第壹章 過去 4P
「うーん。七つのある内の二つか……なるほど」
「いきなり何よ? もう、口説き文句モドキは聞き飽きた」
「また、むにゃむにゃ寝言を言ってはぐらかすつもり?」
「いやね。教会の教えには、枢要悪と言う教理がある。君たちも御存じの筈だけど……」
「怠けるなーとか、そー言う感じの奴でしょ?」
「それがどうしたって言うの?」
非難囂囂。散々、言われてもランディは、めげることなく、胸を張る。
「偶には、エグリースさんの話を聞いてみよう……例え、ちっとも興味が沸かずとも。諺にもある。良薬口に苦しってね?」
「詰まんない事言ってないでさっさと本題に入りなさい。貴方、段々とエグリースさんに似て来たわ。無駄に勿体ぶる所とか特にそう」
「はいはい……さっきシトロンが言った様に枢要悪とは、人を罪に導く可能性があるものを指し示すものなんだ。主に七つある。一つ目は、怠惰。意味は、最早統一されつつあるから此処では、はっきりと怠ける事とだけ言っておくよ。詳しく知りたかったらエグリースさんに。後は殆どが、読んで字の如くなんだけど、二つ目は、暴食。必要以上に沢山、ご飯を食べる事。三つ目は、色欲。これは姦淫だね。四つ目は、憤怒。怒る事。五つ目は、嫉妬。人を妬む事だ。そして最後の二つが今回は、肝心でね」
五本の指を掲げて説明をする度に指を折り曲げて行くランディ。揃って仲良く首を傾げる二人を前にランディは微笑んだ。
「その二つが何だって言うのよ?」
「最後の二つは、強欲と高慢。つまりは、欲張りな事と虚栄心に溺れるか、虚勢を張る事」
「それが……今のあたしたちだって言いたい訳?」
「何それ、ひっどーいっ!」
要らぬ怒りを買ってしまったかもしれないが、これで良い。やっと、二人と同じ舞台に立てた。此処からは、独壇場。しかもランディの得意とする戦場だ。普段から馬鹿と罵られたとしても真面目に続けていた事柄が役に立つ。
「まあ、そう言う事。でも君たちが喧嘩をしているのを横で見た時、俺は羨ましくてね」
「人の事、あげつらっておいて何が羨ましいよ? ふざけんのも大概にして」
「何かそれっぽい事言えば良いとか思ってんでしょ?」
「ごめん、ごめん。間を飛ばし過ぎた。君たちは、根っから自分達の意見を絶対的に正しいと思ってない。でも己の誇りを失わず、正しく使おうとしてる。その尊さが……眩しくてね」
そう言うと、不意にランディは店の天井を見上げる。少し羞恥心があったからかもしれない。けれどもその恥を甘んじて受け入れて話を続ける。
「俺にはそんなものがないから……高慢も自分にあんまり自信がないから当て嵌まらない。強欲も自分が本当に欲しいと願う事も少ないから。嫉妬は……時々あるかもだけど、取り立てて相手を憎むほどでもないかな? 怒る事もあるけど、いつも怒る時には、正当性ばかり探して自分の感情に正直じゃない。色欲は……人並みにあるつもりだけど、びびり屋だから最後の最後で尻込みする。暴食は、言わずもがな。怠惰も怠ける時もあれば、頑張る時もあるからこれも胸を張って無欲とも言えない。つまりは、中途半端な奴さ」
思いの丈を全て曝け出し、自身の内心すらも土台にして二人の素晴らしさを説く。
「でも君たちは、そうじゃない。きちんと、こうなりたいと自分の気持ちに向き合っていて正直だ。それが羨ましかった。見ていて思わず、焦がれてしまう程に。ごめん、偉そうに上からものを言う感じになってしまった。それを踏まえて……そうだなあ。例え、俺がシトロンに真っ正直にぶつかって玉砕したとしてもきちんと整理をつけるよ。だってシトロンは、本物を探してるんでしょ? その本物ってのが、何かは分からないけどさ。少なくともその背中を応援出来るくらいの器量がないと本物じゃないって俺は、思う。でも後ろを振り向きたくなったら振り向いた方が良いかも。前ばかり見てたら疲れるからね。そして何より、疲れ果てて諦める君をみたくない。フルールはさ……君は、本物だよ。偽物なんかじゃない。それら全ては、君が感じて思った事だ。そもそも倫理観って人が作るもんだし。それにその時々によってちょっとずつ変わるから不安定なものだ。誰かの考えを代弁したり、借りるって用途に使える程、洗練されていない。だから君が考える事で共に育つ。でも考えを深め過ぎると君が君でなくなる。だから頑張り過ぎないでちょっと一休みも必要だね。俺は、亡者になった君をみたくない。だって寂しくなるから」
これまで教えて貰ってばかりだったからその恩を返す時が来た。尤も全てが正しい訳ではない。されど、今重要なのは理解をしていると言葉に表す事だ。例え、その理解が浅くともきちんと興味を持っていつも見守っていると、態度に示す。案外、人とは単純なもので他人から見て貰っていると分かっただけで満足する。今回は、二人の魅力を理解していると宣言した。外見の美しさではなく、内面的な奥深くにある志に焦点を当てた。どちらが正しいのではなく、どちらも尊いものであると。
「個人的な見解として……一番の最適解は、君たちがくっ付く事だろうなって思うよね。だってフルールは、本物だし……その本物をシトロンは、求めている。大丈夫、時代はまだ追い着いてないけど、女性同士の睦み事も何れ受け入れられる社会になるさ。君たちは、その先駆者となるべきだ。うん、きっとそうに違いない。神様も祝福して下さる。俺の前だからって恥ずかしがらないで。素直にお互いを受け入れて愛を育むべきだ」
最後のまとめに入り、ランディは肩を竦めて真面目な顔をしながらふざける。
「ちょっと期待しちゃったけど……やっぱり、勘違いだったみたい」
「覚悟は、決まった? 最後の一服はいる? 今生の終わりに残す言葉がそれになるけど他に言うは、無い?」
「ははっ。凄い圧力だ……今までに俺は、こんな強い視線を感じた事がああああっ!」
怒りをぎこちない笑みで隠し、大きく腕を後ろに引くフルールとシトロン。固く握りしめられた拳が嫌でも目に入る。元より、覚悟は決まっている。避ける心算は毛頭ない。この一撃で全てが終わるならランディにとって本望だ。鋭く真っすぐに迫りくる拳を前にランディは、瞳を閉じる。鈍い音と共に衝撃が腹部を貫いた。これで良かったのだ。全ては平穏無事な日常の為。悔いはない。腹を両手で押えながら崩れ落ちおる。その様を見届けることなく、解散するフルールとシトロン。静げさを取り戻した店内。
「一部始終見てたけど……君さあ、本当に馬鹿だよね」
「そんな馬鹿な……俺を……俺は、愛おしいと思ってます」
ゆっくりと立ち上がるランディに声が掛かる。見上げれば、誰も居なくなったと思っていたのだがいつの間にか、シトロンの姉マロンが厨房入口付近に立っている。
「ふふっ―― 枢要悪にはないけど。そんな君にぴったりなのがあるよ」
「はて、何でしょう?」
「愚かさって諸悪だよ。君は、最初の男女が楽園から追放されたきっかけ。神の命に背いた原罪がお似合いだと思う。皆、それぞれ持っているけど、君みたいに拗らせてない」
「……何と甘美な響きでしょう。その免罪符さえあれば……誰もが俺を甘やかしてくれる」
「その退廃的な思想は、止めなって。こっちまで気が滅入る。ルーの人様に迷惑を掛ける事への情熱といい、どうしようもない馬鹿達が運悪く出会ってしまったもんだ」
「お褒めに預かり、光栄です」
「褒めてない、褒めてない」




