第貳章 双子からの依頼 6P
「じゃん、じゃん飲んで! 何なら今日は、相席させて貰っちゃおうかな? なんてね」
薄く紅をさした唇に人差し指を当てながらシトロンの思わせぶりな発言をする。
ランディにとっては、好都合な話である。少しずつ打ち解け始めているとは言え、内心では助っ人を今も絶賛、募集していた。町の情報通で愛嬌があって空気も読め、歯に衣着せぬ発言が売りのシトロンであれば、申し分ない。
「仕事は、良いのか?」
「雨でこのお客さんの入りだったら私が居なくても大丈夫。元々、祭りの前は、お客さんが少ないだけどね。祭りの準備で忙しくって休みが少なくなってるから父さんも母さんも許してくれるよ。それに姉さん達も居るから問題なし。何て言ったってあのオウルさんが珍しく来ているんだもん! 寧ろ、お酌して来いって言われるよ」
オウルの問いに軽く胸を拳で叩き、茶目っ気たっぷりに意気揚々と答えるシトロン。
「少し財布の中身を心配せねばならんな。勿論、来るものは拒まずと言うのが、私の流儀。親御さんが許してくれたなら来なさい。一輪の花が添えられれば。さぞ、華やぐ事だろう」
「やったあ! 直ぐに来ますから宜しくどうぞ」
瞳を輝かせるシトロンは、顔の前で手を合わせ喜ぶ。そのまま、厨房へとあっという間に戻って行った。ランディとオウルは、二人で顔を見合わせ、苦笑いを交わす。
「そう言えば、夕食は大丈夫ですか? 奥様にはお断りを?」
「勿論、抜かりない。此処へ来る前に妻には伝えている。久々に夕暮れ時で仕事が終わったから飲んでくると。君をダシに使わせて貰ったが。今頃、ルーと二人で夕食を取っている」
「流石ですね」
「そうしなければ、叱られてしまうからな。君も所帯を持ったら気を付けなさい。日々の小さな積み重ねが全てだ。信頼とは、其処から生まれる」
「格言ですね。勉強になります」
待って居る間、下らない世間話に花を咲かせていると、服を着替えたシトロンが両手に麦酒のジョッキを抱え、此方へ向かって来るのが見えた。さして時間は経っていないのだが、既に仕事着から部屋着と思われる細身のワンピースとゆったりとした毛糸で出来た白いカーディガンに着替えていた。
「お待たせしました。お許し、貰って来たよ! さあ、飲むぞっー」
「わざわざ、着替えて来たのかい?」
「もちろんっ! 仕事の服、コルセットがキツいんだもん」
「綺麗に着飾るのは、大変だよね」
空いていた席に腰掛けるシトロンをランディは労う。午前中の配達で苦労話を聞かされれば、誰でも言葉にするだろう。時に提供する飲食物よりも知識や接客、容姿などにおいて様々な価値を見出され、その期待に答えねばならぬ業界であれば猶更の事。その上で自分の持ち味を重ねる彼女の苦労は、途方もない筈だ。
「私は、好きでやってるから。偶に面倒臭くなるけど、どんな事でも褒められるのって嬉しいでしょ? 後は、得する事も多いし。売り上げにも地味に響くからね」
「頑張り屋なのか、それとも現金な性格と言うべきか……」
「どんな事でも向上心とは、尊いものだ。見習うべきものだろう」
呑気な声で日々の積み重ねや奮闘による労苦をおくびにも出さないシトロン。この席に座っている間も仕事の延長線上であり、客を楽しませる意識は忘れていない。オウルは、その姿勢に感嘆し、目を瞑りながら深々と頷く。
「でしょ、でしょ? オウルさんもやってみます?」
「いや……私の場合は、冗談で済まされない。本当に気が狂ったと思われるだろう」
「ランディくんは?」
「髪を切って男らしさに磨きが掛かったから無理だと思う。それにきっちりやってくれたペーニュにも申し訳ないから遠慮しとく」
「詰まんなーい」
シトロンは、ノリが悪い男二人をじとっとした目で見つめて溜息を吐きながら呟く。仕草も含め、二人して手玉に取られ、シトロンに遊ばれているのだから何とも情けない話だ。きっと内心では、笑われているに違いない。されど、それら全てが可愛らしく、魅力的に見えてしまうのだから敵わない。小さく肩を落とすランディとオウルを見て十分に満足したのか、笑みを零すシトロン。
「……取り敢えず、乾杯だ」
苦し紛れでレザンは、普段なら絶対に成立しない不可思議な集まりを祝う為にジョッキを掲げると、二人も習ってジョッキを持ち、互いに軽く触れ合わせた。
「それにしてもオウルさん、珍しいね。家で飲むのが殆どでしょ? 偶にブランさんとか、偉い人達と軽く顔を出すくらいだから驚いた。しかもランディくんがお供だし」
「此処へ越してから何か、不自由がないかとか、心配して下さって相談に乗って貰ったんだ」
「そりゃあ、若い人がこの町へ越して来ないから。特にブランさんやレザンさんが君の事、気にかけているみたいだし。ランディくん、モテてるね。あんまり、そんな事ないよ?」
シトロンは、頬に手を当てながら思案顔で語る。その何気ない仕草でも店内の照明による絶妙な陰り具合で色っぽく見えてしまう。恐らく、ルーが言っていたのはこの事だろう。そんなシトロンへ瞳が釘付けになりながらやっとの事でランディは口を開く。
「まあ……とてもお世話になってるんだ。それこそ、頭が上がらない。君だって目を掛けてくれるお兄さんやおじ様が沢山居るだろう? それと一緒さ」
「分かってないなあ。誰でも隣の家の芝は、青く見えるもんなの。それに重要なのは、人数じゃなくて肩書き。名前の後ろに付いてくるやつよ? オウルさんは、どうです? 偶には、火中の栗を拾うのも楽しいですよ」
今度は、わざとらしく小首を傾げ、さり気なくオウルへ秋波を送るシトロン。
話を振られ、オウルは傾けていたジョッキの手を止めた。
「折角の誘いだが、私は遠慮しておこう。こう見えて要領が悪い人間だ。同時進行で物事を遂行出来ない性分でな。下手に手を出すと大抵、大失敗で終わるのだ」
「こう見えても何も要領が悪いのは、この町のヒト、全員が知っていますよ。融通が利かないのもね。やってみないと分からないじゃないですか。新しい事にはどんどん挑戦しないと」
「妻で手一杯だ。それに君とは、親と子ほど、年の差が離れている」
「それが良いんでしょ? おじ様達にとっては」
「私をそこら辺の有象無象と一緒にされては困る」
挑戦的な姿勢を崩さず、挑むシトロン。一方、オウルは、何を言われようとも動じず、余裕を絶やさない。寧ろ、雲行きが怪しくなる会話に蚊帳の外にいるランディの方が心穏やかでなくなる程だ。頭上を通り越して交わされる言の葉。先ほどとは、別の意味で冷や汗が絶えないランディの脳裏にルーの格言が嫌でも刺さる。同時に浅はかな嘗ての自分を殴ってやりたくなった。
「唯でさえ、尻に敷かれるばかりの甲斐性なしだからな。君も暇を持て余すに違いない」
「それは、皆一緒。重要なのは、自分が楽しむ事。だから外で作るのよ。馬鹿な事をしていると分かっていても普通の生活から切り離された自由を求めてね」
「シトロン、もうやめよう。最早、誘いではなく、議論だ。それに君は、既にオウルさんの手の中。素直に白旗を上げた方が賢明だよ」
これ以上、話しても平行線を辿るしかないと直感で察し、静観していたランディが反射的に口を挟む。
「だから悔しくて噛みついてるんでしょ? わざと、遜って小娘扱いだもん。ずっこいんだ」
「率直に言えば、倫理観に勝るものはない。それに勝るのは、掻き立てられた想いだけ」
「ランディくん、遠回しに私は、魅力が欠けてるって言いたいの?」




