第肆章 心の拠り所 2P
このままでは、埒が明かないと考えたルーは、ラパンからランディを開放し、部屋の隅まで引き摺って連れて行った。部屋の隅でこそこそと小声で相談を始めた二人。
「何か、可笑しいよ。この町。こう言う一点特化したけったいな要望が多い。何だか、前にも誰かに似たような事、言った気がするなあ……」
「誰に言ったのかは、知らないけど。今更、気付いたのかい? 皆、刺激のない日々に飽き飽きしているからこうなるんだ。目新しいとか、物珍しいとか、面白そうとか、思ったら何も考えず、直ぐに飛びつく。普通なら躊躇したり、忌諱するんだろうけどね」
「可笑しい。それなら、ペーニュの店がもっと繁盛してる筈……」
眉間の皺を指で伸ばしながら現実逃避するランディ。現状、根本的な解決策が皆無なので一先ず、煮詰まっている頭を空っぽにし、視点を変えて他にラパンが満足するだろう代案を見つけなければならない。ランディの意図を理解しているのか、ルーも適当な相槌を打つ。
「何でペーニュがこの話題に出て来るか知らないけど、あの馬鹿は、都会に出た事もない根っからの田舎者なのに傾奇者を気取り過ぎてて腹が立つんだよ。これ、全会一致の意見ね」
「君の辛辣さに磨きが掛かっている」
「一緒にいると疲れるから苦手なんだよ。勢いと顔だけの馬鹿って呼び声が高い。まあ、自覚してるみたいだから好きにさせてあげて」
「そうか。彼は、やっぱり残念な奴なのか……」
暫しの間、趣旨を忘れて下らない雑談に興じる二人。その様子を見てじろりと睨むラパン。
「そうやって僕を除け者にして楽しいんだな?」
「違うって。何か代わりの妙案はないかと相談していたの。それで提案なんだけど……」
席に戻り、短くなった前髪を弄りながらランディは、考えを巡らせる。結論から言えば、ラパンは今、仲間外れだと感じている。単純に格好をつけたいからと、コートだけに執着しているのではない。実際の本音は、強い信頼の証が欲しいのだ。その燻った気持ちを腕章では、抑えきれないのだろう。それならば、手っ取り早い方法があった。
「詰所から持ち出し禁止の制限付きで俺の剣を貸してあげる。これでどうだい?」
もぞもぞ動き出したランディは、肩掛け代わりのコートの下からたまたま持って来て居た自分の剣を取り出して机の上へ静かに置く。今、これ以上モノは無い。
「えっ……本当なんだなっ?」
「勿論。約束は、違えないさ。此処から絶対に持ち出さないって約束してくれたらね」
「約束するんだもっ!」
机の上へ両手を伸ばし、ランディの剣を受け取ると夢中になって眺めるラパン。
事なきを得てランディは、そっと胸を撫で下ろす。
「そんな約束して大丈夫かい?」
ラパンが剣に目を奪われている合間にルーは、ランディへそっと耳打ちをする。
「無人になったら目立たない所に置いて貰って詰所に鍵を掛けて貰えれば、問題ない。どうせ、祭りの期間中は、持ってなくて良いって言われてるから。保管している場所が違うだけで普段の管理と何ら変わりないもん」
壁に立て掛けられている警棒を指差しながらどうと言う事は無いと、肩を竦めるランディ。祭りの期間中、雰囲気を壊さぬ配慮として武器の携帯は、許されていない。辛うじて備品の警棒だけ念の為、携帯するようにとブランから言いつけられているのだ。
「君の大切なものだろう? 万が一にも盗まれでもしたら……」
「まあ。師匠からの頂きものだけど、無くなったら仕方がないよ。師匠も盗まれたって言えば、許してくれるから大丈夫。貰ったものは、形に残るものだけじゃないから。それを忘れていなければ、問題ない」
ランディは、胸を張って得意げな顔をする。それでも納得が行かないルーは、更に問う。
「随分とぞんざいな扱い。一緒に苦難を乗り越えて来た相棒に思い入れはないのかい?」
「あるけど……所詮は、物だから。何時か壊れる。ましてや、使い時が無くなったら傍らにあっても錆つかせるだけ。極論を言えば、必要な時が来ても代わりは、幾らでも手に入るし」
そう言うと、ランディは、目尻に涙を浮かべて大きな欠伸を一つ。
「随分と自信家だね」
「下手の道具立てじゃああるまいし。ある程度、手入れさえしてあれば、どれ使っても問題ないって状態に自分を持って行く方が最善でしょ? 寧ろ、これさえあれば、勝てるって変な過信の方が命取りだから。だって必ず、手元にある訳がないし。目の前で事が動き始めたのなら取りに行かなくちゃ何て悠長な事も言ってらんない。何か、これも誰かに似たような事を言った気がするなあ……」
「まあ、常に万全な状態であろうと意識して即応性や汎用性に特化した方が隙は無いね。体一つで何でも出来れば。その潔さは、嫌いじゃない」
「お褒めに預かり、光栄だよ」
割り切ったランディの考え方にルーは、感心する。執着心や思い入れもあって然るべき。けれど、ランディにとって本質は、それではない。あくまでも拘るのは、己自身。その持論は、揺るがない。
「逆にさっきも言ったけど。出番も無いまま、こいつを少しずつ腐らせて行くのが可哀想でね……本当ならもっと使う人に譲るべきだろう。欲しがる人が居るかどうかは別として」
複雑な表情を浮かべて剣を見つめるランディ。平和な環境が悪い訳ではない。だが、道具の本分を考えるならば、使われる環境に置いてやりたいと思うのも致し方が無い。存在の理由を否定され、時の流れに身を任せるのみ。少しずつ朽ちて行くのを座して待つだけ。勿論、そんな感傷だけで騒乱を起こす心算は、ランディも毛頭ない。
「君がひと暴れするのには、この町が些か静か過ぎるって? ラパン……学びたまえ。これが危ない香りで巷の女の子を拐かす漁色家って奴だ。言葉一つで相手を簡単に参らせてしまう厄介な輩で揉め事の種だ」
物憂げに煙草の火を付けながら恰好を付けるランディ。そんなランディを見てルーは、にやりと笑い、蚊帳の外だったラパンを抱き込んで挑発する。
「君の煽りには、際限がないね。称賛に値するよ」
「なるほど……ルー君。訳が分からないけど、とても勉強になったんだも」
「ううん……君も本気にしない」
ランディは、苦し紛れに軽く咳払いをして体裁を保とうとする。
「話を戻すけど……これで制服の問題は、解決したね。後は、他にあるのかい?」
「これと言っては……ああ、そうだった。一番重要な事を忘れてた。僕らだけだと手が回らない可能性があるから補佐役で何人か、人を回して貰えるらしい。僕らが呼ばれた時の留守番や応援を呼ぶ為の伝達役をお願い出来るって。誰が来るとか詳細は教えてくれなかったけど、ブランさん曰く、とても頼もしい助太刀らしい」
苦笑いで追加された事項を説明するルー。ランディは、ブランの提案である事に引っ掛かりを覚えた。何故なら先日の件も含めて煮え湯を飲まされる出来事が多いからだ。反面、先見の明があり、救われる事もあるが、その有難みを感じるよりも恨みの方が強い。
「全くもってアテにならないなあ……寧ろ、不安要素が増えるばかりだ」
「僕も同感だよ。血の気の多い爺様やおじ様たちだった場合……問題が起きれば、僕らを置いて勝手に飛び出して行っちゃうね。他の人達も諸々の事由により……説明は、以下省略。適任者は、そんなに多くは居ないと思う」
「俺は、もっとタチの悪い冗談をねじ込んでくるんじゃないかって想像してるよ。ペーニュとか、ベル、ルージュを始めとした町の子供達も在り得る」




