第貳章 条件と隠し事 7P
このまま逆光の男だけが言いたい放題言うだけで終わりのように見えたが何も喋らない暗がりの男が口を開いた。
「まだ……まだだ。あの子にはいつか私から話す。だからお前は何もしなくて良い」
出て来た声には苛立ちが見え、逆光の男に対して敵意を抱いているような物言いだった。
「そう言うなら僕も黙っています。でも、大切な者は意外と簡単に亡くなってしまいますよ?」
逆光の男は声のトーンを落とす。
「僕はまだ後悔しています。あの時、エルにああしていれば良かった―――― こうしていれば何とかなったのかもしれない。今でもまだ答えの見えない答え探しをする時があります」
悲しい後悔の念が部屋に満ちた。
「そしてね、何よりも―――― もっと『愛している』と言ってあげたかった……」
逆光の男は苦しそうに声を捻り出す。
「今となってはもう遅いのですけどね、でも僕はあなたにはそんな思い、欲しくない!」
感情的な物言いで暗がりの男に訴えかける逆光の男。
「出過ぎたことを言いましたね。謝ります」
しかし直ぐに頭が冷えたのか、落ち着いて頭を下げた。
「いや、お前が正しい。本当に間違っているのは……私の方だ……」
暗がりの男は心をこめて逆光の男に非を認める。
「お前は私のことを思って焚きつけて来たのは分かっている。でもいきなりのことだったからな…… 私自身……心の準備がまだ出来ていない」
暗がりの男に苛立ちはなく、嬉しさ、悲しさ、動揺が入り混じった心の声を途切れ、途切れに呟いた。
「分かります、当たり前ですよ。僕も直ぐにとは言ってません。確認がしたかっただけです」
逆光の男がパイプを燻らせた。
「このまま、あなたがだんまりを決めると言ったらあの子が可哀想過ぎたので言っただけです」
「そうか、我ながら本当に情けない男だと言うことを痛感している」
暗がりの男は壁に寄り掛かると力なく言った。自分の意気地なさを嘆いていることが分かる。
「僕は何時でも応援しています、頑張って下さい」
「申し訳ない」
「いえ、僕はあなたに沢山のことでお世話になりました。『過去に囚われるな。今ある大切なものをちゃんと見ろ』この言葉のお陰で僕はこれ以上、大切な物を失くさずに済みました」
恥ずかしげもなく、逆光の男はさらりと言った。そしてパイプををパイプ置きに置く。
「当たり前のことを言っただけだ」
あの時は自分もまだまだ若かった部分があったなと暗がりの男が照れ隠しをする。
「現に僕は救われました。だから少しでも恩返しがしたくて余計なマネを……」
「分かった、分かった。だからそんな顔をするな。良い大人がみっともない」
自分の余計なお世話の罪悪感で逆に光の男はしょげた。暗がりの男が逆光の男を宥めすかす。
「ですね」
「とても為になった。ありがとう」
「ははっ」
「笑うな、馬鹿者」
確かに他人から見れば、彼らが詰まらない傷の舐め合いをしているだけ。弱者がする格好の悪い行動として目に映るかもしれない。だが、広義に解釈すれば傷の舐め合いだって足りない物を補い合うことだ。往々にして詰まらないと大切は表裏一体。鼻で笑うことでは決してない。
「そう言えば、二十年前で思い出しましたけど確か……『Pissennlit』は幾ら踏まれても挫けない素朴な花だ。お前もそうなれでしたっけ? あの人へあれと共に贈った最後の言葉」
とんとんと指で机を軽く叩き、思い出したと逆光の男は言った。
「よく覚えていたな。皆は寝小便の花だのと言うが本質は小さくとも気高く力強い立派な花だ。どうせ、あの馬鹿はあれを渡す時に教え忘れているだろうから私が代わりに教えて上げたい」
暗がりの男は自信を持って言葉を放った。
「それはちょっと格好つけ過ぎじゃあないですか?」
「そうか? 私はこれくらいが丁度良いと思うのだが」
ただただ切なさを感じさせる二人の会話。これがこの物語にどう繋がっていくのだろうか。
それは歌う町だけが知っている。




