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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第陸章 終わりと始まりの鐘
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第陸章 終わりと始まりの鐘 3P

 主張の激しい胸を張って少し喜ぶフルールと背中を丸めて気落ちするランディ。普段の素行は、別として町の情勢に不慣れな所と時折、暴走するので何処か頼りないと思われていても仕方なかった。そんなランディとフルールの前に紅茶を置き、エグリースは自身の椅子に座った。そして紅茶の仄かに漂う香ばしい湯気越しに話を続ける。


「いえ、君には大きく信頼を寄せていますよ? 只、君が逃げない様に頭の上がらないフルールさんを呼んだのです。本題ですが。今日は、君との約束を果たす為に赴いて貰いました」


 エグリースの言葉に反応して一気に顔色を悪くするランディ。居心地が悪そうにして頻りに扉の方に視線が向かう。そう、ランディ本人の問題ではなく、話題に少し難があり、エグリースは、フルールを招致したのだ。恐らく、ランディが逃げ出すであろうと予期して。


「ああ、そう言う事ですか……気が変わりました。約束は―― 反故にして頂いて結構です」


「どう言う事よ? ランディ、座りなさい」


「いや、駄目だって。俺も結構、忙しい身なんだ。せめてもまた今度の機会にして貰いたい」


「駄目よ、今にしなさい」


「ええ……」


「想像通りでしたね。流石は、フルールさん」


 思い切って立ち上がり、逃げ出そうとしたランディの肩を強く掴み、椅子へと強制的に座らせるフルール。否応なしに聞くしかなくなったランディは、絶望に打ちひしがれて目を見開く。想像に難くない。これから聞かされるのは、既に結末を知らされている心が張り裂けそうになるほど、苦しい悲恋の物語に違いないのだから。


「そもそも何が嫌なのよ? 状況の説明もままなってないあたしにはさっぱりだわ」


「冗談じゃないっ! 俺がエグリースさんの話を聞いたら最後、涙で前が見えなくなるんだ。場合によっては一日中、思い出して胸が苦しくなって急に号泣するよ……そうなったら本当に今日の業務に支障が出る。冗談じゃない」


「成程、昨日の話の続きって事ね? 仕方ないからエグリースさん、あたしにも昨日の話がどうなったか教えて下さい。そこからランディとの約束に入りましょう」


「どうなっても知らないよ! 君に全部、責任をとって貰うからねっ!」


「責任は、取らないわ。自己責任ね」


 早口で捲し立てるらしくないランディを呆気なく切り捨ててフルールは、エグリースへ期待の籠った視線を向ける。個々でバラバラな反応を見せる二人にエグリースは、目を瞑ってわざとらしくため息を一つ吐いた。


「酷い話です。折角、私の思い出話に花を咲かせようとしていたのに」


「申し訳ないのですが―― 今となっては、事情が違い過ぎますよ。結末を知って居るからこそ、聞きたくないお話もあるのです……エグリースさんは、意地悪だ」


「まんまとワタクシの考えを改めさせて引き留めたランディくんには、せめてこれくらいして貰わないと。ワタクシなりの嫌がらせです」


 優しく微笑むエグリースにランディは、頭を掻いて不機嫌になった。たまらず、ランディは、立ち上がって暖炉の前まで行くと、煙草に火をつけて吸い始める。その様子を見届けたエグリースは、フルールの方へ向き直る。


「さて……いきなり本題に入るには、フルールさんが蚊帳の外で申し訳ないから昨日のお話をしましょうか。楽しいお話ではないですが、ランディくんとワタクシの出来事を」


「ええ、お願いします」


 興味津々で頷くフルールにエグリースは、昨日の出来事を要約して語る。ランディが二本目を吸い終わった所でエグリースの回想は、終わりを迎える。


 全てを聞き終えたフルールは、眉間に皺を寄せてランディを睨んだ。


「それでランディは、聞きたくないって駄々を捏ねているんですか……まあ、身から出た錆でしょ? 美味しい所だけ貰って行こうだなんて罷り通らないわ」


「君まで言うのかい?」


「あたしたちへ警告した癖に。私的な事にズケズケと入り込んで言いたい放題言って好き勝手やらかしてるなら世話ないわ」


「この世に慈悲はないのか……」


「賽を投げたのは、貴方よ? 単なる勝ち逃げは、許されないの。賭けの結果は、過程を含めて最後まで見届けるのが筋よ。往生なさい」


 椅子へ戻ると、フルールに凄まじい剣幕で叱られ、ランディは、小さくなる。ランディが大人しくなった所でエグリースは、頬に手を当てて考え込む。


「ふむ……言い出しっぺのワタクシが考え込むのは、可笑しなことですが、改めてこう言った場でお話するは、少し気恥ずかしいものです。何処からお話ししましょうか?」


「普通なら馴れ初めからじゃないですか?」


「確かに―― では、フルールさんの言った通りにしましょう。初めて出会ったのは、ワタクシが十二歳の頃です。少年時代のワタクシは、王都郊外の閑静な町に住んでおりました。実家は百姓でそれなりに大きな土地を耕してワタクシを養ってくれていました。その頃のワタクシは、王都の学校に通っており、その通学途中、妻のオネットと出会いました」


「……何処で出会われたのですか?」


 恐らく、フルールも色恋話は、興味があるのだろう。まるで幼子が親におとぎ話の読み聞かせをせがむ様に続きを急かす。少しずつ調子を取り戻したエグリースは、懐かしそうに頭の片隅で大事に仕舞い込んでいた思い出の頁を捲り始める。嘗ての自分と、思い人の儚くも輝かしい追憶を。


「学校は、王都の外苑にありました。その道すがら屋敷があり、ある雪の降る冬の日、二階の窓から少女が顔を出していたのです。その少女は、手入れの行き届いた豊かな茶色の長髪に色素の薄い雪の様に透き通った肌色。雀斑が可愛らしい女の子です。その子がオネットでした。当時、近くの物が見えづらかったワタクシは当時、大きな瓶底眼鏡をかけていたのです。その所為で遠くが見えづらいワタクシの目に止まり、立ち止まって偶々、彼女を凝視したのが、全ての始まりです。ワタクシがじっと見つめていると、彼女が笑って手を振ってくれました。その時の事は、今でも忘れておりません。ワタクシの目には、可憐な雪の精に見えました。見とれて少しの間、放心していたのですが、我に返って耳と頬が急に熱くなったワタクシは、逃げる様にその場を去ったのです」


「何ですか、その甘酸っぱい青春は……やり過ぎです。最早、死体に鞭を打ってます」


「ランディの戯言は、無視。エグリースさん続けて」


 最後の抵抗で野次を飛ばすランディの頭を叩き、フルールはエグリースに続きをせがむ。

 エグリースは、喉が渇いたのか冷めた紅茶に手を伸ばし、喉を潤して話を続ける。


「それから通学中にて、彼女を一目でも見るのが日課となりました。別に何か、距離を縮めたいとか、思惑はなく……只、一目見て……そうですね―― 出来れば、あの日、手を振り返せなかったので今度は、自分から彼女に手を振りたかったのだと思います」


「純粋な何かで身がゆっくりと焦がされて行くのが分かります」


「そのまま、焼け死んで貰って構わないわ。エグリースさん、続き、続き」


 気恥ずかしそうに過去の自分が思っていた事を包み隠さず、明らかにするエグリース。


「ひと月ほど、経過した所で千載一遇の機会が訪れました。とある日の朝、偶然にも彼女が同じ二階の窓から顔を出しているのを見つけたのです」


「手は、振れたんですか?」


「記憶は、朧気ですが、小さく手を挙げたくらいだったような……」


「肝心な所なのに何故、覚えてないんですか?」


「恥ずかしい話、大きく手を振る彼女に見とれていたんです」


 普段、見せる事のない素直な笑顔で語るエグリース。


「其処から登校日は必ず、同じ時間に向かいました。そのお陰で彼女と会う機会が確実に増えて行きます。二週間ほど経ってある日の事。彼女は、ワタクシに向かって紙飛行機を投げて寄越して来ました。ひらひらと舞う紙飛行機を追い掛けて捕まえたと同時に屋敷の前に積まれていた雪山へ頭から飛び込んでしまいました。ワタクシが顔に纏わりつく雪を振り払っている間、頭上でけらけらと高い笑い声が聞こえて来ました。笑い声を耳にしながら紙飛行機を眺めていると、中に字が書かれているのを見つけました。開いてみると、其処には」


「其処には?」


「たどたどしい文字で『貴方のお名前は?』と書かれてありました。ワタクシは、我を忘れて鞄からペンとインクを取り出すと、紙に書きましたね。書き終わって見上げると、彼女が何処からか持って来た縄を下に垂らしているのを見つけました。その縄に紙飛行機を結びつけると、彼女が手繰り寄せて紙飛行機を受け取ってワタクシの名前を見るなり、自分の名前を書いて寄越してきたのです。この時から奇妙な文通が始まったのです。先ずは、お互いに少しずつ、自分の事を教え合いました。その時に同い年で彼女が病気がちな為、家から外に出られない事も知りました。短い登校時間に沢山、話が出来る様に伝えたい事は、先に書いたり、何時しか、今日あった事を報告し合う仲となりました。所謂、友達ですね」」

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