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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅴ巻 第壹章 過去
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第壹章 過去 10P

 レザンは、立ち上がると屈んでフルールの頭を撫でつつ、深く頷いた。


 力強い撫で方にフルールは、ぎゅっと目を瞑る。


「そもそも誰がどうにもならない不幸な話をして相手を不快にさせたいと思う?」


「誰も思わないでしょう」


「そうだ。自分で解決しようと思うだろう。若しくは、じっと堪えて通り過ぎるのを震えながら待つしかない。他人にも根本的な解決を任せる事何て出来ない。何故なら個人個人で同じ様なものを抱え手一杯だからだ。精々、助言を貰うくらいが関の山。それに心の傷は、手が打てる。結論として思い出の一つとしてゆっくりと忘却の彼方へ誘えれば。時に荒療治も必要だろうが、きちんと自分の気持ちに整理を付ければ、前を向いて歩き出せる」


レザンは、長々と持論を展開し、フルールを諭す。


「そもそも一度きりしかない人生で何時までも詰まらぬ事に囚われてしまう事が勿体ないからな。でもその為に只々、悔しかった、苦しかったなどと他人へ自分の気持ちを押し付けて傷を癒そうとするのならそれは自己中心的な考えだ。ランディは、それをやりたくない。苦しむのも自分を救うのも己であり、自分の人生を自分で生きたいと思ったから。己の為に剣を振るう事を忘れ、自己憐憫に塗れた脇役ではなく、己の為に剣を振り、己を誇れる主人公として生きたかったからだ。本当に子供じみた考え方だが私は、正しいと思う」


 起き掛けには少々、理解に手間取るがフルールにも言いたい事は、大まかに分かった。


「まあ、その結果がこれでは……救いがない。何の為に頑張って来たのだろうと……絶望な中で光を見出し、その光に縋ってみれば、それこそが真の絶望であったと分かってしまった時。私ならば、生きるのに疲れて果ててしまうな」


「……凄いですね、レザンさん。ランディが考えてた事、聞いても無いのにきちんと言い当ててます。あたしには、そんな芸当出来ない」


「こればかりは……詰まらんガキの道理だ。特に意味は無い」


「そうなんですか?」


「伴侶が出来て親になれば、また道理も変わる。全て擲ってでも守らなければならないものが出来たなら最早、些末な事だ。何せ、世代が交代するのだから。自分の事などどうでもよくなる。悩みや憂いは、全て子のものとなる。だから若い内にしか出来ない特権だな」


 そう言うと、レザンは微笑んだ。


「私からしてみれば羨ましい限りだ」


 中腰で居た所為か、レザンは腰に手を当て少し伸びをする。それからベッドを離れ、腰に手を当てながら窓辺へと向かい、夜空に広がる星々の輝きをレザンは見つめる。


「もう、私には出来ない。だが、同じ道を通って来たのだから同じ様に独りで尽力する者に手を差し伸べる事も出来る。全ては、回り回っているのだ。一事が万事と簡単に片づけられる程、世界は単純じゃない。様々な事象があってのこの世だ。ちっぽけな枠組みに当て嵌められるなら誰も不幸にはならない」


「段々、分からなくなって来ました……」


「年寄りの世迷言だ。あまり深く考えるな」


 此処までが限界とフルールは、目を回す。


 無理もない。夜も遅く、気をつかって宥めすかした疲れが出ているのだろう。


「それでどうする? 暫くは、離してくれそうにないな」


「泊まっても良いですか?」


「ああ、構わない。言伝が必要だな。私が伝えておこう」


「有難うございます」


 大きく欠伸をするフルールにレザンは、気をつかって後の事は、全て引き受ける事にした。


 この夜を越えてまた、次の朝日を迎える。全ては、その繰り返しだ。


              *


「何があれば、この状況になったのだろうか……」


 朝。ランディが目覚めると、ぼんやりと目に映ったのは見慣れたフルールの穏やかな寝顔。少しの間、焦りで思考が停止し、固まるランディ。この結末に至った経緯が分からない。


 過程を全てすっ飛ばした急展開。ランディ、遂にやらかすと大きな文字が頭に浮かぶ。


 勿論、起きてしまったのならば、仕方がない。あれこれ考えても覆水盆に返らず。


 素直に認めるべきだろうと、ランディは腹を括り、冷静になる。出来れば、その過程を事細かく記憶に焼き付けたかったのが本音。責任と言う大きな言葉が目の前に迫ってくる中、冷静になったお陰で思考が正常になった。


「そんな訳あるかい」


 一人でしょうもない突っ込みを済ませた後、目を瞑り、昨夜の事を思い出す。


『確か……昨日は……』


 いつものむさ苦しい臭いではなく、石鹸の優しい香りに包まれながら記憶の頁を捲って行くと直ぐに答えへ辿り着いた。昨日は、フルールに寝かしつけられたのだと。


「そうか―― 面倒な子守りをお願いしてしまったみたいだ」


「―― よく分かってるじゃない?」


「起きてたの?」


 一人納得していると、不意に声がした。目を開けると、薄暗闇の中、呆れ顔をしたフルールが見える。どうやら、起きていたらしい。もしかすると、一人で虚しく葛藤していた醜態を披露してしまったかもしれない。勿論、情けないのは昨日から変わらないし、もっと言えば常時、変わらない。今、考えるべきはこれからの事。と言っても何も考えが思い浮かばない。


 急ぐ必要もないので一先ず、ランディは体裁を整える事から始める。


「それにしてもこの状況は……頂けない」


「貴方が手を離してくれたなら別の部屋で寝たもの」


 その思惑も直ぐに訂正が入れられ、面目は丸潰れ。昨日の自分を叱りたくなったが、自分が人に縋るほど、へこたれていたと知る。思っているよりも自分を知らない己の一面は、多く存在するもの。良い勉強になったとランディは、思い直す。


「分かる、分かるよ。でも言わずにはいられないんだもの」


「お犬様が猫かぶりとは、随分と滑稽だわ」


「偶には、猫の気持ちになっておかないとね」


「それで……なった感想は?」


「うん? 悪くない」


「何にも考えてなかったでしょ?」


「よくお分かりで」


 フルールは、昨日の話題に触れぬようさり気なく話題をすり替える。そしてそっと右手をランディの頬に添え、ランディの様子に変化はないか、見守り続ける。


「ふむ。今日は猫になったから次は、鳥になろうかな」


 もう少しこのまま、現状維持も悪くない。


 フルールの優しさに甘え、ランディは、下らない話に興じる。


 実を言えば、この甘酸っぱい雰囲気が名残惜しく続けたいと思っていた。


「何で?」


「何も考えず、何処までも空高く飛びたい」


「それは無理ね。不器用だから飛ぶのもままなんないでしょ」


「確かに」


 浪漫を欠片も感じさせないランディの話にフルールは、呆れた。意図せず始まったとは言え、女性の扱い方を心得るべきだと。もしかすると、女性として見られていないのでは。そんな疑いが湧いて来る程にランディは、唐変木であった。


「もうちょっと気の利いた事、言えないの? いざって時にガッカリされるわよ?」


「そんな高度な情報戦何て出来ない」


 痺れを切らし、フルールは頬を膨らませながら愚痴を零すと思った以上に酷い答えが返って来る。少し分からせてやる必要が出来たとフルールは、憤りを一度、胸に仕舞い込み、ランディの話にのってみせる。こう言った場合は、一度相手と同じ視点に立ってから誘導するやり方が一番だ。


「貴方の言い分を真に受けるならこの世に数多存在するおしどり夫婦が手練れの諜報員になってしまうけど?」


「わりかし間違ってないと思うね。ほんとに傑物だよ。赤の他人とずっと一緒に居られる何て絶対、正気の沙汰じゃない」


「ほんと、浪漫の欠片も無い。屑だわ、屑」


「それだけの覚悟をしていると言ってくれよ。きちんと重く捉えているんだ」

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