第貳章 双子からの依頼 3P
「今日は、配達です。グレンヌさん。注文の品は、絵の具と書いてありますね。多分、フルールが注文した商品だと思います。受け取りをお願いしても宜しいですか?」
「届けてくれてありがとね。本当に申し訳ないのだけど、あの子の部屋まで届けて貰えないかしら? 私も夫も忙しくて手が離せなくて。お店や厨房に置いておくと、うっかり忘れてしまうから。丁度、部屋で絵を描いているから手渡して欲しいの」
「はい、問題ありません。フルールの部屋は、三階でしたっけ?」
「助かるわ。さあさあ、入って頂戴。階段は、こっち。三階への階段は、ぐるっと回って反対側。あの子の部屋は、階段を上がって直ぐなの。宜しくね」
「分かりました。では、お邪魔します」
二つ返事で了承するランディ。グレンヌは、手招きをしてランディを奥へ通した。軋む窮屈な階段を上って三階まで辿り着いたランディ。フルールの部屋と言われた扉の前まで来る。静かにランディが部屋の扉をノックすると、直ぐに室内から返事が。
「開いてるわ。どうぞ」
「やあ、お疲れ様」
「ランディ……急にどうしたの?」
部屋に入ると、最初にランディを迎えたのは、画材独特の匂い。続いて小奇麗な内装が目に入る。換気で申し訳程度に開けられている窓と風に吹かれてそよぐ日に焼けた小麦色のカーテン、木製の小さなベッド、洋服用の収納棚、大きな姿見、簡素な机の上には、鏡と化粧道具が幾つか。部屋の隅には、画材道具も幾つかある。壁と床は、板張り。一階の店とは違って絵は、一枚も飾られていない。部屋の中心では、大きなランタンに照らされながら長袖のネグリジェの様な服を着たフルールが顔の至る所を木炭で汚しながら画架に固定された画布と睨めっこをしている。同じく真っ黒の右手には、木炭が握られていた。髪も一つに纏めて普段なら見る事がない真剣な表情を浮かべるフルールの邪魔にならぬよう、静かに近寄るランディ。
「君、商品を注文していただろう? 届けに来たのさ」
「ああ、そうだった。忘れてた」
「此処に置いておけば良い?」
「助かる、お願い」
ランディは、配達の品を小奇麗な机の上へ置くと、フルールが同時に金属製の何かを放って寄越して来た。その正体は、カップ。意図が分からず、ランディはカップを眺めていると、フルールは自分の横に置いてある水差しをランディに渡した。
「冷めてるけど。珈琲、あるわ。飲んで行きなさい」
「いや、仕事で忙しいのだけど」
「この時間帯は、どこも忙しいの。誰も相手をしてくれなくて配達するのも一苦労よ。いつもより多いのは……分かるけど。焦りは、禁物」
「なら、助言の通り―― 少しだけゆっくりさせて貰おうかな」
「うーん。この時間帯ならお店とかは、除外ね。普通のお家を狙った方が良い。後もう少ししたらどの家庭の奥様方も一仕事、終わった所よ」
フルールの助言を聞き、ランディは冷めた珈琲をカップに注ぐ。少しの間、雨宿りをさせて貰うのも悪くない。以前、フルールの趣味について話を聞いていたが、目にするのはランディも初めて。どんな作業をしているか、気になっていたので丁度良い機会だった。
「なるほど……それならお店やっている所は、昼頃にお伺いした方が良いかな?」
「そうね、一休みで軽食とお茶の時間。一息、入れてると思う」
「役場とかはどうだろう?」
「終日、息つく暇もないと思う。なんだったら目についた人、誰でも良いから投げつけてやった方がまだマシ。狙い目は、下っ端の若手。ルーとかなら尚の事、よし」
「君の言動には毎度、驚かされるよ」
「どうせ、盥回しされるわ。さっさと用件を澄ました方がお互いの為」
フルールは、画布から目を離すことなく、的確な助言をランディに与える。描いては、手を止め考えて時折、パンでぼかしを付けたり、気に入らない所を消す作業を繰り返している。
「今日は、お休み?」
「そう。母さんと父さんは、仕事してるけど。今日は、絵を描こうって思って一日、蟄居」
「雨だしなあ。それが正解かも」
「どうも雨の日は、外へ出る気が起きないわ」
どの様な絵を描いているのか、気になり、ランディは、フルールの後ろから画布を覗いてみると、何やら建物らしきものが描かれていた。未だ、ぼんやりと位置取りだけで何処の建物か、分からない。屋根の形や正面に配置された十字架で辛うじて宗教建築ではないかと予想がつく。これからどの様な工程を経て完成品となるか、素人のランディには分からない。
「何を描いているの?」
「礼拝堂」
「綺麗になったもんね」
「折角だから残して置くのも悪くないかなって」
見ようによっては、見慣れたあの景色を彷彿させるかもしれないとランディは考え、体勢を変えてあらゆる角度から画布を眺める。騒がしいランディを視界の隅に捉えたフルールは、雰囲気が変わった事に気付く。
「髪、切ったの?」
「うん」
「まあまあってとこね」
「ありがとう」
「調子に乗って悪目立ちしないように」
「気を付けます……」
フルールに窘められてランディは、小さくなる。指摘を受けて昨日の出来事を思い出したのだ。まるで、自分の行動が見透かされているみたいでバツが悪い。何としても知られる訳には行かない。フルールの耳に入れば、それ見た事かと、馬鹿にされるのがオチだ。
「香水もつけてるでしょ?」
「分かる?」
「だって今まで煙草の臭いさせてるか、無臭だったから。思い出した。一、二回くらい濡れた犬みたいな臭いしてた日もあったかな? あの何とも言えない臭い。今でも覚えてる」
「ご指摘どうも……でも出来れば、その日の内に言って欲しかったよ」
「言った所でその場では、どうしようもないでしょ?」
「確かに」
駄目出しをしながら不意に椅子の上で上半身を揺らすフルール。揺れる度に襟元から覗く白い素肌と渓谷にランディの目が奪われる。ごもっともな話だが、今のランディの興味は、別な方向に向かっていた。そうとは知らず、フルールは肩を竦めて話を続ける。
「まあ、過去の事は仕方がないわ。それよりも気にすべきは、先の事よ? これから頑張れば良いの。それにこの町の男のヒトって特に気をつかわないから問題ないんだけどね」
「レザンさんも言ってたね」
「不公平よね。見た目とか気にしろって。口酸っぱく言われるけど、あたしとランディで求められる質が違うのって。毎朝がどんなに大変か。髪の毛とかしてお化粧して服装にも悩んで香水つけて最後に鏡とにらめっこして。つくづく、女って損だわ」
「所謂、見解の相違だね」
「回りくどい言葉で誤魔化さないで」
画布から目を離し、上目遣いでランディをじろりと睨むフルール。珍しく普段、見せる事がないいじらしい一面を見せるフルールを前にランディは、微笑んだ。
「言われなくともきちんと説明するつもりだったさ。聞く側の君とって余計なお世話の注意に聞こえても発言者は、良かれと思って助言の心算で言っているんだよ。指摘してくれている人は、君の真価を知っているから言っているんだよ。例えば、可憐な白い水仙がみすぼらしい花瓶に刺さっていたら? 手入れの行き届いた美しい真っ赤な薔薇が雑草だらけの花壇に咲いていたら? そりゃあ、誰でももの申したくもなるさ」
「相も変わらず、その甘ったるい口説き文句みたいな事を言うのね。如何にかなんないの?」
「言われて悪い気は、しないだろう?」
「そんな安い女じゃない。聞いてる側になってみなさいよ。一言毎にお金、取りたくなるわ」
「手厳しいなあ。勿論、甘いものばっかり、食べさせられていたら飽きて来るのも分かるさ。でもないならそれは、それで詰まらないだろう?」
「欲しければ、こっちから言うわ」
「左様ですか……」




