第肆章 心の拠り所 1P
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祭り前日。ランディは、ルーとラパンの三人で詰所に集い、最終調整を行っていた。事前に大枠の取り決めも擦り合わせが終わっており、少人数での活動が殆どなので取り立てて話し合う必要はない。何しろ、主な業務は、この詰所で駐在している事。あくまでも消極的な対応のみ。警備態勢を整えていると対外的に知らしめる事こそが、真の意図である。
突発的な揉め事ばかりは、事前に防ぎきれないが、組織的な犯罪や大きな事件に訪れる人々や町の住人が巻き込まれぬよう、安心して三日間を過ごして貰う為の保険と言っても過言ではない。そう言った意味では、既にランディ達は、役割を全うしている。逆説的に言えば、憲兵などの専業による厳格な警備ではなく、地縁団体の社会奉仕活動の延長線上にある緩い監視なので彼是、過大な期待されても困るのが実情。
こうして前日に集まった理由も互いの意識を高め合う決起会に等しい。
「さて。僕からの説明は、これでおしまいだけど……ランディ、聞いて無かっただろう?」
「えっ―― 申し訳ない。きちんと頭には、入ってるよ」
「ぼっーとされてたら不安になる。君が要なんだからしっかりしてくれないと」
「ごめん」
仕事着の上から自警団のコートを羽織ったルーは、手に持って居る紙束で机を叩き、憤慨する。一方、コートを肩掛け代わりにしながら普段着姿で机に肘をついて上の空のランディは、姿勢を正してルーに謝った。そして徐に机の上に置いてある自分用の珈琲に手を伸ばすランディ。気が抜けきったランディを見てルーは思わず、目頭をおさえる。一人だけ白いシャツと茶色のパンツを来たラパンは、二人の顔を交互に見つめる。
「疲れてるんだな、ランディさん」
「大丈夫、昨日の夜もぐっすり寝てるし」
ラパンの指摘を受けて否定するもランディの目の下には、隈がうっすらと浮いている。正直に言えば、此処の所、睡眠も満足にとれておらず、誰の目にも疲れの色が見えた。それでも決して本人は、認めようとしない。毎度の事なので誰も敢えて触れようとしない。しかし、明日からの活動に支障が出るのでルーやラパンは、一刻も早く本調子に戻って欲しかった。
「まあ、さっきまでの話は、事前に君へも説明してたから良いけどね。此処からは、比較的、重要な話だからしっかりと聞いてくれたまえ。恋煩いに勤しむ暇なんて僕は、与えないよ」
「藪から棒に恋煩いって―― 生憎だけど、相手がいないね」
「はいはい。見苦しい言い訳は、聞き飽きた」
ランディの悩みの種など、ルーの知る所ではない。顔には、出さないがルー自身も緊張と仕事の疲れで構っている余裕もない。
「先ずは、時間の割り振りだけど。ラパンの仕事があるから配慮として三日間全て、昼下がりから一刻半。全部固定で。その他の空いている時間は、僕とランディで割り振った」
「恩に着るよ、本当は忙しいのに」
「これくらい、お安い御用なんだも。父さんにも母さんも良いって言ってたん」
「まあ、本当に忙しい時間帯は外したから。不都合は、ないと思う」
改めてランディは、ラパンの協力に感謝する。お蔭でルーと交代制で人員を賄う最悪の事態は避けられた。当初は、楽観視していた二人も思っていた以上に時間的な余裕がない事が分かり、頭が上がらない。もし助力がなければ、祭りを楽しむのは、夢の話になっていた。
「それで僕らの割り振りだけど。君と予定を擦り合わせた結果。初日が全部、ランディ。二日目は、僕。三日目は、午前中がランディ。午後は、僕の担当」
「それに関しては、異存ないよ。きちんと親孝行に励んでくれたまえ」
「あくまでも平等に割り振っているからね。寧ろ、暇を持て余してるなら代わってくれても僕は、一向に構わないさ」
「意地でも忙しくするから大丈夫」
「そう言うと思った」
一度、手にした権利を易々と手放す訳がない。例え、有意義に過ごせずとも自由と言う甘美な香りがする菓子を取り上げられては、溜まらない。意固地になって首を横に振るランディを見てルーは笑いながら話を続ける。
「次の話に移ろう。非番の時だけど、基本的には制服の着用をお願いしたいって。これはブランさんから。何か揉め事があったら誰でも声を掛けやすい状態が望ましいって」
「それは仕方ないね。詰所よりも近くに誰か居たらそっちの方が皆、楽だもん」
致し方がないとランディも頷く。実際、理に適った要請であり、面倒事は、構えていようがいまいが、勝手に転がって来る。ならば、割り切って行動した方が幾分か楽である。
それよりも潜在的な問題がランディとルーの前には、転がって居た。
「……僕、制服持ってないんだな」
眉間に皺を寄せてぼそりと呟くラパン。途端に詰所内の雲行きが怪しくなる。
「うーん。ごめん、準備が間に合わなかった。次の祭事までには、用意するよ」
「そんな簡単に終わらせないで欲しいんだなっ! 何か手は、無いんだも?」
端的にさらっと説明してもラパンが納得する訳もなく。不機嫌になって駄々を捏ね始めるラパン。恐らく、どれだけ説得してもこの不満は、治まらない。ルーは、うんざりした顔で単刀直入に現実を叩きつける。
「申し訳ないけど……ラパンの制服、暫くない」
「なんでなんだなっ! 僕も一応、人員なんだも」
「ぶっちゃけた話をするね。自警団の制服、大きさ一つだけなの。僕も肩幅と袖丈が地味に余ってるし。確か……ランディは、袖丈だけが短かったよね」
「そうだね。他は、ぴったりなんだけど」
「と言った具合でそれぞれが不便さを抱えてる訳なんだけど……君の体格は何せ、規格外。後、二着同じものが予備であるけど、君に合うのがない。つまり、君が着られるコートは、採寸して貰って特注しなきゃいけないのだよ。だけど、自警団が使える予算は現在、検討中。正式に決まってからじゃないと、ブランさんに現物支給のお願いもし辛い」
ルーは取るに足らない自警団の侘しい財布事情をぬけぬけとのたまう。本来ならば、その予算は、簡単に出ていた筈なのだが、下らない騒動の所為で難航している事は、伏せて。
「なんて事なんだな……この大きな体があだとなるとは」
無情な現実を知り、目を見開いて絶望するラパン。その様を見て額に手を当てるランディ。
まさか、些細な事で此処まで揉めるとは、思ってもみなかった。
「だから君には、腕章だけ付けて貰う。まあ、見習いの扱いだからね。このコートは、正式な団員になったらって事で勘弁して欲しいな」
「黒一色だから地味だし、あんまり恰好が良いもんじゃないから……」
あくまでも強硬な姿勢を崩さず。また、諸悪の根源であるにも関わらず。悪びれる事もなく、ラパンの望みを挫きにかかるルー。 一方、一人の無垢な青年をがっかりさせてしまい、心苦しいランディは、苦し紛れの言い訳をした。
「格好が良いんだな! 僕も入ったからには着られると思って期待してたんっ!」
並々ならぬ熱意が籠ったラパンは、ランディの肩を掴み、揺さぶり始める。
されるがまま、目を瞑って腕を組みながら揺さぶられ続けるランディ。
「そっ、そこまで君が情熱を傾けるほどもんじゃないよ。あ―― ちょっと、気持ち悪い……生地が暑いからこれからの時期は、鬱陶しいし……そろそろ、止めて。寧ろ、腕章だけの方が格好良いと思う。おまけに着こなせてるのは、ルーだけ」
「文句を言っててもランディさん! その嫌々ですって感じが堂に入ってて憧れるんだも」
「ラパン、ちょっとだけ待ちたまえ」




