第貳章 双子からの依頼 2P
「そうだな。今回は、町民としてではなく、外からの客人としていなさい。これまでは、昔取った杵柄で何とか出来たが、そう続けざまに上手く行く訳でもない。時には、外から新たな影響を受けて見分を広げる事も重要だ。それにお前の出番は、祭り当日。警備の件、宜しく頼むぞ。大いに期待している」
「ええ、身なりもきちんとしました。気持ちを一新して町の顔として尽力致します」
「町に来た時よりも随分と、見違えたたな……日々、驚かされる」
「変わらぬモノは、ありません」
「そうだな。今ならお前がこの店の顔だと私も胸を張って言える」
レザンは、腕を組みながらランディの上から下へゆっくりと眺めた。最近になってランディは、火熨斗でシャツの皺伸ばしもしている。髪型も清楚な短髪にした事で見てくれは、随分とマシになった。仕事の面では、まだまだ未熟者。しかし、町の民としてランディは、すっかりありふれた景色の一つとして溶け込んでいる。周囲の見えない流れを肌身に感じられるようになって来た。最早、誰もランディをよそ者と呼ばない。仕事の精度は、足りないけれども今まで通り下地を積み重ねて行けば、結果は、後から付いてくる。
「そう言えば、レザンさんにお願いしたい事がありまして」
「うん? 何だ、言ってみなさい」
雨用の外套を着用しながら不意に昨日の出来事を思い出したランディ。
「香水が欲しいんです。やるなら徹底的にと考えていまして」
「確かにウチでも取り扱いはあるが……採算が合わないから常連客用に取っている二、三種類だけだ。恐らく、お前には、似合わんだろう。買っているのは、年甲斐もなく、下心を持った爺や中年で鏡の様に磨かれた革靴を履き、かっちりした背広を羽織るむさ苦しい男だけだ。確か、大通りの店も売っている。種類も豊富だが、殆どが女性用ばかりだな。そもそも、町での需要がほぼないに等しい。この町の男衆、殆どが紳士とは対極な立ち位置の蛮人ばかりでな。汗と煙草の臭い、珈琲の香りをこよなく愛する馬鹿どもだ」
「今のお話は、聞かなかった事にします」
躊躇なく、陰口を言うレザンにランディも苦笑い。物流に関しては、需要と供給の兼ね合いが全てだ。長年、この町の消費動向を見て来たレザンが言うのならば、間違いない。
急ぎの話ではないので困らないが、取り扱いが極端に少ないならば、困った事になる。
「そうなると……王都からの取り寄せは、出来ますか?」
「そもそも気に入ったものを探さねば、注文も出来んだろう?」
レザンの言った通り。当然ながら判断材料がなければ、的を絞れない。また、原料から取れる精油は、ごく僅か。必然的に高値で取引される。その為、手当たり次第、買い漁る訳にも行かない。最適解は、王都へと出向き、専門の店で数ある品の中から選ぶ事。だが、今のランディには、王都へ出向く心算がない。ようは、ほぼほぼ手詰まりの状態であった。
「そうだ……確か、倉庫に」
「何か妙案が?」
「ああ、思いついた事がある。ついて来なさい。稀に業者から売り込みが入るんだ。王都の方からな。毎回、突っぱねるのだが、其の度に試用の小さな小瓶を置いて行く。幾つかあるから試してみなさい。その中から気に入ったものを取り寄せれば良い」
そう言うと、レザンは、ランディを連れて店の倉庫へと向かった。梯子を降りながら話をするレザン。レザンが降りきったのを見届けてランディも梯子をつたって倉庫に降りて行く。上からの明かりを頼りにくしゃみをしながらレザンは、壁際まで寄った。
「名案です! でも、良いんですか?」
「私には、必要ない。以前から愛用しているものがある。元々、催事や衆目を集める場など、人前に出る時以外は、滅多につけんがな。幾らでも使ってくれ。此処に合っても只の塵だ」
「では、遠慮なく頂きます」
「まあ、古いものもあるから劣化している可能性も十分にあるだろう。もし、気に入ったものがあっても製造している所が潰れて廃番の可能性も高い。あまりアテにしてくれるな」
記憶を頼りにレザンは、壁際の棚を見渡して目当てのものを探す。棚に積もった埃を舞い上がらせながら古ぼけた引き出しも開けている内に木彫りの小箱を取り出す。
「確か、この木箱に仕舞っていた筈……あった、これだ」
レザンは、小箱を開けて中身を確認してランディに手渡す。ランディも箱を開けてみれば、中には、仕切りで固定された小瓶が五本あった。頭上の淡い光に照らすと、小瓶には、目測で半分くらい溶液が入っている。香りが気に入れば、暫くの間、買わなくても良いだろう。
「ありがとうございます」
「私の覚えに間違いなければ、全て紳士用だ。ひと瓶につき、十回前後が限度だろう。改めて見ると、大きい会社が手掛けている商品ばかりだな。廃番の心配はしなくても良さそうだ」
「寧ろ、これだけあれば、買わなくても良さそうな気が」
「まあ、全部を使い切る心算なら相当、時間が掛かるだろう。しかし、匂いがきついものもあるから気を付けなさい。過ぎたるは、猶及ばざるが如しとも言うが。程度を弁えねば、芳香とは呼べぬ。後は、念入りに試しなさい。良い香り、劣悪な臭いは、感性の違いで左右もされる。けれど、中には香水とは、名ばかりの紛い物もあるからな」
「つける前に確認してみます。配達前に自分の部屋へ仕舞って来ますね」
「欲しいものが決まったら言いなさい。問い合わせしておく」
「はい、宜しくお願いします」
レザンの助言を聞き、ランディは頷いた。そして、自室へと小箱を持って帰って早速、五本の小瓶、全ての匂いを嗅いでみて自分が気に入った一本を付けてみる事にした。一階に戻り、玄関で配達の準備をし、店番をしているレザンのもとへ顔を出す。
「では、改めて行って参ります」
「ふむ、柑橘系と……薫衣草か? 他にも色々と混ざっているみたいだな。良い選定だ」
「自分も気に入りました。候補です」
「良い調香師がいるのだろう。材料もふんだんに使っているから恐らく、高くつくぞ?」
「がっ、頑張ります!」
「一応、他にも候補を探しておきなさい。物事には、限度がある」
「はいっ!」
レザンに見送られ、店の正面扉からランディは、外に出た。曇り模様の空から穏やかな雨が降り続く。外套をきちんと羽織っていれば、体がずぶ濡れにならないくらいの雨だ。雨粒の水たまりや草木、石畳を叩く音が耳に心地よく響く。霧がかった町の風景は、ランディの心を落ち着かせた。軒先でフードを被り、配達の予定を頭の中で組み立て始めるランディ。
「さてと、出発か。今日は、フルールの家と、ブランさんの邸宅にラパンの所、後は……考えるの止めた。配達先の覚書がとんでもなく長い」
一先ず、思いついた最初の場所から向かう事にしたランディ。正確には、様変わりをした自分を最初に見せつけてやりたい相手だったから選んだと言うのが、正しいかもしれない。
ゆっくりと、『Cerisier』へ最短経路の道を選んで歩みを進めて行く。見慣れた建物の外観に辿り着いたランディは、臆することなく扉を開けて入る。店内に入ると、フルールではなく、フルールに似た中年の女性が出迎えてくれた。
「ランディくん、いらっしゃい。今日は、お買い物? それともお仕事かな?」
カウンター越しに笑顔でランディに柔らかい声で話し掛けて来る女性は、フルールの母親。ランディは、店へ来る度、世話になっている。深緑色の落ち着いたドレスの上から大きなエプロンを身に纏っていた。




