第貳章 条件と隠し事 6P
おっとりした目以外は方割れと同じで此方も小さな口をむっとしている。どちらの背はランディの半分くらい。お転婆娘とお譲さんの正反対な格好で雰囲気が服装に出ていた。
「おとーさん! やっと見つけた!」
ブランを見つけるなり、活発そうな女の子が開口一番に怒る。
「今日は勉強を見てくれるって約束だよね?」
お冠の様子で歩み寄る二人。どうやら彼女らはブランの子供のようだ。ランディのことなど眼中になく、ブランに用事があるらしい。
「ごめん、ごめん。二人とも怒っているのは分かるけど、今はお客さんとお話している最中だからもう少し待ってくれないかい?」
二人はブランに言われ、やっとレザン達に気が付いた。
「お客さん? ああ、レザンさん! こんにちは」
活発そうな女の子が不意をつかれたように驚き、辺りを見渡してレザンを見つけるなり、ぺこりと二人で頭を下げる。
「今日も元気だな。お前たちは」
レザンは笑って挨拶を返す。
「お話の邪魔しちゃって、ごめんなさい。今日はどんな御用で来たのですか?」
大人しそうな女の子が丁寧に用件を聞く。
「ヴェール、今日は彼の用件で出来たんだ」と言い、レザンはランディの方へと手を向ける。
「やあ、こんにち……は」
手を向けられたのでランディが挨拶をしようとした途端に、二人はブランの座っているソファーの後ろへ隠れた。知らない人間がいて驚いたのだ。何となく二人が人見知りであろうということが分かったランディは困った顔になるも機転は利かす。
「ごめんね、驚かしてしまったね。俺の名前はランディ、ランディ・マタン。これからこの町に住む新入りなんだ。宜しくね……もし良かったら二人の名前、聞いても良いかな?」
それでもランディを警戒しているのか、ソファーの後ろから顔を半分出すだけ。
「二人とも恥ずかしがっていないで出て来なさい……申し訳ないね。ランディ君。この子たち少し人見知りで知らない人の前だとどうしてもこうなるんだ」
ブランはランディに謝ると二人へ言葉を掛ける。
「二人共、出て来て彼に挨拶をきちんとなさい。それだと失礼だろう?」
ブランに諭され、ソファーの後ろからは出て来たが今度はセリユーに半分、身体を隠す。
「……ヴェール・クルールです」
「ルージュ・クルール」
でも名前だけはランディに名乗った。今はこれが限界だろう。
「本当に申し訳ない……二人は私の娘でね。良かったら仲良くしてくれないかい?」
「いえ、今回は俺の急な訪問が問題でしたし。寧ろ、此方こそ仲良くしてくれれば良いなと」
ランディだって同じ年頃には人見知りをよくしていた。だから二人の気持ちは分かるつもりだ。
自己紹介は出来たし、後は二人とこれからゆっくり打ち解けていけば問題ない。
「君は本当に出来た青年だな―――― ルージュとヴェールにも見習って貰いたいよ」
ブランがわざと深刻な顔をしてこれ見よがしに大声でぼやく。こんなことをされれば子供もたまったものではない。次からは意地でもちゃんと挨拶するようになるだろう。そして子供は一つずつ段階を踏んで無理やり大人にされて行くのだ。
「それで後は君の住むところと仕事だが……何か宛てはあるかね? もし良ければ僕の方から紹介しようかと思ったのだけど、どうだい?」
熱い茶に取り変えようとしたセリユーを手で制し、一度冷めた紅茶を飲んだブランが話を戻そうとランディの住む場所と仕事について聞いた。ブランの提案はありがたいが、ランディの心はとうに決まっている。後は本人に雇ってもらえるかどうかを確認するだけ。
「はい、あります」
ランディが力強く返事をすると、レザンの方へと身体を向けた。ランディの顔は本気だ。
「レザンさん、俺は沢山のことでご迷惑を掛けると思います」
「ああっ? うむ」
いきなり名前を出され驚き、思わず姿勢を正すレザン。
「それでも俺はあなたのお店『Pissenlit』で働きたいです。雇って貰えませんか?」
ランディが言葉を理解し、レザンは苦笑いする。一度、息を吐いて喜びを逃がし、口を開いた。
「……私は『お前』が思う以上に厳しいぞ。それでも良いか?」
「勿論です!」
話は決まったのでこれ以上言葉を交わすこともなく、固い握手をする二人。
もう言葉など不要だ。答えなど分かっているのだから。
「本当に……レザンさんもずるいな。宛がなかったらウチで働いてもらおうと思っていたのに。何せ、税金泥棒の役所は忙しくてね。猫の手も借りたいくらいだよ」
頭を掻き、茶化すように羨ましがるブラン。ランディの考えていることは何となく分かっていたのだろう。ただ、半分だけ本当に残念そうな様子だった。
「それはどこも一緒だ、ブラン。お前もセリユーたちに家のことは任せず、自分でやれば良い、思わぬ拾いものをするかもしれないぞ?」
「いや、止めておこう。僕の場合、追剥に会うからね」
「違いないな」
レザンとブランは楽しげに話す。
「もう一度、言っておこう。君には期待している。頑張って課題をクリアしてくれたまえ」
ブランが笑いながら言った。
「はい!」
迷いはない。斯うしてランディはこの町に住む為の第一関門を突破。
しかし此処はまだスタートライン。本番はこれからだ。
*
とある建物の一室。
部屋は人が活動する分には広く、高待遇の人間が使うような場所だった。壁は真っ白で床は板張り。大きな窓が一つ、外には茶色の屋根瓦の家々や町を両断する大通りが見え、此処が『Chanter』に立つ建物の一室だと言うことが分かる。家具は窓を背にして置いてある高そうな机と椅子、扉近くには対のソファーとテーブル、町の資料が入った本棚が四つあり、本棚は日の光に当って劣化しないよう、主に部屋の影となる場所に置いている。
執務室として使われているらしい。執務室の中に二人の人間がいた。一人は明るい日差しが差し込む窓を背にした椅子に座り、もう一人は本棚側の影に立っている。どちらも逆行や暗い影で顔だけ見えない。
「一昨日ぶりですね」
「ああ、そうだな」
部屋の中の二人が互いに挨拶を交わす。声からどちらも男で、逆光にいる者は年が若く、逆に暗がりにいる者は年いていることが分かった。
「さて、今日はどうしました? また面白いものを拾ったとか? もしそうなら僕は本格的に家事を自分でやろうかと検討しなければいけない所ですが」
逆光の男が机に身を乗り出すと話を切り出した。
「いいや、心配は杞憂だ。今日は一昨日の礼を言いに来ただけだからな……世話になった」
暗がりの男は礼と否定をあわせて言う。
「いえ。礼には及びませんし、それなら僕は一安心です」と言い、逆光の男は言葉を続ける。
「―――― しかし、本当に驚きましたよ。彼は似ていましたね、あの人に……」
「やはり、分かったか……」
「勿論です。何年、あの人の子分をやっていたと思っているんですか?」
逆光の男が笑いながら頭を横に振る。
「仕草や顔、雰囲気は特に。目の色は奥さん似でしょうか。最初はちょっと自信がなかったですけど、でもあれで完璧な確信が持てました」
もう一人の男は何も喋らない。
「町の皆は多分、忘れていると思います。なんせ、二十年以上前のことですから」
机の引き出しからパイプと煙草の葉を取り出すと吸う準備を始める。
「でもそのうち、段々と気付き始めるでしょう」
他人事の男は一旦、言葉をとぎらせた。葉を詰めたパイプにマッチで火を入れ、一服する。
「どうするつもりですか? あの子は本当のことを知らない」
逆光の男が話しながら白い煙を吐き出すと部屋には煙草特有のつんとした臭いが立ち込めた。
暗がりの男は煙の臭いが癇に障ったのか、苛立ちを見せた。
「黙っていても良いでしょう。でもあなたは後悔しませんか?」




