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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第陸章 終わりと始まりの鐘
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第陸章 終わりと始まりの鐘 6P

 手拭いに顔を埋めるフルールも無言で頷いた。そう、誰しも時間は、有限であり、個人個人で長さは、違う。その時間をどう活用するかは、自分次第。エグリースは、妻との時間を出来る限り、大切にしていたけれども後悔は、尽きない。もっと。早くに気持ちを打ち明ければ良かった。


 もっと早くに自身の気持ちに気付いていれば。初めて出会った日に手を振り返して居れば、早くきっかけが出来たかもしれない。時には、胸に刺さる悲しみの短刀に負けてそもそも出会う事がなかったのなら良かったと思ったかもしれない。どれだけ思い悩もうとも今となっては、全てが遅過ぎて救いがないのだ。だからこれまでの人生を不器用にエグリースは、生きて来た。好いてやまない愛妻が残した最後の言葉さえも素直に受け止めきれない。


 それだけ、エグリースの中で存在が大きかった。


「後、もう一つですが……改めてお聞きします。これからエグリースさんは、どうなさるおつもりですか?」


「未だ、納得しきれておりません。けれども、オネットの残してくれた言葉を実践しようと、考えております。なので、今しばらくの間、この町で厄介になると決めました。それは、義父。いや、司教様にも願い出ています。近々、町の皆様にも御報告致しますよ」


「良かった……」


「勿論、ワタクシを焚き付けたのは、オネットだけではありません。ランディくん、君にも責任を取って貰いますよ?」


 流す涙も枯れ果て瞳を充血させ、絞り出す嗚咽もないエグリースが精一杯の冗談を言う。

 ランディは、涙をぐっと堪えて晴れやかな笑顔を顔に貼り付ける。救済の終焉にさよならを告げ、苦しみの中で一筋の希望を探す始まりと歩み出す。互いに分かり合えたからこそ、言葉は要らない。この選択が正しいかは、分からない。されど。


 少なくとも次に愛する妻と再会する時には、失った悲しみの冷たい記憶以上の温かく喜びに満ちた話が沢山、出来る。長らく待たせた相手に詰まらない土産話をするなど、無粋だ。



嘗て、喜ばせたいが一心で野原を駆け回った自分と同じ様に。



本を読みながらいつものあの部屋で待ってくれている彼女へ。



永遠にも近い時間を共に過ごすのであれば、それでも足りないくらいだ。



「出来る限りの事は……させて頂きます」


「ははっ―― 冗談です。実は、もう目標が見つかったかもしれません。だから安心して下さい。少なくとも人と距離を置く事は、ありませんから」


 ランディは、ほっと胸を撫で下ろす。やっと、努力が実を結んだからだ。フルールもまた、未だ、しゃくり上げているけれど、落ち着きを取り戻し、手拭いから白粉が落ちた顔を覗かせる。しかしながら穏やかな空気は、直ぐに吹き飛ぶ。書斎の扉を乱暴に叩き、何者かが乱入してきたのだ。その人物とは。


「ランディっ、探したよ! 此処に居たのかい? 誠に申し訳ないんだけど、一つ面倒事に巻き込まれてみないかい?」


「ルー、いきなりどうしたのさ? 一先ず、事情を――」


 書斎に入って来たのは、血相を変えたルー。最後の見栄で笑顔を浮かべているのだが、何時のなく、焦りの色が見えた。ランディは、立ち上がり、ルーを落ち着かせようと扉の方へ向かうのだが、背中に突き刺さる視線を感じ、足を止めた。


「睨まないでよ。俺だって悪気がある訳じゃないんだ」


「そんなの関係ない。ランディは、いつも面倒事を抱えてばかり!」


「俺は、面倒事とはちっとも思ってないさ。だって、皆の役に立てて楽しいのだから」


「確かにランディ、貴方は楽しいのかもしれない。だけど、あたしが言いたいのは、軽率に周りをハラハラさせるなってこと!」


「それは……確かに面目ない」


 フルールの剣幕に気圧されて思わず、ルーも黙り込む。本気で叱られ、委縮するランディ。折角の心動かされる話を聞き、感動していたのにも関わらず、思いもよらぬ形でぶち壊されれば、怒りたくなるのも当然だ。しかし、ひとところに留まれないのがランディの性分。助けを求められれば、その手を振り払う事は、出来ない。


「もうっ! そんな顔したって駄目だからね」


「ごめん……」


「まあまあ、フルールさん。 彼を責めてはいけない。彼は、敬虔な神の信徒で。主の命を忠実に遂行しているだけ。困窮しているモノに手を差し伸べると言う偉大な使命を」


「はいはい、それは大層に崇高な事ですねー」


「全く……フルールさんは、奉仕の心を学びなさい。感謝などなくとも喜ぶ人の笑顔を見るだけで心安らぎ、ワタクシやランディくんみたく、毎日が愉快になる。そうすれば、密かに悩んでいる眉間の皺も幾分か改善されるから。挑戦あるのみ!」


 泣き止んだかと思えば、次の瞬間には怒りに震える忙しいフルール。


 エグリースも椅子から軽く立ち上がり、なだめすかそうと試みるも。


「エグリースさん、黙って」


「まあ! フルールさん、何とはしたない言葉を! 淑女たるもの、上品な言葉遣いを心掛けないといけませんよ? もう少しお淑やかに。今のご時世、男女関係ありませんが、言動が粗野だと余計に婚期が――ごほっ!」


「やかましい」


 フルールから頬に強烈な一発を貰い、敢え無く書斎机の奥へ沈んだエグリース。


「喧しいと思っているのは、俺の方だよ……」


「何かおっしゃりました? もれなく、エグリースさんと同じものをランディにも無償で贈答して差し上げるわ。これが奉仕の心って奴でしょ?」


「謹んでお断りします」


 最早、フルールを止められる者は、誰もいない。ランディが呟いた独り言も簡単に拾われた。ゆっくりと、赤く腫れた頬を撫でながらエグリースは、やいのやいのと騒ぐ若者を見つめて微笑む。その時、頭上から礼拝堂の鐘が鳴る音が聞こえて来た。厳かに響く鐘の音は、清々しさを感じさせ、まるでエグリースの新たな旅立ちを祝福しているかのようであった。


おわり

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