第壹章 祭りを開催するにあたっての諸注意 3P
「良いかい? ランディ。心してお聞き。君の前には今、三つの選択肢が並んでいる。これ以外は、一切の例外がないと思っておくれ。一つ目は、僕たちの倍以上も生きているおじ様たちを簡単にあしらい、手玉にもとれる器量の良い飽経風霜な町娘たち。この子達に関しては、よっぽどの事がなければ、見飽きた顔の僕らには、興味も示さない。二つ目は、近隣の村落から親の手伝いでやってくる身持ちが固く、夢見がちな村娘たち。あか抜けない感じが愛らしいけど、彼女達へ万が一にも手を出せば、もれなく重い責任と農夫の未来が待っているよ。三つ目は、さっきの話にも出て来た美人局や水商売のお姉さんたち。後腐れはないけど、ご婦人方に掛かれば、翌日の朝……僕らみたいな子鼠は、素っ裸で家へ帰る羽目になる」
ルーは、指を三本立てて一つ一つ解説を交えて選択肢の説明をする。耳を傾けてみれば、至極納得の行く見解であった。何故、其処までの熱意を持って分析をしたのか、分かりたくないけれども参考になる。ランディも身近で他人事には出来ない現実味のある選択肢を前にして簡単に膝を付いた。恐らく、どんなに頭が空っぽな輩でも容易に想像出来る説明にのみ、特化しているので判断材料として評価に値するのだろう。
「嗚呼―― 中々に……うん。真面目に祭りを楽しむ事に決めた。良い子にします」
机に肘を付けて珍しく真剣な表情で考え始めるランディ。思えば、仲の良い妙齢の女性は、仕事で忙しいから相手にしてくれない。そもそも自分自身が祭りについて知り得ている情報が極端に少ないから情けない話、案内される側だ。そうなると、他所から来た客人を楽しませるなど、出来ようがない。また、その素人丸出しの弱みに付け込まれて財布の中身がすっからかんになる事態もあり得る。自分の置かれた立場に気付いて愕然とするランディにルーは、満足して頷く。息苦しいのか、胸元のボタンを一つ開けて一息ついた後、更に説明を付け加える。
「祭りと色恋沙汰は、混ぜたら危険。そう言った方面で楽しみたかったら事前に綿密な計画と準備を。火中の栗を拾いに行く様な危うさと駆け引きを楽しみたいって言うなら止めやしない。農村に引っ越した奴も何だかんだ、上手くやっているし」
「君の言う通りだ。もう二度と、安易に女の子を引っ掛けようなんて思ったりしないよ」
ランディは、立ち上がりルーの所まで歩み寄り、手を取って感謝の意を表すと共にこの実に下らない話題で友情の再確認をした。逆に信頼を寄せられてルーは、不安になる。事情があり、仕方がない事であるものの、簡単に掌を返したランディは、騙されやすい間抜けの典型例とも言えるだろう。
「ランディは、本当に聞き分けの良い子だ。手が掛からなくて助かる。人によっては、すっぱいぶどうの童話だって言うから。僕がモテないから負け惜しみで言ってると……ね。実際、僕が言いたいのはそうじゃない。美味しい料理を食べたいなら食材からきちんと用意しなさいって話さ。自生した食べられる野草って近くの山へ行けば、採集出来るけど、見分けるのも難しいし、味もまちまち。農場で育てている作物は、育つのに時間が掛かるけど、安全で質も量も一定してて美味い。例外はあるけど、美味しい食材を見つけるのって知識があっても最後は、運による。僕は、それを伝えたいんだ。まあ、出会って間もない女の子と遊ぶなら機嫌取りであっという間に時間が過ぎて祭りどころの騒ぎじゃないんだけどね」
「何とも侘しい話だ」
「勿論、用法用量を正しく守れば、とても楽しく一生の思い出にもなるさ。気心の知れた想い人を作って予め、二人で何処へ行こうとか、わいわいやってきちんと余興を楽しんだなら確実だけど。勿論、初のお出掛けって言う局面でもありだよ? でも今の君は、持たざる者。この教訓を生かして来年は、躍進してくれたまえ」
ルーは、手をやんわりと解いて頼りない友人の肩を叩いて鼓舞した。ランディはと言うと、気になる事があるのか、不意に首を傾げる。
「そう言う君は?」
「僕? 僕はきちんと考えているさ。随伴するヒトが居るからね」
抜かりがないルーは、ランディから羨望の視線を一身に受ける。
「流石……ルー。差し支えなければ、誰か聞いても?」
「母さん」
「君の本当のお母さんって事だよね? 他のお家のお母さん的な意味じゃなくて。と言うか、他のお宅の奥さんを引っ掛けているならそれは、列記とした不倫だけど」
「君は、僕を何だと思っているんだい? 勿論、僕の母さんさ。ダメ親父は、レザンさんと同じで祭りの当日も陣頭指揮に入る。だからこの春の祭りだけは……日ごろの感謝も込めて一日、母さんに付き添って練り歩くのさ」
思いもよらない回答にランディは、口を大きく開けて驚いた。まさか、他人に迷惑を掛ける事しか考えていないルーから殊勝な言葉が出て来ると思っていなかったからだ。
「普段からそう言った一面を見せていたら君の評価もうなぎ登りだったろうに」
友人の意外な一面を垣間見てランディは、大きな溜息を一つ吐く。普段から奇特な人物であろうと心掛けて余計な事をしなければ、ランディの言った通り、評判はうなぎ登りだ。
だが。その後、ルーの真意を聞いて直ぐにランディは、賛美の言葉を撤回する。
「僕は、人に迷惑を掛けたいんだ。迷惑を被りたい訳じゃない。これは、つまり残りの日々掛ける迷惑の前払いも兼ねている。どうだい、合理的だろう?」
「それを聞いて一気に君の株が暴落した」
「良かったよ、君の認識を改める事が出来て」
甘い幻想に踊らされたランディを鼻で笑うルー。打算なしにルーが自ら、奉仕の心を見出す筈がない。勿論、下らない裏があるからこそ、時折、顔を出す表がより一層、輝く。
自分の立ち位置を理解しているルーは、使い分けをして自分の存在価値を見出している。
強い馴れ合いを好まず、他人と程よい関係を保ち、常に自分が一番、動きやすい環境を整えるのに余念がない。故に誰よりも早く、私情を挟まずに行動が出来る。その役割を他人から己に求められていると、自覚しているのだ。何よりもこまっしゃくれた若造なりに導き出した自分のあり方へ誰が口出しを出来よう。
「そうだ、忘れてた。祭りには、恒例行事も並行して行われるんだ」
「何の行事?」
「ブランさんの誕生日が近いから合わせてお祝いするんだ」
「なるほど……」
同時にブランの誕生日を祝う祭典である事を知り、ランディは前髪を弄りながら少し考える。日ごろから世話になっているので自分も何か、準備すべきかと。
勿論、当日まで余裕が残っているので一度、持ち帰ってゆっくり考える事にした。
「一先ず、僕からの説明は此処まで。質問はあるかい?」
「やぐらと篝火の準備は?」
「町の皆でやるよ。恐らく、手伝いの要請が君にもレザンさんから来ると思う」
「分かった、もう、大丈夫。色々と指南どうも」
「どういたしまして」
一通りの事を教わったのでランディは、首を横に振る。後は、日に日に興奮の高まりを見せる町の空気を肌身に感じ、自然と理解すれば良いのだから。
「さてと―― 僕は一度、家に帰るけど。君はどうする?」
「ブランさんの所に顔を出すつもり」
「じゃあ、此処でさよならだ」
「うん、またね」
ルーは、一足先に礼拝堂を後にした。ランディは、少し残って頭の中で情報を整理し終わってから外に出る。
「さて、祭りか……偶には、のんびり楽しむのもありかな?」
礼拝堂を出て、青空に燦燦と輝く太陽の光に目を細めるランディ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みながらランディは、大きく伸びをして肩の凝りを解する。そして役場へ向かう為に歩き出す。漠然としてはいるものの、楽しみが増えて思わず、浮足が立つ。
されど、今はまだ、高鳴る胸の鼓動を抑えねば。
このときめきは、本番までとっておいた方が良い。




