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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅳ巻 第傪章 ケーキと狼の王
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第傪章 ケーキと狼の王 12P

「町も凄く盛り上がってて……皆、楽しそうだった」


 関連して思い出したのは、ここ一か月、眺め続けた町の活気。何時にもまして和気藹々と楽しげに盛り上がる町民たち。誰も彼もが様々な感情の色を見せ、たった三日間の為に全力を注ぐその姿勢に憧れた。触れれば、火傷をしてしまいそうな熱意。全てが新鮮で何処か懐かしさを胸に抱かせる不思議な感覚。ランディは、人の熱に焦がれていた。


「皆、楽しそうだった」


 そう呟いた瞬間に瞳から自然と零れる涙。悲しくない筈なのに止めどなく流れる涙に戸惑うランディ。必死に服の袖で目元を拭うも一向に止まる気配を見せない。侘びしさと寂しさで胸がいっぱいになり、心が悲鳴を上げていた。


「可笑しいな。今まで実家が恋しくなる事何て無かったのに」


 望郷に馳せる思いが掻き立てるのか。それとも。内なる恐怖が成せる言い知れぬ不安から来るものなのか。今のランディには、分からない。けれども孤独に苛まれている事だけは、嫌でも分かる。自分がこの町にとって何者でもない事が只々、辛かった、苦しかった。


『ソネットに会いたい』


 心に映し出されるのは、遠い故郷と其処に残して来た想い人達。本来、己が帰るべき、心の拠り所だ。そして、その中でも特に幼馴染への強い思いがランディを突き動かす。


『さびしい? なら……わたしがとなりにいるからだいじょうぶね』


 在りし日の幼い自分を支えてくれた幼馴染のぼんやりとした面影だけが、今のランディにとって唯一の慰めであった。自分が如何に恵まれていたか。気付けば、隣に何時もあった温もりの大切さを思い知る。やっと、己と向き合う時間が取れ、少しずつ詳らかになる心の揺らぎ。尤も奥深くにあったささやかな望み。けれど、どれだけ願って叶わぬ望みだ。その焦がれが不満に変異し、心で暴れ出す。醜い欲望が顔を擡げ、居ても立っても居られず、ランディは、唐突に林道を駈け出した。


「何だか、全部が嫌になって来た……」


 その気持ちを消し去ろうと思考の停止を試みたが救いを求めるあまり、これまで紡いで来た軌跡の回顧に戻ってしまう。記憶の頁を捲る度に様々な自分が通り過ぎて行く。それは、辛い記憶の断片も例外ではない。封印していた記憶が鮮明に蘇る。赤い水たまりと沢山の硝煙が立ち上る悲惨な光景。土の臭いに交じって鼻を突く鉄臭さ。度重なる炸裂音と人の悲鳴。人を切った手応え。息遣いで吸い込んだ戦場の淀んだ空気の味。結果、一番触れてはならないものに触れ、形のない漠然とした不安が脳裏に過ぎる。


『何処にも自分の居場所が無いのでは?』と言う詰まらない疑問が。引き金は、灰狼との再会だ。恐らく、これから先の未来、今日の様に否応なしに自分の過去と向き合う時も来るだろう。その時、自分がどうなっているか。怒り狂い、屍の山を築く自分。狂気に支配され、不気味に佇む真っ暗な自分。茫然自失となり、涙を流しながら笑う自分。ちっぽけな幸せを手に入れる未来すら想像が出来ない。  


 穏やかな茶色の瞳は、いつの間にか真っ赤に染まり、闇夜の中で動く度に怪しげな残光をひいて行く。


「駄目だ……落ち着こう」


 木に寄り掛かって必死に心を落ち着けようとするも好転の兆しが一向に見えない。何時ぞやの恐怖がランディを襲う。真っ白な心の中で過去に苛まれながら立ちすくむランディに今度は、瞳のある個所にぽっかりと黒い穴の空いた灰色の亡者が足元の陰へ引き込もうと、手を伸ばして足首を掴んで来る。時間が経つ毎にその亡者達は増え、仲間の背を伝って段々と上の箇所を掴んでランディを暗闇に誘う。その亡者の一体、一体がランディの重ねた後悔だ。少しずつ、陰へと沈んで行く中で耐えきれなくなったランディは、うめき声をあげ、手を顔で覆いながら歩き続ける。何処へ向かっているかも分からずに。


「うっ……ああああ」


 突発的な心的外傷に憔悴しきったランディ。現実と記憶の境界が曖昧になり、まるで時の流れが止まったかのように永遠と繰り返す悪夢。首まで陰にどっぷりと浸かり、もう全てが終わりを迎えようとしたその瞬間。一筋の光がランディへ差し込んだ。


「ランディ! ランディ!」


「フッ―― フルール?」


 気付けば、ランディは町の門まで辿り着いていた。甲高い声に導かれて正気を取り戻し、瞳の色も元に戻る。顔を覆っていた両手を退けると目の前には血相をかえたフルールの姿が。ランディの袖を両手で掴み、顔色を窺うフルール。視界の全てが大写しのフルールで満たされ、ランディは思わず仰け反った。


「やあ。仕事、お疲れ様。休憩かい?」


 無理矢理笑顔を貼り付け、震える声で労うのがランディには精一杯。そんなランディをお構いなしにじっと光を失ったランディの瞳を見つめ続けるフルール。その吸い込まれそうな程、大きな自分と同じ茶色の瞳にランディは、魅入られる。


「あたしの事は、どうでも良い。顔色が可笑しい。何があったの?」


「いや、何もないよ……いつも通り、元気さ」


 その真剣な眼差しに見つめられてしどろもどろになる。


「何かあったんでしょ? 言いなさい。元気な時に元気なんて言ったためしないでしょ?」

「大丈夫。多分、疲れが出てるだけだよ。遠出したから」


 痛い所をつかれて咄嗟に言い訳をするランディ。しかし、フルールにはそんなものは通用しない。デカレの事件と同じで全てを見透かされていた。最早、言い逃れは出来ない。


 それでも最後の意地がランディを許さない。此処で頽れてしまったら二度と立ち上がれなくなると、弱い自分が叫ぶ。一度、動き出した時は止まらない。同様に積み重ねられた自分も否定出来ない。ちょっとした強がりが沢山積み上がって出来たランディには、選択肢がないのだ。否定してしまえば、己が矜持もなくなってしまう。そうなれば、只の生ける屍だ。


 それに加えて今更、話そうにも実情は過去の出来事が一緒くたになってその時の感情と感覚が記憶の断片として色濃く残っているのみ。押し殺し続けた結果、解き放とうにも言葉にならない。言葉が見つからない。


「そんなんじゃない。目が怯えてる。何時ものランディだったら放っておくわ。でも今のランディは、駄目。見過ごせない。そのままにしたらまた大変な事になる」


「……」


 フルールにまくしたてられ、怒りを募らせるランディ。自然と握り絞められる拳。唇を噛み締めて堪えようとするも止まらない。自分を思って心配してくれている筈なのに思いの全てが心に突き刺さる。本当は、一番欲しがっていたものだったのに。いざ、目の前にするとどうして人は、こうも尻込みをしてしまうのか。


「分かった、話したくないんだったら。それでも良い。でも、あたしんちに来てお茶を……」


「……分かった様な口を利かないでくれ!」


「っ――」


 こらえきれなくなり、ランディは俯いて叫んだ。その後、直ぐ自分が犯した過ちに居づいて冷静さを取り戻す。この拒絶は、デカレの時と同じ事を繰り返してしまう。二度と間違ってはならない人の心を傷つける過ちだ。これは、本心から求める結果ではない。


「ごめん、駄目だ。本当に駄目だ。思ってもない事が勝手に口をついて出て来る」


 怯えるフルールを前にランディは、謝罪する。


「今の俺は、人を傷つける。君を隣に置きたくない」


 額に手を当ててランディは、弱音を漏らした。

 そんなランディに恐る恐る右手を差し出して頬に当てるフルール。


「……独りで足掻けるの?」


 困ったような笑顔を浮かべ、ゆっくりと愛しむように撫でながらフルールは問う。温かい熱に癒されたランディは、己の左手でフルールの右手を優しく包み込んだ。空っぽになっていた心が少しずつ満たされて行くのをランディは感じた。

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