第貳章 双子からの依頼 10P
「なんならへそを曲げてくれたほうが良かったかも。ちゃばんだと分かっててもおだてて、ごまをすったりするもん。その方が、こうがくのためになる」
「なるほど、こうやってこの町の女の子は、強かに育って行くんだね。とっても良い仕組みだ。でも、君たちには、まだ早い。後、五年経ったら覚えなさい」
目を輝かせながら思っていたよりも百八十度方向が違う返答をするルージュにランディは、肩を落とす。御転婆娘を前に手を拱くその様は、何とも情けない。
「わたしは……ひねくれるランディさんのほうが良かったです」
「これまた、けったいなものを所望するね……面白くも何ともないよ?」
「そしたらユンヌねえみたく、あたまをなでたいなって」
「確かにあれはズルい。あんな事をされたら誰でも言う事を聞くね。でも、それもまだ早い。素直に協力するって俺が言ってるんだから大人しく納得して……お願いだから」
便乗してヴェールまで恥ずかしそうに乗って来る。勿論、ランディも大人気なく怒る訳でもない。所詮は、児戯。構って欲しくて悪戯をしているだけなのだから。
「つまんないの」
からかわれてばかりで本題が進まない。無理やりに話を遮ってランディは舵を切る。
「散々、からかっているんだから。十分に楽しめただろう? これじゃあ、本題から遠のいてくばっかりだ。ケーキの話に戻そう。そう言えば、どんなのを作ろうとか考えてる?」
「それが……」
「まっさらなんだよね」
「おうっ……いきなり、暗礁に乗り上げてるって……とっても楽しそうじゃないか」
「やっぱり、ランディさんって――」
「もう、その繰り返しはやらないからね」
始まりから頓挫している計画にランディは頭を抱える。されど、最初から何も決まって居ないのならば、舵取りは楽だ。寧ろ、拘りが強く素人では到底、出来ない様な無理難題を吹っ掛けられるよりも御しやすい。明らかに実現不可能な個所があれば、その都度、指摘して修正をかければ、途中で投げ出す最悪な結果は免れるだろう。
「さて、どうしたものか」
「さいこーのものをしょもうする」
「所望されてもなあ……始めからまっさらだし」
「ルジュ、わたしたちも考えるのよ」
「取り敢えず、フルールに相談してみよう? 馬は馬方だ」
そもそも此処に集まっている三人には、技能面において圧倒的な障害がある。その障害を乗り越えるには、その道に精通している者を頼るのが一番。身近な人物でランディが思いつくのは、フルール以外居ない。彼是、文句を言われ、多少の犠牲を払う可能性は高いけれども豊富な知識を前にすれば、挑む価値はある。若しくは、始めから自尊心も何もかも全てをかなぐり捨てて三人揃って泣き落としにかかった方が早いかもしれない。
「ウマ? フルールねえってウマ飼ってた? というか、ケーキに馬はかんけーないでしょ。ランディさん、まだボケるには、早いよ」
「いや。例えだよ、例え。その道の達人に聞いてみようって事。菓子パンにも詳しいフルールに聞けば、直ぐに解決するさ」
「なら、さいしょからそう言ってよ。わたしがバカみたいじゃん?」
「ルジュ、それ以上言うのは、はじのうわぬりってやつ。もちろん、わたしは知ってました」
「はいはい。ベルは、おりこうさん、おりこうさん」
所々で脱線する会話に先が思いやられるランディ。しかし過程に楽しみがなければ、恐らく結果には繋がらない。この下らない会議も実は、隠し味の一つだ。極論を言えば、見栄えや味は二の次でも構わない。二人がブランへ思いを込めて仲良く作る事に意味がある。ランディもそれは、分かって居るので時間が許す限り、好きなようにやらせている。
あれやこれやと仲良く騒ぐ双子を前にランディは、人知れず微笑む。
「さてと、フルールの所へ行く前にどんなブランさんが好きなものとか、分かるかい?」
「おとーさん、野いちごがすきなんだ」
「後は、クリームもすきですね」
「クリームは、何とか手に入るけど……野いちごか」
「今のじきだとむずかしいよね」
「採れ始めるのが、六の月だからね。今なら、辛うじて赤いのは、なっているかも。橙色の奴は、望み薄だ。他にはないかい? どんな事でもヒントになる筈だ」
「ほかには……はちみつづけのくだものもすきですね」
「そっちの方がまだ、手に入れやすいよ。値が張るかもだけど」
「はちみつづけのくだものならうちにもあるからダイジョウブ」
少しずつ足元を固め、ランディは課題を一つずつ潰して行く。話疲れた双子は、紅茶で喉を潤す。気付けば、ヴェールの太腿から猫も居なくなっていた。
「よし……なら、今日の仕事が終わってからフルールに話を聞いて作りやすいケーキを教えて貰おう。後日、野いちごを駄目もとで探しに行って無かったら蜂蜜漬けの果物に頼る」
「そうだね、それがよいかも」
漸く、計画も定まって何をするべきか見えて来る。
「でも……」
「どうしたんだい? ベル、遠慮せずに言ってごらん」
何やら、言い出し辛い事があり、ヴェールが落ち着かなくなる。憂いがあるならば、最初の方に取り除いた方が後の為。話を引き出すべく、穏やかな声色でランディは、尋ねた。
「ランディさん……わたし、がんばっておいしいケーキを作りたいんですっ!」
「なるほど、それでそれで?」
「どんな事にもかくしあじってありますよね? せっかく、一から二人で作るならおとーさんが食べた時、びっくりしてほしいなって」
「ああ、一工夫をしたいのか……それは難しいね」
「やっぱりそうですよね」
右手で前髪を弄りながら巡らせるランディを前に不安気なヴェール。へそ曲がりな所があっても前向きな意見には直ぐに食いつくルージュでさえ、これには難色を示す。唸る二人を交互に余計な事を言ってしまったとヴェールが思い始めた所でランディが口を開く。
「まあ、時間は作れるから色んな人に聞いてみよう。アンさんとか、ラパンの所で聞くのもアリだね。何にせよ……町には主婦に限らず、料理の達人が沢山、いらっしゃるから秘訣は、手分けして聞き込みだ。必ず、何か興味深い方法があるよ」
「たりないことは、あしでかせぎましょう!」
頼りない返事であっても自分の意見が聞き入れられてヴェールは喜んだ。両手を強く握り絞めて拳を作り、やる気を漲らせるヴェールを見て苦笑いを浮かべるランディ。
「そうさ。俺たちには知恵がないけど。有り余る体力がある。と言うか、それしかない……」
「たよりがいがあるのか、ないのか。わからないや」
「悪い事は起きないから望み薄でもやれるだけやってみよう? 本当なら俺に助言が出来れば、良いんだけど……凝った繊細な料理は、専門外だからなあ―― 特に菓子類。大雑把な料理は、出来るけど」
「これからはできるおとこにならないと。いつかぜったいに来るよ? おとこのひとは、そとで仕事、おんなのひとは家事なんて古いって言われる日がね」
少々、見切り発車気味の状況にルージュは、ランディをじっとりとした視線を向ける。
ルージュの追及にランディは、何処吹く風で誤魔化す。
「そんな時代が来る頃には、流石に俺も生きてないよ。まあ、個人的な見解としては、得意な人がやれば良いと思ってるさ。現にうちは、男所帯でも何とかやってるし」
「今、うまくまとめたとおもってる?」
「もう、自分で褒めてあげたいくらいだね」
「ふふっ……ランディさんが良いなら良いと思う。もう、かっこよくてしびれちゃうね」
「はいはい、君達には敵わないさ」
思いもよらぬ双子の依頼により、祭りを前に沸き立つ町の様相にあてられ、浮き足立っていたランディは、落ち着きを取り戻す。されど、気付かぬ間に心の中で少しずつ育っていた形の無い焦がれまでは、歯止めが利かなかった。




