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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅳ巻 第傪章 ケーキと狼の王
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第傪章 ケーキと狼の王 5P

「勿論、君たちがこの場で派手な喧嘩をする事も素晴らしいと僕は、思う。だって、自分の思いの丈を全力でぶつけられる友人が居るって滅多にないから。でも、その所為で傷つけ合って仲違いは、宜しくない。きちんと、留まる所を弁えないとね。ランディ、ルー君は、君が憎くてあの事を引っ張り出した訳じゃない。君が正しいと思っているから出来ない自分の代わりに色んな事を変えて欲しいんだ。君には、期待を寄せているんだよ。逆にルー君。君は、きちんと気高い理性を兼ね備えている。理性に理解がなければ、抑止力何て言葉は、出ないよ。それに天邪鬼を演じつつも結果、人助けに貢献しているからね。ランディは、君が隠して大切に守り続ける自分より優れた原動力を否定して欲しくないんだ」


 きちんと、二人の立場を理解しているブランの言葉は、穏やかさの中にも確固たる揺るぎない強い力が感じられた。また、言外に存在するランディとルーの思いを汲み取って正確に伝える手腕は、見事であった。今の未熟な二人には、ブランを超える意思や技量も持ち合せていない。逆に言えば、二人にとって良い学びの場であったかもしれない。


「互いに尊重し合っているから。ぶつかり合っているんだよ。こう言えば、とても素晴らしいものに聞えて来ないか? それを踏まえて次の機会に話をしてみなさい。相手をよく観察してきちんと立場や物事の本質を把握した上でね。一先ず、此処では握手だ」


 渋々ながら互いに手を差し出し、この場での揉め事は、一時停戦となる。握手を見届けた後、ブランは窓辺からさっきまで座っていた長椅子の方へ戻り、勢いよく座ると、胸元からパイプを取り出し、煙草の葉を詰め、火を付けて一服。パイプを一頻りふかして満足したブランは、次に葡萄酒で喉を潤す。


「それにしても……君たちは、失礼だな! 僕と言う立派な立場の人間が居合わせながら……のけ者にして。気まずいじゃあないかっ! 若者ならもっと、夢のある愉快な話をしなさい。例えば、あの日の腕相撲の勝者には、素晴らしい賞品が与えられたとか!」


 そう言うと、ブランは、葡萄酒を楽しみながら右の手を唇に当て軽い音を立てた。


「なっ! 何でそんな事まで!」


「オウルさんがあまりにも素っ気なく、飲んだって話しかして来ないから。彼是、ほじくり返して見れば……シトロンのご褒美何て、そうあったもんじゃない」


「何だい? あれだけ、女の子の扱いは、慣れていない素振りを見せといて」


「実際の所、一番に偶さかの逢瀬を楽しんでいるのは、ランディだったってね。これこそ、まさに身も蓋もない話だ。余計、僕が惨めな気持ちになるよ」


 顔から火が出る思いをしたランディは、両手に顔を埋める。実情を知って居るのにも関わらず、わざとらしく話を大きくしてからかうブランとルー。


「御見それしたよ、ランディ」


「いやっ! 違うって。だってあれは、おもちゃにされただけでだよ? 相手にもされていない悲しい道化だ。俺が醜態を晒したの……分かってる癖して」


「寧ろ、それが楽しいんじゃないか。ちょっと色目を使われてからあっという間に袖にされるのが。それに隙を付け込まれたのは、もろに君の失態。僕は、常日頃から君に注意喚起をしていたもの。脇が甘いって」


「ぐぬぬぬ……」


 ぐうの音も出ないランディは、干し肉とつまみに逃げた。目の前にあったサラミにかじりついて黙って口を動かすランディ。口の中で塩気が広がり、それを一気に葡萄酒で流し込む。


「でも、気を付けたまえ? 本当に恐ろしいのは、篤実さが突然、首を擡げた時……誰とは、言わないが、実際に経験した者が此処に居るからね」


 戦線離脱したランディにブランは、ルーを目線に捉えながら意味深長に語るブラン。次にチーズと干し肉を頬張っていたランディは、聞き覚えのある台詞で首を傾げる。一言一句同じではないが、ついさっきも言われたような気がしたのだ。


「えっ……僕ですか、ブランさん? あああ……それは、口外無用と!」


 最初は、身に覚えがなく、固まって居たルーも考えている内に何か思い当り、酒で少し赤らんでいた頬が一瞬にして真っ青になる。様子が可笑しいルーを見てランディは、思い出す。


 ルーからも指摘を受けたのだ。そして、ランディも邪推をしている内に合点がいき、驚く。


「君だけがランディの不甲斐ない話を知って居るのは、不公平だね。何れは、耳に入る事だし。君だって相談相手は、必要な筈だ」


「まさか―― はあああ……俺よりも君の方が余程、タチの悪い。全部、知ってたんだね? サイテーな女誑しだ。しんじらんない」


「今は、やめて欲しい。頼むから……」


 目を細めてランディは、ルーを咎める。ルーは、頭を抱えて消え入るような声でランディに懇願した。通常時の自信満々な態度が消え去り、小さくなるルーを見てランディは、これ以上、追及する事は無かった。


「いざとなれば……町の皆から海千山千と謳われているこの僕が助力するのも吝かではない。大船に乗った心算で頼ってくれ」


 寝言を言うブランを前にランディは、煙草を取り出し、火を付けるとルーにも差し出す。


 二人して同じ様に吸って大きく煙を吐くと踏ん反り返って横柄な態度を取る。


「遠慮しておきます。船酔いしやすいタチなので船に乗れません」


「俺の場合、恥をかいているだけなので困ってはいませんし。ルーを見れば明らかですが、頼らなければ、一時の恥。頼れば、一生の恥となるでしょうね」


「ツレないなあ――」


「満面の笑みを浮かべながら僕らの脛を蹴っておいて……」


「どの口が言いますか」


「無駄に歳を重ねた年長者の特権だね」


 弄ばれて憤慨する若人を前にせせら笑う余裕綽々のブラン。


 終始、大人の余裕を見せつけられる二人であった。


                *


 結局の所、三人の酒盛りは、深夜に差し掛かるまで続いた。机の上にあった食料は粗方、食べつくされ、床には、葡萄酒の他に途中で買い足した空の酒瓶が幾つか転がっている。ランディは、椅子の背凭れを前にして寄り掛かって眠りこけ、ルーも長椅子で静かに寝息を立てている。そんな中、ブランは一人、隠し持っていたウヰスキー入りのスキットルを片手に静かな夜をゆったりと楽しんでいた。


「はてさて、最近の若者は……だらしがない」


 ぼやきながらも潰れた二人を見つめるブランの表情は、穏やかで安らぎに満ちていた。時折、揺らめく仄かな燭光と窓から入り込む風の調べは、酒のあてに丁度良い。そんな趣き深い雰囲気が漂う中。突如として詰所の扉が開き、優雅な時間は、終わりを迎える。


「なんとまあ……ノックもせずに。そろそろ、いらっしゃる頃合いだとは思っていましたが」


 不躾な侵入者が襲来してもブランの落ち着き払った顔に変化はない。


「掃除だけの筈なのに何時までも帰って来ないから様子を見に来てみれば……」


「レザンさん。我々が想像していた事態よりも数倍は、マシでしょう」


「やあ、レザンさんにオウルさん。夜分遅くにご足労どうも。随分と過保護ですね。僕がきちんとお目付け役を買って出ているから問題ありません。どんな事態を想像していたかは知らないけどさ。取り敢えず、入って下さい」


「ランディもルーも多少の御ふざけはあっても最低限の思慮分別は、弁えている。監督役が焚き付ける側の人間だから問題視しているのだ。勘違いするな」


「レザンさんがおっしゃる通り。普段の言動から信用に値しない。唯でさえ、祭りの準備で誰もかれもが落ち着かない時期に……問題が起きれば、祭りどころの騒ぎでなくなる」


「これは、手厳しい」

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