第壹章 過去 11P
調子に乗らせた途端、飛躍した言い分を遺憾なく披露するランディに頭を抱えるフルール。思った以上にランディの考え方はひねくれていた。さてこれからどうしたものかと、フルールが考えあぐねている間もランディの持論は、続く。
「だってそうだろ? 私達、これから幸せになりますって宣誓しても必ずそうなる訳じゃない。一時の誘惑に駆られて破局何て沢山あるんだもの。俺は、そう言う人達を夫婦だとは思わない。嘘でも騙し合っても互いに必要とし続ける事が重要だもの。分かり合えないって結果が分かり切ってるんだからね。例え欺瞞に塗れた時間だったとしても何十年と続けてやっと、幸せだったか答え合わせが出来る。言わば、幸せとは続けた人達だけが口に出来る尊い言葉だね。つまり、それを言える夫婦は、傑物と言っても過言じゃない」
筋は通っていると認めざるを得ない。但し、あまりにも極端が過ぎる。もう少し遊びがあっても悪くない筈だ。何が、此処までランディを拗らせたのか。根性が曲がっていないだけマシかと、フルールは矯正を諦める。
「こんな筈じゃなかったって言葉に負けたら終わりさ。自分の中で勝手に相手の理想像を作り上げてありもしない幻想に焦がれる何て馬鹿のする事だよ」
「頭でっかち」
「理想を追い求める冒険者と言ってくれ」
「貴方は……それが欲しいの?」
「分からない。でも焦がれては居るね」
「あっそ」
少なくとも興味がある事は、フルールにも分かった。まだ、燃え上がっていないからだと結論付ける。だが、此処まで自分を抑え込んでいるのならば、その箍が外れた時、どうなってしまうのだろうと、素朴な疑問がフルールの頭に過ぎる。
「御高説は御尤もだけど……こう言う時は、そう言うの言うもんじゃないの。もっと、こう……何て言うのかしら……難しい――」
いじらしく俯くフルールの言葉を最後まで待たず、ランディは、いきなり頭を引き寄せてそっと胸元に仕舞い込むランディ。ちょっと前にも同じ事があった。ランディにとって言葉は、重要性を持たない。一番に重要視しているのは、気持ちだ。それを真っすぐに伝えるのならば何でも行動に移す。それがランディ・マタンと言う人間。フルールは、失念していた。
「っ!」
人知らず、ランディの胸の中で顔を真っ赤にさせていた。ランディの鼓動を耳にしながらいつも以上に動揺するフルール。今回は、理由が別にある。その理由にランディは、未だ気が付かない。
「こうかな? 寧ろ、それなら言葉より行動で示した方が一番だと思うけど」
「あっ―― もうっ! 何でやる事、成す事がデタラメに極端になのっ。馬鹿じゃない?」
「いや、言葉で紡ぐのは難しいんだよ。それこそ、臍で茶を沸かす方が簡単だ」
胸の中で騒ぐフルールを宥める為、ランディは、頭を撫でる。
滑らかな髪を撫でていると、直ぐにフルールは大人しくなる。
「さて―― そろそろ起きようか。俺もラパンとの訓練が待ってるんだ」
「えっ? ……ちょっと、待ちなさいよっ!」
この穏やかなひと時を何時までも楽しみたい。けれど、時は止まってくれない。やるべき事が、待っている人が居る。ランディが起き上がろうとすると突然、フルールが服を引っ張って引き留めて来た。
「いきなり何さ? これでも君ともう少し居たいと思っているのをぐっと堪えているんだ」
「違う、そうじゃないっ! 今、あたし……」
首を傾げるランディ。
理由を問われ、恥ずかしげに顔を背けながらフルールは、人差し指を下に軽く向ける。
「ああっ―― なるほど。確かに……寝る時……邪魔だもんね」
フルールが何故、焦っているのかやっと理由が分かり、手を叩いて納得するランディ。育ちの悪さから来る繊細さの欠けた発言で要らぬ怒りを買ってしまう。
「冷静になって言うなっ!」
「今になって思えば、何か一枚、君と俺の間に隔てる世界の壁が足りないと思ってたんだ。やっと合点が行ったよ。納得だ」
「喧しいっ!」
一人用の狭いベッドゆえ、必然的に体が密着してしまう。何時もとは違う感触と肌身に強く感じる体温。フルールは、恥ずかしさで顔を真っ赤にした後、布団に潜り込んで行く。
すると、先ほどよりも更に距離が近くなった。
「時にフルール。これもこれでかなり際どい感じだけど。何故なら何時もより君の体温と柔い肌の質感が直に伝わって来る。君としては、問題ないのかい?」
「っ!」
遂に怒りの限度を迎え、ランディの顎へ力強い一撃が見舞われる。
「いったあああ!」
「……自業自得」
むすっとした顔でフルールは、痛みでのたうち回るランディを仰向けにした。
「あたしが先に起きるから―― 目、瞑ってて」
「畏まった……」
しっかりと釘を刺してからベッドから抜け出し、着替えを始めるフルール。
ランディは、言われた通りに仰向けのままじっとしていた。
「そう言えば、さっき言ってた事は、本当?」
「うん? 何の事?」
布の擦れる音と共に降って来た質問。ランディは、何の気なしに惚ける。
「惚けるな」
「ああっ……改めて聞かれると俺も中々に恥ずかしい事を口走ったね」
「で、どうなの?」
「嘘偽りないよ」
解き放った言葉に嘘偽りはない。少なくとも今のランディにとっては、欲しているものだった。
その答えに満足したのか、フルールは鼻歌を歌いながら着替えに勤しむのであった。
*
「やっと、此処に来る覚悟が出来ました……自分なりに答えが出せたと思います」
フルールとの一件後、ランディはいつも通りラパンとの訓練を終わらせ、とある場所に来ていた。其処は、町外れにある盗賊団の慰霊碑。因縁浅からぬ地だ。普段着姿で腰に剣を差し、手には献花用の花を持っている。
「これでも頑張ったんです。笑わないで下さいね。迷いに迷って……情けなく足掻いてやっと心から顔向けが出来ると考えています。納得して貰えると良いなあ」
慰霊碑の前でランディは、寂しげに笑った。
それから屈んで手に持っている花を石碑の前にそっと添える。
「貴方は、間違えた分、正しい事を探しなさいと言ってくれましたよね。デカレさんは。俺は、俺の為に生きると決めました。もう、悲しみから逃げる為に悲しい事へ向き合うのもやめます。苦しみの中で希望探しをするのも止めます。怖い事へ恐れるのも止めます」
此処へ来たのは、己の甘さを払拭し、覚悟を確固たるものとする為。また、悲しませてしまうかもしれない。けれど、それ以上に守りたいと言う気持ちが強い。今は、その気持ちを優先させる。自分が後悔しない為に。例え、傷が増えようとも。
「その為にこの剣を再び手に取って血で汚す事も厭いません。ずっと前から討たれる覚悟は、ありました。でも肝心な討つ覚悟がありませんでした。でも失いたくないものを失うくらいなら俺は、悪と呼ばれようとも……」
誰が為の闘争。携えた腰の剣の柄頭に手を置き、己が揮う力の理由を心に刻み付ける。
「戦い続けます」
ランディの覚悟を受けてか、一陣の風が草を薙いで通り抜けて行く。
その風はランディを戦へ誘う後押しのようであった。




