第壹章 祭りを開催するにあたっての諸注意 2P
「特別な何かはないけど、役場前の広場でやぐらを組んだり、丸太を組んで篝火を作ったり……くらいかな。その間、殆どのお店は、お休みになる。開いているのは、稼ぎ時の宿泊施設、酒場、飲食店くらい。後は、露店を開いたりしている所もあるけどね」
「レザンさんは、店を休みにするって言ってたね。町の人は、予め知っているからそれまでに買い出しに来るし。この時期に遠方から来る客からは、事前に注文を受けているから後は、金銭の授受と商品の受け渡しだけ」
「レザンさんには毎度、祭りの陣頭指揮に入って貰っているからね。申し訳ないけど、お店を開けている暇がないのさ。まあ、祭りの日に日用品を売っても大きな売り上げには、あまり繋がらないからどうでも良いらしい。すると、君は三日間の間手持ち無沙汰になる訳だ」
ルーは、ランディにもスキットルを投げて寄越す。受け取ったランディは、口元を軽く拭った後、酒を口に含む。中身は、ウヰスキーだった。目を瞑りながら鼻に抜ける木樽の香りと、舌に絡みつく独特の甘さ、そして喉が焼け付く感覚を楽しむランディ。
「特に予定もないからね。フルールも忙しいから相手してくれないし」
「あの子の家は、宿や酒場、食堂から一気に注文が入るから稼ぎ時さ。それに露店も出しているんだ。三日間、大忙し。今も材料の手配確認やら注文の受付でてんてこ舞いだろう。ユンヌやシトロンも同じく家業の手伝いで手一杯だよ」
「尚更、ユンヌちゃんに申し訳ない話だ」
「僕がきちんと後始末をしておくから一度、忘れてくれ」
各家庭の事情を聞き、ランディはあからさまに機嫌を損ね、刺々しい物言いでルーを責めた。酒で誤魔化す事が、出来なかったルーは、苦笑いで宥める。
「人の予定を聞くのは良いけど、君はどうなのさ? 役場の職員も忙しいだろう?」
「僕は、準備の手配が済めば、後はお役御免さ。役場も休みだからね。ただ、今回は事情が少し変わってしまってね。どうやら、のんびり祭り見物は、楽しめないらしい」
「事情って?」
「此処からが、ユンヌを追い出した直接的な理由だけど、祭に付き物。招かれざる客っているだろ
う? 今回は、その招かれざる客に対しての警備も任されてしまってね」
「自警団として?」
「そう、ブランさんから承ったのさ。上長の指令なら受けるしかないだろう? 勿論、君も対象だ。後でその件も含めて話がしたいから役場に寄って欲しいって」
「確かに畏まった。時間を作っておく」
きな臭い話題にランディは、ルーが他の者に聞かれたくないと考える訳が分かった。世に光があれば。勿論、影も存在する。祭りと言う大きな篝火の直ぐ後ろにも無数の小さな影たちが潜んでいる。その陰の管理も誰かが行わなければ、取り返しのつかない事に。
ランディは、煙草の火を揉み消し、椅子に腰かけながらルーへ問い掛ける。
「因みに招かれざる客って言うのは?」
「ああ、コソ泥や薬の売人、美人局、反社会的勢力の方々、より取り見取りさ。因みに僕は、大歓迎だけど、水商売のお姉さんたちも表向きは、禁止だから対象になる」
「ふーん……まあ、要らぬいざこざの芽は、早めに摘み取っていた方が為だ」
「ヌアールさんは?」
「ノアさんは、野戦病棟並みに忙しいから無理。毎回、飲み過ぎでぶっ倒れたり、流血沙汰で引っ張りだこ。僕たちに付き合っている暇はない。仕方ないね、だからラパンにも手伝って貰うつもり。チャットには、申し訳ないけど」
もちろん、ルーがあげた例以外にも様々な輩が祭りの熱量に惹かれてやって来る。残念ながら排除するのは、限りなく無理に等しい。また、良くも悪くも祭りを構成する役割を担っている側面もあり、安易にきつく締め付けても宜しくない。場合によっては、暴徒と化して祭りがぶち壊しになる可能性も。だからこそ、予防の為に自警団が必要とされているのだ。
「なるほど、そうなると一日中、町を練り歩いて警戒網を敷いた方が良いかな?」
「いや、詰め所に交代で駐在してれば良いって」
「うん? 詰め所ってどう言う事だい? 俺達には、そんなものないでしょ」
「ああ、情報共有を忘れてた。僕たち、自警団に詰め所が出来たんだよ。場所は役場の近くさ。直近で都合の良い日に案内するよ。そんなに大したもんじゃないけどね。これで僕たちは、町に認められたと言っても過言じゃない」
「ほおお……やったね」
少しずつ、活動が実を結んで評価されつつある自警団の現状が嬉しくてランディは、軽く拍手をした。笑顔のルーは、更に説明を続ける。
「まあ、実を言うと役場でも色々と話し合いがあって。自警団用に予算も組もうとか、詰め所設置を検討して貰ったり、給与支給の話もあったんだ。その内の一つが実現してね」
「つまり。これから正式な業務として認められ、権限も与えられるって事だ。素晴らしい」
「まあ、上手い話はない。この前の一件で僕たち、やらかしたのを忘れたかい? 金を握らせたらとんでもない事をしでかすから基本的に必要なものがあれば、ブランさんと相談の上、現物支給。給料も碌な事に使わない懸念があるってこれも現物支給で話が進んでる」
「そうだね―― それが正解かも……」
身に覚えがあるのでランディは、バツが悪そうにそっぽを向きながら頬を撫でる。思わぬ所でツケを払わされる事となったが、これだけで済んでいると思えば、僥倖と言えよう。
また、前回の件で身に余る大金への責任が重過ぎて懲りた二人は、金銭への執着が極端に薄れていた。寧ろ、運営をブランが一手に引き受けてくれる提案は、ありがたかった。
「話を戻すけど。つまりは三人の内、誰か一人でも良いから店番してれば問題ない。お酒や煙草も多少の事なら目を瞑ってくれるって。ただ、女の子連れ込むのは厳禁。通常時の詰め所の使い方も含めて詳しい話は、ブランさんに聞いてくれると助かる」
「承知したよ。まあ、そんな甲斐性はないから無縁な話だ」
「そうは言っても君も気を付けてくれたまえ? 毎年、何人かいるんだよ。祭の熱気にほだされて一夜限りの恋愛の筈が、有り金を全部すったり。亭主として永久就職する間抜けがね」
この町の消息通であるルーは、仕事柄だけに限らず、私生活の面でも様々な情報を耳にするので過去の出来事にも詳しい。その情報は毎年更新され続けており、開催される祭りで繰り広げられる情事も例外なく含まれる。瞳の中の光が失われて憂いに満ちたルーの表情とは逆にランディから活気が生まれる。
「何だい? そんなに面白可笑しい出来事が? もしかすると、新しい出会いへの千載一遇の機会かもしれない。大丈夫、ぬからない。上手くやってみせるよ」
「君みたいな事を言う慢心した輩を僕は、何人も見て来た。そいつらを間近で見た僕の経験からの助言だよ。先達の二の舞になるのがオチさ」
目を輝かせてルーに食いつくランディ。ルーは、首を振って諫める。訳ありの顔で語るルーにランディは、拗ねて伸びた前髪を弄り始める。最終的な結果として当然の事ながら試行錯誤を繰り返し、数だけ熟し続ければ、答えは自ずと見出せるだろう。
但し、それが必ずしも己の考えていた理想的な答えとは、限らない。数多にあると思っていた答えが思いの外、少なくある意味では、究極の取捨選択しかない事も往々にしてあるのだ。
「君が言うと、妙に現実的な話になるから困る。良いじゃないか、小さな浪漫を追い求めるのは、悪い事じゃない筈。君だって少なからず……」




