表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第貳章 焦がれ、狂う
294/501

第貳章 焦がれ、狂う 3P

 まるで初耳だとランディは、驚いて見せる。全ては、己の手の内。きちんと事態を掌握している。これからの展開もランディには、分かっていた。ルーに話をしたのだから何処まで伝わるかは、想像に難くない。例え、叱られたとしてもランディは、止まらない。


「とだけ言うと思ったか……この愚か者めっ!」


 本が机に叩き付けられる派手な音と共に落ちる雷。ランディは、手を止めて堪える。


「呼び出しを受け―― 一通り話を聞いた後、ブランを詰めた。呆気なく、白状した。情報源は、お前であると」


「……流石です、レザンさん。隠し事は出来ませんね」


「もう、止めろ。お前は、何もしなくて良い。これ以上、お前が矢面に立つ必要は――」


「駄目なんですよ、レザンさん。こればかりは如何にもなりません」


  ランディは、レザンをゆっくりと見据えた。揺るぎないランディの意志を感じ、たじろぐレザン。普段なら委縮してレザンの言う事を聞く。だが、この件は違う。ランディは、事の重大性をレザンに説く。レザンならば、分かってくれると信じて。


「レザンさんならご存知かもしれませんね。この町の近くにいるのは、『焦がれ』です」


「っ! お前……どうしてそれを」


「一度でも所属していれば、嫌でも耳に入りますよ。大戦時にも幾例か、発症した方が居たと聞いております。勿論、発症した方の辿った……その末路も」


「一度だけだ。一度だけ、目にした。あれは……最早、人ではない」


「お伽噺だけに存在するようなその化物が……確実にこの町へと向かっています」


 この王国には、負の遺産があった。それは、古の時代から続く呪いと言っても過言ではない。今となっては、先の大戦で戦場に赴き、生き残った一部の人間だけが知っているのみ。嘗てあったと伝承が残るのみで一般の国民には、秘匿され続けている人を狂わせる力の存在。忘れ去られた筈の忌まわしき力。ランディは、その存在が来る事を察知していた。


「詳細は、省きます。既に『狂戦士』からほぼ完全に『焦がれ』の段階に至っており、止めようがありません。『狂戦士』であれば少なからず、思考や感覚の支配下にあるので戦っている間にいずれ限界が訪れます。けれども『焦がれ』は、たった一つの思念に縛られるのみ。生ける屍は、腕を斬り飛ばそうが、足を潰そうが止まりません」


「そんなものっ! 如何にか出来るか? お前の実力でも解決出来ないだろう! それこそ、騎士の出番だ……だが、そんなもの待って居る時間は……」


「あまり大きな声では言えませんが、銃以外にも幾つか火器を頂戴して来ています。全て燃やし尽くせば、止められる可能性が……」


「本当なのか? それであれば……確かに。だが、お前が……私はそんな心算で……」


「まだ、守れる可能性があるのなら喜んで向かいますよ。覚悟は、出来ています。もう、自分を押し殺すのではなく、俺自身の意志でそうしたいんです」


 事態の深刻さに動揺を抑えきれず、目を大きく見開き、声を荒げるレザン。レザンもその恐ろしさを知っているからだろう。ランディは、御託を並べ、勢いで押し切る。この場でレザンを丸め込む力量がなければ、この先が思いやられるだろう。躓いている暇はない。


「死に行くのではありません。生きる為に戦うんです。その為の契約でしょう?」


「……勝手にしろ」


 後で沢山、怒られよう。山ほど、反省もしよう。それすらも出来なくなる悲しい未来は、御免被る。例え、嘘となってしまっても。後悔は無い。


「契約を反故にするのは絶対に許さん。必ず、生きて帰って来い」


「はいっ」


 レザンの前だけは、自信を漲らせる。少しも心細さや焦りを見せたりはしない。


 この時だけは、自分を心から褒めてやりたくなった。


「後……この話はくれぐれも内密に。特にフルールには」


「こんな話、誰にも出来る訳がなかろうっ! 馬鹿か、お前は」


「有難うございます」


 立ち上がると申し訳なさそうにランディは、頭を深々と下げる。そして用事があると自室に一度、引き上げた。部屋に入って扉を閉めるなり明かりも付けず、ベッドに寝転がり、大の字になって目が暗闇に慣れるまでじっと天井を見上げる。段々と目が慣れて外からの薄明かりでも部屋の景色が見えて来た。


「とは、言ったものの……そんな火器何てある訳ないんだよなあ。詰まらない嘘を付いたもんだ、俺も。遂に焼きが回ったかな?」


 それ程、年を取ってはいないと自分でも分かっている。


『少なくとも全力を出せなきゃ、絶対に勝てない』


 これまで以上に気を引き締めて用心を欠かさない。


「何分相手にするのは、久々だから……本格的な戦闘になったのは、あの子以来。加えてこれだけ多いのは初めましてだ」


 独り言だけが勝手に口をついて出て来た。それからそっと目を瞑り、深く静かに呼吸を繰り返しながら全神経を集中し、気配を探る。己の肉体から精神を解き放ち、世界の一部として溶け込むかの様に。感覚を広げ、目当ての対象を見つけると研ぎ澄まし、焦点を合わせる。


「反応は、五体分……一体ずつの撃破が必須。その間、何かで気を引いて置かないと」


 数、大凡の戦闘力を把握し、考えを纏めるランディ。戦いは、手の内の読み合いだ。現状、情報戦ではランディに分がある。だが、単騎での戦闘になる為、奇襲と突破力の合わせ技が必須条件。一人、一人確実に仕留めて数の差を埋める。逆に時間が掛かれば、掛かる程、不利になるのは、ランディだ。よって短期での決着が望ましい。


『無理やり抑え付けるか。飽和攻撃で阻むか……力技に頼ると後でバテるし。飽和攻撃は……限られた物資に頼る現状で取れる手があれしか出来ない。集中しないといけないから目の前の敵に本腰入れて対処が出来ない』


 悩みに悩んだ末、消去法で決める。負傷は、避けられない。結論として致命傷を避け、最小限の被害で済む手を選ぶ。賽は投げられた。最後にどう転ぶかは、如何に勝算が高かろうが、低かろうが、勝利を呼ぶ女神の気紛れに左右される。


「と言っても動けなくなる方がマズいから多少の回避は、犠牲にして飽和攻撃しかない」


 理想とはかけ離れた洗練さに欠ける選択にランディは、落胆する。けれども貧乏くじを引くのは、慣れっこだ。これくらいでへこたれはしない。


『接敵は……森、山道……草原……草原の方が楽か。そうなると、町から近くなるから派手な立ち回りはなしだ』


 戦場の選定をしている内に少しずつ、冷静さを取り戻すランディ。僅かな雲の隙間から差し込む陽光みたく、展望が見え始めたのも幸いしたのだろう。


「取り敢えず、考えるのは此処までにしておこう。煮詰まると顔に出るからなあ」


 机に置いてある蝋燭に火を付け、着替えを始めるランディ。今日は、そのまま寝る。雑事は、明日の自分に任せ、ゆっくりと目を閉じる。先程は、気付かなかったけれども何やらいつもと違ってふんわりと優しい香りがランディの鼻を擽る。理由が分からず、原因を探る為、匂いの出所を確かめるも一向に分からない。考えに考えた結果、朝の出来事に辿り着いた。


 図らずも如何に倒錯した行動であったか理解し、ランディは途端に恥ずかしくなる。されど、同時に心強かった。例え、隣に居なくとも残滓が心に安らぎを与えてくれるのだから。



「さて、やれるだけの事は……やった。後は、ぶっつけ本番あるのみ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ