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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第伍章 固執の頂に待つは、痼疾
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第伍章 固執の頂に待つは、痼疾 9P

「それ以上は、言わないで下さい。その覚悟……誰もが出来るものではありません。大抵のヒトは、見て見ない振りをして曖昧にしたり、関知出来ずに振り回されたり、都合の良い時だけ引っ張り出して都合の悪い時には、仕舞い込む。場合によっては、複雑さが増して重圧に耐えきれず、自死を選ぶ人も居るでしょう。そう、誰もが君にはなれない。承知の通り、此処に居るワタクシもその内の一人です」


 室内をゆっくりと歩き回り、本棚へ手を掛けてランディに背を向けたまま、話を続ける。


「君には、煌びやかに映る世界の全てがワタクシには、既に色褪せて見える。只、生きているのが辛いのです。目標も生き甲斐も無くなったのでね。今は、ランディくんの指摘通りで神に縋って辛うじて生き恥を晒しているだけです。もう、これ以上の苦しみを味わいたくない。ただ存在しているだけの生き地獄だからこそ、未練もなく死に焦がれているのです」


 寂しげに語るエグリースを見て言葉が出なかった。同じくらいの身長の筈なのにくたびれた司祭服を纏うその背中が小さく、酷くちっぽけに見えたのだ。思わず、目を背けたくなる光景だが、瞳が言う事を聞かない。前髪のすき間からランディは、じっと見つめてエグリースからの言葉を待つ。


「年長者の助言として―― もし、君に掛け替えのない大切なヒトがいるなら……その手を最後まで絶対に離してはいけませんよ? ワタクシには一生、着いて回る後悔が在ります。無情にも永久の別れは、突然に訪れますので」


「善処致します。エグリースさんの絶望はつまり……」


「話をするつもりは、ありませんでした……昔話です」


 話をしている内、互いに喉の渇きを覚え、自然と声が掠れる。しわがれた声で恐る恐るランディが質問を投げ掛けると、エグリースは淡々と答えた。


「エグリースさんを説得する為に司教様へ問い合わせをしましたが、お答え頂けませんでした。その時点で取り返しのつかないナニカと言うまでは、分かりましたが」


「もし、君がこの場でワタクシを懐柔し、希望を見出して下さったのなら今度、詳しくお話をしましょう。……さて、このワタクシの地獄の一端を垣間見ても君は、引き留めるのですか? ワタクシに慈悲を―― この世の頸木から解き放たれる事を欲する最後の願いを叶えてくれないのですか。脇目もふらずに幾つもの月日を過ごし、先立つ者へ追い着く為に善行を積み重ね、再会を焦がれて待つこの愚者に」


 これで締めくくりと言わんばかりにランディへと振り向いてエグリースは、軽く腕を広げ、晴れやかに笑う。今も心の中で人知れず、涙を流し続ける悲しい道化から出た最後の嘆願は、誰も救われない空虚な幻想を続けさせて欲しい。ただそれだけだった。


「だからヒトとの関わりを最低限に保ち、少しも未練を残さぬよう、過ごされたのですね。たった一つ……全てを賭してでも達成したい目的が為に」


「短い期間に調節し、幾つものも地区を転々として来ました。もう何度も何度も何度も何度も繰り返して両の手ではとても数えきれません。この町もその一つとしてワタクシは、考えておりました。けれども今回は、君と言う誤算が全てを狂わせた」


「すみません。でも、俺は……」


 横を向き、顔を伏せて声を詰まらせるランディ。真相を知った今、エグリースとの間に地の底まで届きそうな溝がはっきりと見える。その先へ進もうにも渡る橋は失われていた。


 救い出そうと無理を押して渡れば、己も戻ってこれないだろう。


「分かります。君は、ワタクシに救いの手を差し伸べてくれた。ワタクシが必要であると言い、全力を尽くして助けようと頑張って下さいました。この一時の間だけ、ワタクシにも心があると実感させてくれました。もう、それで十分なのです。ワタクシは、何もない高い険しい山の頂で座して死を待つのみです」


 粘りに粘ってやっとの思いで辿り着いたのに何も出来ない事を知り、ランディは自身の無力さを心底、嘆く。歯を食いしばり、考えを巡らせても答えがない。何故ならエグリースを救える者は、既にこの世に存在していないからだ。たった一言でもその人の想いが籠った言葉があれば、エグリースの心を動かせたかもしれない。今のランディには、失われた答えか、諦めると言う二択の選択肢が眼前に浮かんでいる。どうにか、状況を打開したくて失われた答えを選んでも警告の呼鈴と共にその選択肢は、選べませんとしか出ないのだ。


「本当に救いは無いのですか! もう、会えぬヒトに会う為、愚直に信じて独りで居続けるなど馬鹿げている……誰も確かめて帰還した事もなく、確実な保証もないまやかしです」


「その詰まらぬまやかしだけが、ワタクシの救いだったのです。もっと、前に君と出会って居れば、自分の悲しみとも向き合ってまた、違う道があったのかもしれません。でも、もう遅い。その機会は疾うに失われてしまいました」


「まだ、間に合います。何か一つでもエグリースさんを引き留めるものがある筈ですっ!」


「そう、ランディくんの言う通りだ」


両手を握りしめてランディは愈々、諦めの色が見え始めたその時、救いの手が差し伸べられる。声のする方へランディが振り向くと、開け放たれた扉の前に司教の姿があった。

目じりの皺を深くして優しく微笑む司教の姿を見て思わず安堵するランディ。一方、思ってもみなかった登場人物を前にエグリースは驚愕し、黙り込んでしまう。


「司教様! どうして?」


「丁度良い、頃合いだったようだ。朝早くから町が騒がしくて気になって向かう場所へ来てみれば、町民総出で修繕と清掃に勤しんでいる所に出くわし、肝心の君が居ないので確認してみれば、エグリースと話をしていると聞いた。そこで少し戸口で聞き耳をさせて貰ったが―― ランディ君、此処までよく頑張ってくれた。後は、私に任せたまえ」


「これは、全て貴方が後ろで糸を引いていましたか……」


 拳を握り、本棚へ強く打ち付けて静かに怒りの感情を解き放つエグリース。全て仕組まれていた事に。掌で踊らされていたとなれば、誰も良い気はしない。瞳孔が開き、敵意剝き出しのエグリースを尻目に司教は、小奇麗な司祭服をひらめかせながら室内へ歩みを進める。そのまま、ランディの隣まで来ると、溜息を一つ吐いて話を始める。


「そう構えるな、エグリース。私は、お前の上司として此処に来たのではない。義父としてやるべき事を果たしに来た。長い間、果たせなかった最愛の者との約束を果たしに―― な」


「どう言う事ですか! 今更、オネットを引っ張り出して―― 彼女を利用し、この期に及んでワタクシに何を吹き込むおつもりですか? そもそもこの修羅の道へ導いたのは、貴方自身! ワタクシの道を阻む筋合いはない!」


 思わず、今までの平静さをかなぐり捨ててエグリースは、司教へ吠えた。鬼のような形相で感情を素直に表へと出すエグリース。ランディは、黙って流れを見守る事にした。司教は、ほんの僅かの間、目を瞑って覚悟を決めると、エグリースを睨みつける。


「確かに私は、とてつもない間違いを犯した。絶望の淵にあるお前をこの世に何とか繋ぎ止める為に教典の教えと言う楔を打ち込んだ。最初のきっかけとしてあれば良いと思っていたものが、徐々に大きくなると想定せずに。いずれ時間が解決してくれるだろうと、安易に確証のない希望的な観測を根拠に実行した。その結果が今だ」


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