第貳章 双子からの依頼 4P
灸を据えられてランディは、情けなく珈琲を啜るランディ。落ち込むランディを見てフルールまで気まずくなった。そもそも、ランディが悪いのではない。フルールを否定する事なく、不器用なりに全てが丸く収まる手段を考えた結果がこれだ。聞くに堪えない話だが、本質だけに焦点を当てるなら至極、真っ当な事を言っている。
小さく溜息を吐き、フルールは話題を変える事にした。
「……そう言えば、祭りの間はどうするの?」
「俺は、自警団の仕事と見物で忙しい予定」
「レザンさんの所、休みだもんね。呑気で良いご身分だわ」
「君の多忙さには、脱帽だ」
「喧嘩、売ってんの?」
「売ってない、売ってない。心底、同情してるよ」
多忙とは、無縁なランディにフルールは、むっとする。それぞれに事情があり、務めている仕事の特徴によって忙しさは、個々で波がある。ランディが忙しなく仕事に取り組む時期もあれば、その逆も然り。それをフルールは知らない訳がない。されど、心の持ちようの慰めにはならない。狡いと思ってしまうのがヒトの常だ。
「同情するなら形にして欲しいわ」
「出来るならば、そうしたい所だけど。俺には、君を手助け出来る術がないね」
「随分と薄情な事……でもこれまで色んな事に巻き込まれてたから暫くは、大人しくしている事ね。祭りの間、主人公は、あたしたちよ。精々、横で見ていて羨ましがりなさい」
「祭りが盛り上がる様に―― 僭越ながら脇役を務めさせて頂く所存だ」
すっかり不貞腐れたフルール。一方、ランディは、窓辺へと向かい、雨脚を確認しながらわざとらしく遜る。白々しさが目立つものの、ランディの本心から出た言葉だ。ブランの意志を受け取り、自分が仰せつかった役割へ誰よりも真剣に向き合っている。
「自警団の仕事は、見回り?」
「いや、詰所で駐在してるだけだよ?」
「それは、仕事って言わない。本当に甘やかされてるじゃない! 足を動かしなさい、足を」
至れり尽くせりの優遇されたランディに目を見開いてフルールが怒る。少しは、拘束時間があり、忙しく動き回るランディを一目でも見られたのならフルールの溜飲は下がった。されど、詰所で店番をしているだけならば、話は違う。
「君がよく言うじゃないか。買わなくても良い苦労があるって」
慌てて言い訳を口にするも覆水盆に返らず。椅子からすっと立ち上がり、凄まじい剣幕で向かって来るフルール。慌てふためくランディへ詰めるとフルールは、汚れた人差し指を突き立てた。
「それとこれとは、別。今は、単純に道連れにしようと思って言ってるのっ!」
「つくづく、理不尽な話だ……」
「所謂、見解の相違よ」
「俺の真似しないでくれ。しかも私怨が入っている時点で見解もへったくれもない」
「そもそも賢い問答じゃないんだから見解何て曖昧なものよ」
「なら、その本心は?」
「一緒に苦労を分かち合う? 平等性を保つ為? 貴方の好きなのを選んで頂戴。屁理屈もこねくり回して言葉で飾れば、体裁は整うものよ」
「これくらいで勘弁して下さい……」
「今日は、これ位にしてあげる。精々、初めての祭りを楽しむ事ね」
散々、がなりたてて怒りがおさまったフルールは、ゆっくりと画布の前へと戻る。
「さて……無駄話は、充分だわ。そろそろ、行った方が良いわ」
「ありがとう。助かったよ」
「あたしも息抜きになったからお礼は、結構。絵具、ありがとね」
「どういたしまして。ごゆっくり」
珈琲のカップをフルールに手渡してランディは、仕事に戻る。これ以上居座ると、フルールの作業も滞ってしまい、迷惑が掛かる。それにこれから天候が悪化する可能性もあるので早めに配達を終わらせた方が良いに違いない。
「この分だと、今日の雨は町を随分と静かにしてくれそうだ……」
店を出て雨と霧で霞んだ空と、少し物悲しい雰囲気を漂わせる町の景色を眺めながらランディは、呟く。まさかこの後に今の発言とは、百八十度変わった状況に陥るとは、ランディも思っていなかった。
*
『何故、こんな状況に……』
本日の仕事が滞りなく終わった所でランディは、窮地に立たされていた。今、ランディはシトロンの店でオウルと向かい合わせで座っている。窓辺から夕暮れの赤い日の光が差し込む閑散とした店内は、ランタンの淡い明かりが、何とも心地よい雰囲気を醸し出す。目の前には、香しい匂いを漂わせる色とりどりの料理。互いの手には、しっかりと麦酒のジョッキを握られている。状況が違えば、さぞ楽しめたに違いない。珍しく笑みを浮かべるオウルにランディは、背筋を伸ばして冷汗を搔きながら愛想笑いを返すのみ。
「急な誘いに答えてくれてありがとう。以前から君とは、さしで話をしておきたかったのだ」
「いえ、普段からご子息のルー君には、お世話になっておりますので寧ろ、恐縮です」
「面倒を見て貰っているのは、此方の方だ。いつも傲慢無礼な愚息に付き合ってくれて感謝している。是非とも肩の力を抜いてこの場を楽しんでくれたまえ。と言ってもあまり関わりがない私が相手では、難しい願いかもしれんが」
「いえ、そう言う訳では……」
どんなに隠してもぎこちなさが滲み出るランディにオウルは、肩の力を抜けと諭す。
されど、そう簡単に出来るものでもない。何せ、相手はブランの右腕であり、町の一端を取り仕切る重鎮だ。粗相があってはならない緊張感で顔色も青く、酒も喉を通らない。
この席が設けられた発端は、役場へ配達に向かった事から始まる。役場以外は、全ての配達も済んでいつも通り、店に帰るだけだったのだが。その役場でオウルと鉢合わせして飲みに行く運びとなった。ランディは、呼び出された理由が分からず、内心では戦々恐々としている。最近は、お叱りを受ける様な事はしでかしていない。恐らく、オウルが言った通り、ランディと話がしたくて誘って来たのは、間違いない。逆にそれだけしか分からない事がランディに更なる恐怖を掻き立てる。
「私も同じ戸惑いを持っている。正直に言えば、どんな話題をすれば良いか分からない客人との話は、骨が折れるもの。特に君の場合、年上が相手では、粗相がないように。暇をさせないように。酌をして空気を読んで愛想笑い。疲れるものだ。今回は、そう言ったきづかいを一切捨てて欲しい。君が思った事を素直に話して欲しい。あたり触りのない話でも結構」
オウルは、麦酒のジョッキをあおり、喉を潤してからランディへ語り掛けてくれる。
ランディは、右へ倣えの精神で恐る恐る小さくつぼめた口で麦酒を啜った。
「何せ、此方は若者の貴重な時間を貰っている側だ。私も君と同じ年の頃には、熱中するものが沢山あり、友と語り合う飲み以外は、殆ど邪魔以外の何ものでもなかった。特に誘ってやっていると言う面をした高慢な輩との席は、苦痛でしかない。是非とも分かって欲しいのが、私は君との会合を互いに有意義な時間としたい。只、それだけだ」
「はい、分かりましたっ」
普段の厳格なオウルとは、程遠い気さくな雰囲気で少しずつランディの緊張が解されて行く。ランディは、なるべく失礼に当たらない範囲の話題を考えて小さく右手を挙げた。
「あのう、では一つ。質問を宜しいですか?」
「答えられるものなら。どうしても仕事柄、口外出来ない事もあるのでね」
「存じております。私的な質問になってしまいますが、ブランさんとの間柄をお聞きしたくて。上司と部下以上の結びつきがあるご様子だったので以前から気になってました」




