纏った五つの人影が姿をランディは視認する。
弾は、最大までこめてある。後は、引き金を引くだけ。
『まだ……もう少し』
唇を舌で舐めて有効射程に来るまでじっと我慢する。手違いで折角の有利な状況を崩したくない。こめかみに浮かんだ汗がすっと頬骨を伝って流れ落ちた。全神経を集中し、照準に齧り付く。先頭の一人目に狙いを定めて追い続け、遂に。
派手な炸裂音が草原に響いた。命中の有無を確認する事なく、ランディは排莢して間髪入れず、次弾をお見舞いする。弾は、間違いなく標的に向かって飛んだのだが、相手は体を少し傾けただけで難なく避けて見せた。弾を物ともせず、目にも止まらぬ速さで距離を詰めて来る敵へ四発目を撃った所で限界が来た。もう、相手の間合いだ。ランディは、銃を捨てすっと立ち上がると右手で剣を抜き、左手で腰の鞘を乱暴に投げ捨てる。そのまま、空いた左手をナイフに伸ばす。先ずは、三本手にすると雑に投げた。
回転しながら相手に向かって行くナイフ。だが、これも簡単に剣で弾かれてしまう。
そのまま、地面へ落下するかと思いきや、ナイフは急に軌道を変えて目にも留まらぬ速さで相手へと再度、向かって行く。何度弾かれても不規則な軌道を描き、敵へと食らいつくナイフの群。回数を重ねる毎に速さも増している様に見える。三本のナイフに気を取られ、足を止める相手へとランディは、更にナイフを投げ付けた。数にして二十本投げた所でランディ自身も戦闘に身を投じて行く。
脇構えになり、強く地面を踏みしめ、足を動かす。四人に五本ずつ差し向けて空いた一人に狙いを定めて突撃。剣の間合いまで距離を詰め、小さく円を描く様に振りかぶって右斜め上から切り掛かった。その剣筋を敵は、同じく剣で難なく受け止めてみせる。剣が交差し、じりじりと押し競べが始まる。
力任せに剣で押してくる敵を前にランディは、後退りを強いられる。近づくて見れば先ず、吐き気を催す不快な臭いが鼻を突いた。泥や土、血、汗、そして肉の腐る臭いだ。服装は、もとの色も分からない程くすんだ茶色の外套を羽織っており、外套の下からちらりと見えるのは、襤褸切れを身に纏わせた土気色の腕。鍔迫り合いに持ち込み、ゆっくりと相手の顔を拝む。その時、ランディは何かに気付き、はっとした。
「何だ……殺し損ねてたのか。その額に入ったひし形の入れ墨は、絶対に忘れない―― あの時の奸賊討伐任務に居たのか。そうか……もう良い。お前達は、此処で絶対に仕留める」
相手の特徴にランディは、見覚えがあった。既に生気を失い、痩せこけた頬と唇は、ひび割れている。髪は、油と汚れ頭にぴったりと張り付いて中でも目を引くのは、瞳。あらぬ方向を見つめる目は、虚ろで真っ赤に染まっていた。例えるならば屍に近いと言うべきか。そんな相手の額には、黒いひし形の入れ墨が入っていたのだ。町へ侵攻してきたのは、友を失う原因となった反乱分子の残党だった。
町へ侵攻してきたのは、友を失う原因となった反乱分子の残党だった。
『成程。この御一行は、俺が仕留め損ねた残党だったのか……』
腸が煮えくり返る程、怒りが込み上げて来る。その怒りが力となって相手を押し返す。
しかし、ぐっと怒りを堪えてランディは、冷静になる。今、感情に己を支配されてはならない。剣で相手を押し付け、相手から返しの反動を利用し、大きく後ろへ飛び退く。
「死に損なって負傷した体を引き摺りながら怒りに我を忘れて自分でも知らない内に手を出したってとこかな。ご愁傷様。体は暴走した力に支配されて言う事を聞かないけど。なまじ、五感や痛覚だけは残ってるんだろう? とっくに死んでも可笑しくない致命傷を負って死ぬほど痛いし、可動域を超えて勝手に動く。辛いのは分かるけど、叫ぶのは止めてくれ。声にならなってない悲鳴が頭に響くんだ。それは、身から出た錆だよ」
目を凝らせば、服の至る所に乾いて変色した茶色い跡も見える。話しかけても返答はなく、腕をだらしなく垂れ下げてふらふらと体を揺らすのみでじっとランディの出方を様子見しているだけだ。ランディは、鼻から息を吸い込んで心を落ち着けるとその目に蒼の光を宿す。怒りなどの雑念は、捨て目の前の敵を倒す事のみに集中する。
「その四肢、確実に一本ずつ消し飛ばして最後に頭を潰せば……流石のお前たちでさえ、何も出来まい? もう少し深みに嵌っていれば、一時的に再生出来たのに。残念だったね」
準備は、整った。
「さあ、楽しませてくれ。こんなに嬉しい事は、無い。死ぬほど、憎い相手に改めてきちんと復讐出来る何て。今日は、幸運な日だ。この巡りあわせ、神様に感謝しなくっちゃ」
ランディは、青い光の粒子を纏い、瞬時に相手の懐へ潜り込むと胴体に剣を突き立てる。
その瞬間、剣から膨大な光の奔流が溢れ、敵の胴に風穴を開けた。奔流は、勢い止まらず、真っすぐ突き抜けて地面に大穴を開けた。尚もランディの勢いは止まらず、剣を一度引き、一足一刀の距離を取り、目にも止まらぬ速さで乱舞を繰り出す。先ずは、右腕。次に左足、左腕、右足と順に切り落とした。地面に崩れ落ちる。
「一人目っ……撃破」
虫けらを潰すかのように一人目の頭部目掛けて踏みつけるランディ。鈍い地響きを立てながら草原に真っ赤な花が一凛、咲いた。そして散った赤いしぶきを洗い流すかの様に雨も降り始める。泣き出した空からは、止めどなく雨粒が降り注ぎ、雷鳴も轟く。これは、ランディにとっても好都合。多少派手に暴れたとしても誰も分からない。
「次は……」




