第肆章 心の拠り所 3P
想像が広がるにつれて最悪の想定を念頭に置き始める二人。誰が来ても柔軟に対応が出来るように備えていると言うべきか。何方にせよ、避けて通る選択肢もなく、状況が良くなる兆しが二人には見えなかったので仕方がない。
「ちみっ子軍団とペーニュが同列な扱いは、敢えて触れないでおくよ。場合によっては、保育所みたいになる可能性も否定出来ないね……まあ、体力は有り余っているだろうから。使いっぱしりには、丁度良いのだけど」
「僕は、年下の子の扱いに慣れてるから大丈夫なんだも。それにペーニュ君は、シニエさんの手伝いがとお出掛けの予定があるから無理なんだな」
にんまりと笑いながら小賢しく頷くラパン。
「そうだ、忘れてた。シニエねえだ」
ルーは、手を打ちながら驚いた顔をする。
「本屋さんとこの?」
「そう。本屋『Lecture』の一人娘。僕らより二、三年上だったかな? この町で唯一と言っても過言じゃない。本当に稀有な彼のよき理解者さ」
「そんな事情があったとは……そもそも聞くに至るきっかけがなかったから知らなくて当然だけど。なるほどね――」
また一つ、新たな町の下らない情報を知り、ランディは賢くなる。
「本屋の娘なのに勝気な性格でね。怒らせると売り物の本が飛んで来る。何が楽しいか知らないけど。実際は、尻に敷かれているだけ」
「それ、よき理解者って言うのかい? 理解があるの? 寧ろ、型に嵌められてない?」
「外面ではね。人前では、二人してそう言う体裁を繕ってるんじゃないかな?」
「何だか、あれだね。人目を忍んだ色恋って何故か盛り上がるよね。羨ましいな……」
「故に君よりも圧倒的な強者である事は、間違いない。何せ、モッテいる男だからね」
「恥ずかしいからやめて。塵屑扱いされて罵られても反論出来ないから」
馬鹿にしていた相手が自分よりも上の立場に居る事を知り、ランディは立ち直れなくなる。恥ずかしさで萎縮し、椅子の上で縮こまるランディを見て鼻で笑うルー。更に追撃の手を緩めず、じりじりとランディを追い詰めて行く。
「ラパンも最終日は、チャットと出掛けるんだろう?」
「その心算なんだな。毎年、二人で練り歩くんだも」
「だよね……楽しんでおいで」
よりいっそうのこと惨めになったランディは、涙目になりながら珈琲を啜る。けれどもこれで終わりではない。今のルーは、勝利の美酒に酔いしれて油断しきっていた。これまで地道に努力を積み重ね、この町の色に染まりつつあるランディにも一矢報いる手立てがある。
「因みにルー。君は、どうするの?」
「僕? ……それ以上、一言でも言ってご覧? 生まれて来た事を後悔させたげる」
「怖い、怖い」
意味深長なランディの問い掛けにルーの青い瞳が死んだ魚の様に濁った。ランディの意図が分かり、冷たい怒りを露わにする。ラパンが居る手前、ルーもおいそれと手は出せない。これ以上、ランディが嗾けなければの話だが。
「大丈夫なんだな。ルー君は、二日目の午前中はお母さんと。午後は、ユンヌねえと逢引きだも。もうずっと前からそれは、変わらないんだも」
思わぬ伏兵の一言でルーの顔色が真っ青に染まった。一方、ランディも床に崩れ落ちる。
相討ちに終わって互いに深手を負う結果となった。
「はははっ……一人ぼっちは、俺だけだったね。この裏切り者共めっ! もう、羨まし過ぎて死にたくなって来た。生まれ変わったら次は、野原に咲く可憐な花になりたい」
「何時でも気軽に言ってくれたまえ。介錯してあげよう」
「馬鹿らしいんだな……」
「ええい、みなまで言うな! 何が楽しくて他人の自慢に付き合わないといけないのさ?」
年長者としての威厳が欠片も無い二人のやり取りに呆れかえるラパン。いつの間にか、空っぽになっていたカップを片手にランディは、炊事場へ珈琲を淹れに行く。肩を落としてとぼとぼと歩いて行く情けない後ろ姿を見送りながらラパンは、呟く。
「ランディさんも大概なんだな……」
「気付いていないだけで傍から見たら十分に謳歌している筈なのにね。まあ、大器晩成型だからゆっくりと見つける方が性に合っているのさ。どんなに遠回りをしても辿り着く。だから余計な事は言わないに限る。どうせ、他人にとやかく言われても聞かない天邪鬼だから」
「難儀な性格なんだも」
知った風な顔をしてラパンに教え説くルー。短い付き合いとは言え、共に何度か苦難を乗り越えて来た。その中で互いの価値観を少しずつ知り得たからこその分析であり、少なからず間違いではない。
「素直じゃないのさ。逆に手順を踏みさえすれば、すんなりと型に嵌ってくれる」
「抜け目ないんだも。流石、御間抜け兄弟の頭脳と呼ばれているのは、伊達じゃないんだな」
「随分と不名誉な綽名だね。まあ、面白さには、事欠かないから素直に甘んじるとしよう」「何だか、狡いんだな……そう言う男の友情的な雰囲気を出すのは」
「ははっ、羨ましかったら君も見つければ良い」
皮肉を言われてもさらっと笑って受け流したルー。そんなルーを見てラパンは不満を漏らす。そんな事とは、露知らず、ランディは珈琲の入ったカップを片手に半べそを掻きながら帰って来る。
「さあ、真面目な話も飽きて来て脱線が目立って来たから解散としよう」
「そうしようか……ユンヌちゃんの所で珈琲でも飲もうかな。やさぐれたい気分だ」
「勝手にしてくれ。僕は、仕事の追い込みに入らねば」
「ランディさん、僕も着いて行って良いんだも?」
「構わないよ。毎朝、頑張ってるし。偶には、ご褒美で御馳走しよう。食べ物はなしだけど」
「私怨の匂いがするんだも……」
「折角の努力を無駄にしない配慮だよ」
ランディは、ここぞとばかりに理由を付けて大人気ない仕返しをする。そして片付けで残るルーを残し、ラパンを連れ立って『Figue』へと向かうのだった。
*
「只今、帰りました」
「ご苦労……早かったな」
ラパンと喫茶店で少し話をした後。ランディは、きちんと『Pissennlit』へ帰って来た。
前回の掃除と同様に仕事の合間で時間を貰っていたのだ。この前と違うのは、残していた仕事を片付けねばならない事。明日から始まる祭りを全力で楽しむ為、是が非でも仕事を完遂する必要があった。ランディは、真っすぐ店の方へ向かい、薄暗い店内のカウンターで眼鏡を掛け、書き物をしていたレザンに声を掛けた。書類から目を離すことなく、手を挙げながら返答するレザン。
「最終確認だけだったので。後は、ラパンと駐在業務の話をして来ました」
「慣れぬ仕事だからな。出来るだけ手助けをしてやってくれ。頼む」
「はい、くれぐれも無理をしない様にと言い聞かせて来ました。少しでも手に余ると感じたら俺、又はルーを呼びなさいと言い付けてあります。後は、助言を少々」
わざとらしくやさぐれて見せたのは、体の良い言い訳を作る為。それとなく、ラパンに心得を教えるのが、本当の目的で祭りが始まる前に出来るだけ憂いを取り去り、肩の力を抜いて取り組めるよう気をつかったのだ。ふざけていてもランディは、決して手を抜かない。
「珈琲、淹れて来ましょうか? レザンさんも祭りの準備でお疲れでしょうから奥でゆっくりして下さい。後は、俺が引き継ぎます」
「助かる。これだけは、私がやらねばならんから店番と商品の補充を頼む。今日は、店を速めに閉めるぞ。殆どの注文は捌けたが、明日の件が一番の大物だ。夕飯までには、最終確認を二人で終わらせねば……」
「畏まりました」




