第壹章 祭りを開催するにあたっての諸注意 4P
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「忙しい所、済まないね。まあ、掛けてくれたまえ」
「いえ、今日はどう言ったご用件ですか?」
「いやね、君と二人で面談と洒落込もうと。ずっと、前から考えていたんだ。もう、君が此処に来てから三か月が経とうとしている。状況の経過を纏めるのも含め、君の現状が知りたくてね。悩み事がないか、仕事は、順調かとか」
「なるほど……お時間を作って頂き、有難うございます」
ブランの書斎へ向かったランディは、すんなりと部屋に通され、長椅子に腰を掛けていた。
そして長机を挟んで向かい側には、同じ長椅子に座るブランの姿が。呼び出しを受けて来てみれば、幾つかの案件が溜まっていたのでそれらを解消する為、話し合いの場が設けられたらしい。最初の案件は、ブランから提示されたランディの課題。これまでの経過を纏めて現在、認識のズレはないか、ブランは、したかったのだ。また、ランディもこの町に来てからというもの、様々な騒動に巻き込まれており、忘れていた節がある。今一度、原点に立ち返った上で状況に流されず、今のランディが何を目指すべきか、何を成したいのか、確認させるべきだとブランは考えていた。
冷静になって一度、これまで辿って来た道のりを振り返り、原点の自分と考え方に相違ないか、擦り合わせをし、結論付けた上で揺るぎない錦の御旗を空高く掲げる時が。
「いや、頭が上がらないのは、僕の方だ。先ずは、君と交わした約束、例の課題について話をしよう。五つ話題になる事をするって課題だったけど。僕が数に計上しているのは、盗賊団討伐の件、わらしべ長者で人助けをした件、ラパンを成長させる為、共に特訓をした件、後は、一番最近のエグリースさん事変だね。この四つで間違いないかい?」
「俺としては、どれも判断基準に届かないものだと考えておりますが……ラパンの件は、ラパンが一番、頑張りました。エグリースさんの話は、俺だけじゃあ、どうにもなりませんでしたし。辛うじて盗賊団の討伐と、わらしべ長者のくらいだと。残念な事にどれも人を幸せにする楽しいお話ではありません」
確かにどれも発端から顛末に至るまで誰かが苦しみ、悲嘆に暮れ、報われず、時折、何処からか滲み出す絶望が諦めを生んでいた。勿論、最悪の事態は、防いだ。けれども、それは只、救いの話で美談にはなりえない。胸を張って自身の功績であると言う自信がランディにはない。誰もが思う筈だ。物語の主人公になれるなら誰もが笑顔になる明るい脚本が良いと。
己も嬉々として語る事が出来ないのだから当然だ。
「寧ろ、俺は……間違っていたのかもしれません」
俯いて顔に憂愁の影が差すランディにブランは、微笑みながら首を振る。
「君が悲嘆に暮れる事は、無い。ランディがいなければ、結果は、抜きにしてどれも成就する事がなかった出来事ばかりだ。ましてや、誰もやりたがらない事に進んで手を挙げてくれたから今も皆が笑ってこの下らない日常を謳歌している。そう、大きな局面から見れば、君はとても素晴らしい事をしてくれているんだ。君自身の中で思う所があってもね。僕は、君に感謝しきれないよ。本当にありがとう」
ブランは、ランディを肯定し続けた。全てを乗り越えた先に今がある。その今こそが、最も尊い宝だ。無数に存在する後悔より、数少ない幸福へ目を向けなければ、何時か重圧に圧し潰される日が来る。それこそ、希望を追い掛けて固執の峰、その頂きに待つは痼疾。嘗て、ランディが不治の病と呼んだそれに囚われてしまう。
「これで良かったのでしょうか? 俺はきちんとやっていましたか?」
「嗚呼、君はきちんと全てをやり遂げた。僕が君の想い、全てを肯定する。何人たりと、文句を言わせたりしない。そんな奴があらわれたら僕が必ず、断罪するよ。だからランディも自分の事をきちんと肯定してあげなさい」
「はい……ありがとうございます」
所詮、ランディも大きく見栄を張っていただけに過ぎない。揺らぐ自分を騙して薄氷の上を踏む思いと背中合わせで走り続けた。今になってみれば、偉そうに抗弁を垂れた自分に反吐が出る。立ち止まり、己の矮小さと直に向き合ってみれば、体の至る所に綻びが出来ていると理解した。薄々、こうなると予期していたブランは、全てを肯定する。物事の通りが全てではなく、想いの強さが何よりも勝ると教える為に。それが先達の役名であると。
「総集は、これ位にして後、君に残されている課題は、残り一つだけ。僕自身としては、君なりに僕の言葉をきちんと受け止めてくれて成果も出している今、既に町の住人としての資格を十分に有していると、自信を持って判断が下せる。どうだろうか? 僕からの提案は」
「とても在り難いお言葉です……只、俺自身としては、まだ時間があるのならば……最後までやりきりたいと。ブランさんが提案して下さったこの遊戯―― 最初の頃は、意図が分からずに首を傾げました。けれども今は、理解が及んでいます。没頭した月日は、泣きたくなる程、悲しく辛い出来事も沢山ありました。それでも心を動かされる有意義なものであったと胸を張って言えます。沢山のヒトの笑顔を見る機会がありました。恐らく、提案をして頂かなかったのならば……仕事に没頭する無為な時間を過ごして居たか……既にこの町を去って居た事でしょう。ヒトとの触れ合いもなかった。この町に俺を繋ぎ止める何かをもっと見つけたいから出来る、出来ないは別としてまだ、やらせて頂ければ、幸いです」
「ならば、僕から言う事は何もない。六の月、初旬に再度、話し合いの場を設けよう。そこで改めて今後の君の進路を決めようじゃないか。それで良いかい?」
「宜しくお願い致します」
笑顔で握手を交わし、約定を結ぶ二人。既に回り始めた歯車は、止められない。ランディには、約束された成功よりも悔いを残さない過程の方が大事だった。誰の意志も介在しない自分自身で選んだ選択肢。その先に何が待ち受けているか、知る為に。
「じゃあ……次は、祭りの件だけど……大まかな説明は、ルーからして貰っているね? 一応、お願いしといたんだ」
「はい! 先程、教えて貰いました。おきづかい、有難うございます」
「宜しい! ならば、僕からは、補足として祭りの期間中の自警団活動について説明しよう。君も知っての通り、祭りの間は、色んな所から客人がこの町に訪れる。勿論、僕らが招いていようが、いまいが関係なく。だから君たち、自警団員には、町民も含めて出来るだけ楽しんで貰う為の保険となって欲しいんだ。形式的には、自警団上長としての指令だけど、本音は、町長からの切なる願いと受け取って欲しい」
「承知致しました。謹んで承ります」
神妙な面持ちで頷くランディ。
「その返事が聞けて安心したよ。君たちへの主だった任務は、詰所での常駐任務。詰所は、以前から存在していたのだけど、活用されていなかった。この度、祭りの警戒に当たる名目で再稼働を認める事にしたんだ。これからは、その詰所を起点に活動してくれたまえ」
「分かりました。基本的にはルーとラパン、そして俺の三人で事にあたろうと考えております。ルーからラパンも抱き込もうと提案を受けていました」
「そうだね、それが良い。祭りは、昼の少し前から夕刻まで。朝に一度、全員集合して三交代で一人、常駐してくれれば、大丈夫。詰所に居てくれれば、基本的には何をしても自由。適量ならお酒を嗜んでも良いし。出店もあるから駐在前に買い込んで食べていても問題ない。只、女の子を連れ込んで楽しんだりとか、危ない薬に手を出したりしなければ。要は、即応態勢と自警団の醜聞にならない範囲内で。君たちも本来な楽しむ側だからね」




