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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅳ巻 第貳章 双子からの依頼
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第貳章 双子からの依頼 1P


                  *


 翌日、いつも通り、朝の仕事を終えてランディは、店内にいた。店内の埃臭い淀んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで大きな伸びをする。毎朝の日課も済ませ、朝食も取り、体は温まっており、体調も頗る良い。しかしながら本日の天候は、絶好調のランディと相反して雨がしとしとと降っていた。窓に打ち付ける雨粒の音が静かな店の内で心地よく響く。点在する蠟燭や照明が店内を淡く照らす中、仕事に取り掛かろうとし始めた所でカウンター横の扉から半袖の白いシャツと焦げ茶色のベスト、きっちりと筋の入った黒いスラックスを身に纏ったレザンに引き留められる。


「此処に居たのか……お前に渡そうと思っていたのだが、ずっと忘れていたものがある」


「ふふっ……やっとその時が来ましたか。愈々ですね……」


 目を瞑り、勝手に妄想を膨らませて怪しげに笑うランディ。一方、レザンは怪訝な表情を浮かべた。話のすれ違いが生じている事も日常茶飯事。どちらが狂わせているかは、一目瞭然だが。好意的に捉えれば、それだけ打ち解けた関係性を構築しているとも言えよう。


「お前は、何を想像しているんだ?」


「えっ? 俺は、レザンさんが『Pissenlit』の何か、ヒミツを教えて頂けると思ってました。一子相伝と決めて守って来た商人の秘伝書とか……もしかすると、食べると何故か知能が上がる謎の堅果や三匹のとても強い犬を従える火打ち箱などが倉庫に隠してあるとか」


 訳ありの顔をして腕を組んで思いつく限りの妄言をランディは、放つ。


「店を続けられた理由は、単純に運とこの町にあった売り方をしていただけだ。秘密でも何でもない。お前の言う謎の知能を上げる堅果は、学びこそがその正体だ。時間を掛けて知識と名のついた実体のない固い木の実へ食らいついてかみ砕き、己のものとして行くのだ。安易な近道は、ない。火打ち箱は確か……童話の話だろう? そんなものがあるならとっくにブランへ犬を差し向け、奴の尻に四六時中、噛みつかせている」


 詰まらないランディの洒落にもきちんと付き合うレザン。肩を落としてレザンは、溜息を一つ。そして手に持って居た封筒をランディへぶっきらぼうに突きだした。首を傾げるランディにレザンは、説明する。


「すっかり、話が逸れてしまった。どれも違う。ほら、お前の給与だ。受け取りなさい」


「そんな受け取れませんよ! 何のお役にも立ってないのですから。唯でさえ、住み込みで働かせて頂いているのにこれ以上の贅沢は……」


 封筒を目の前に恐れ戦くランディ。反射的に受け取ろうとした手を引っ込めて首を大きく横に振る。唯でさえ、見ず知らずの自分へ温かい寝床と飯を提供してくれ、様々な恩恵も受けている。ランディからしてみれば、それだけで充分であった。ましてや、自分の仕事も雑用ばかりで恩義に報いる結果も出せていないと考えており、自己評価も低い。以上の理由により、到底、受け取れない代物であると考えたのだ。


「駄目だ。受け取りなさい。どんな労働にも対価は、必ず存在する。対価は、責任の裏打ちなのだから。二の月から働いた分を全て計上した。あまり多くないかもしれないが、慎重に使いなさい。丁度、祭りもあるからそれで楽しんで来なさい」


 されど、レザンは頑としてランディへ封筒を突き付け、一歩も譲ろうとしないレザンの気迫に負けて恐る恐る受け取った。封筒を眺め、ランディはゆっくりと中身を確認する。


「―― ありがたく頂戴いたします」


 封筒の中には、一ルボロ紙幣と三ラーが入っていた。一般労働者の週給を考えれば、妥当な金額だろう。ランディは、封筒を胸元で握りしめて深々と頭を下げる。


「以前、士官学校でも条件を及第すると、給与が貰える制度があって当たり前の様に受け取っていたのですが……働いて給与を貰えるってこんなに嬉しいものなんですね」


 口元を緩ませて言葉を紡ぐランディ。この金の重みは、知って居る。


「職種によって価値観は、変わって来る。軍属なら士官候補生であっても日々、厳しい訓練と座学、教官や上官のご機嫌取りなど板挟みを越えた極限状態なのだから心の安定を保つ為、金の使い方も派手になるのも仕方がない。しかし、今のお前は、町の人々から直接、物を売って金銭のやり取りをする傍ら、その人々が汗水を垂らして必死に働いている姿も見ている。たった一マイセでもその金の重みが分かり、対価として目に見える形になれば、捉え方も変わって来るのは、当然の理。だからと言って私は、盲目に客や仕事へ感謝しろとは言わん。それは、馬鹿な経営者がやらせたがる戯言だ。ただし、本質であるその流転に触れた感覚を覚えておきなさい。きっと、今後の人生で役に立つ筈だ」


「はい――この事は、絶対に忘れません」


「さて、話は終わった。仕事に掛かるぞ? 今日も忙しい。早速だが、配達を頼む」


「承知しましたっ!」


「お前は、倉庫に行ってくれ。梯子の付近に木箱と、茶紙の包まれた小包がある。その二つを取って来てくれ。私は、店内で注文の品を集める」


「はいっ!」


 早速、指示を受けたランディは、カウンター後ろにある床の蓋を開けて梯子を伝って下に降りて行く。ランディの身長より少し高い倉庫内は、大人三人が横になれる位の広さ。壁には、棚が幾つか設置されているものの、あまり物品は、置かれておらず、がらんとしている。明かりは、上から差し込む光だけで薄暗い。店内よりも更に埃が酷く、湿気の所為で黴臭い。


「前に俺が仕舞った奴だったかな―― 確か、此処に」


 梯子の周辺を見渡して目当ての物を探すランディ。梯子の後ろに詰まれていた小包と木箱を見つける。そっと小包を持ち上げる。同時に上からレザンが顔を出す。


「あった、あった!」


「見つかったか?」


「ありました。商品は、大丈夫ですか?」


「後、二、三個で終わる。お前は、出発の準備を」


「準備をしてきますっ!」


 商品を一つずつ持ち出して倉庫から這い上がるランディ。レザンが背負子に配達の品を纏めている間にランディは、二階の自室に戻って出発の準備を始める。鞄と服装に可笑しな所がないか、確かめた後、最後に机の上に置いてある鏡で髪型を整える。準備が終わり、下へと戻ると、裏手の玄関で配達品と共にレザンが待っていた。


「行って参ります」


「気を付けて行きなさい。今の時期、最後の追い込みで誰もが忙しく、余裕がない。祭りまでに仕事を終わらせたい者、準備に手間取っている者、仕事疲れが溜まって居る者、怒りの理由が分からなくて怒っている者、訳の分からん他所者も多い。何が奴らの琴線に触れるか、分からん。面倒事は極力、避けなさい」


「うわああ……対応のしようがないですね」


「ざっくばらんにより取り見取りだ。暇だけは、しない。でも、お前なら問題ないだろう? 今までは、自分の立場を考え、揉め事を敢えて受け止めていただけで本来のお前は、鼻が利く。賢しく立ち回って回避が出来る筈だ」


 町の様相が変わっている事を聞き、ランディはげんなりする。レザンは肩を竦めて笑った。


 仕事だとしても恐らく、邪険な扱いを受けるに違いない。勿論、そう言うものだと割り切ってしまえば、落ち着いて対処が出来る。一番の問題は、気付かぬ内に顰蹙をかっていた場合だ。大抵、気付いた時には手遅れで原状回復に時間と手間が要求される。そうなれば、自分の仕事どころの話ではなくなる。


「買い被り過ぎです。暫くの間、大人しくしている心算なので落とし穴は、避けて通ります」

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