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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第伍章 固執の頂に待つは、痼疾
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第伍章 固執の頂に待つは、痼疾 8P

 ランディは、止まらない。今まで溜め込んでいた全てをこの場で吐き出す。口に出すのもはばかれる憶測と先入観にまみれた主張でも構わず、ぶつけた。間違っていてもそれで良い。エグリースの口から直接、聞けるのであれば。問題は、正解だった場合だ。


「誰もエグリースさんへ殉教の覚悟を望んでいません。何よりも貴方が孤独を愛している。そして貴方が欲しているものは……貴方がこの世に求める事は、何もないからですよね?」


「……」


「屍の様に何も感じずに居たい。安らかな死へ魅入られているから。その為の逃げ道が信仰心だけだったから信徒としての役割を演じているだけ。貴方が曝け出していないと言うのならば、本当のエグリースさんは何処へ? 詰まらない後悔と戻らない追憶がなければ、生きられないなら貴方は、本当に司祭失格だ! 死に焦がれる者が偉そうに必死に生きる人々を導くなど、おこがましいにも程がある!」


 目を瞑り、大きく足を踏みしめて床を打ち鳴らし、がなり立てるランディ。既に音を上げたくなるくらいに酷い言葉でエグリースを傷つける自分が許せない。様々な苛立ちや悲しみが入り混じって心底、自分を此処へ差し向けた事由を恨みたくなるランディ。


「もう、掌上で踊りません。これだけ言っても心に響きませんか? 矜持も尊厳も全てを捨てて獣の如く、言葉さえも失いましたか……只々、哀れです」


「……そう。私は最早、ヒトとして破綻している道化。君の指摘通り―― 今更、幻滅されようがどうでも良いのです。君が勝手に私へ何か、淡い期待を持っていたいただけ。やっと、理解して貰え、嬉しい限りです」


 揺らぐランディの様子を見て何かを悟ったのか、弱弱しく微笑むエグリース。


 口を真一文字に結んでランディは、恨めしくエグリースを睨む。感情的になって目まぐるしく変わるランディと姿勢を崩さないエグリースの攻防はまだ続く。


「その斜めに構えた表情も貴方の仮面の一つでしょう? 幾つあろうとも構いません。完膚なきまでに足で一つずつ、粉々に潰します。みっともなく足掻いて逃げて下さい。どうせ、此処でやめてしまってもこのままでは、貴方が居なくなる結果は、変わらない」


「君は、女の子にモテませんね。雰囲気や感情に配慮しないと。自分の想いばかりぶつけても振り向いてくれません。相手に寄り添って共感したり、駆け引きが重要です」


「夢想家でありたいもので。ありったけの情熱をぶつけて飛び火させるのが得意です」


 唐突に話を変えるエグリースにランディは、大人しく従う。一度、落ち着く必要があると、自身でも感じていた。これでは、話し合いにならない。


「燃やし尽くして焼け野原になっては意味がないのです。ましてや、ヒトにそれを強いてしまうと、いずれ疲れ果ててしまう。本来なら例え方に違いがありますが、ヒトはパンのみに生きるのではなりません。様々な要素があって満たされるのです。降り注ぐ陽光は、素敵なものですが、時には雨水にうたれて湿り気を取り戻し、風に吹かれて新鮮な空気を取り込み、落雷や嵐、豪雪によって自然の猛威を肌に感じ、生を実感するのです」


「俺に大自然の威光を求めるのは、無理な話でしょう。其処まで器用ではありません。強引にやろうとしたら火の雨が降注ぎ、乾いた風が土埃を巻き上げ、炎を纏った雷が轟き、年がら年中、空が真っ赤に染まります。人によっては、暗黒郷と呼ぶのかもしれませんね」


「そこに地割れを一撮み加われば、最高の地獄が完成です。もしかすると、世が世なら君の才能は、とても評価されていたかもしれません」


「そんな世知辛い世の中は、俺も望んでいませんがね……少しも楽しくない」


 むくれるランディの顔を見てエグリースは、席から立つとゆっくりと目の前へと向かう。


 そして両の手を肩に置いて穏やかな表情で頷き、諭す。


「ならば、君はもっと多くの事を取り込んで自身の裾野を広げねば。今の君が今以上に評価されるようになります。既に君は、ヒトの師として指導にあたり、道標としての役割を担っています。また、多くのヒトとの関わりを経て強い絆も育んでいる事でしょう。君を支える人々の為にも君は、もっと高みを目指さねば」


「誰かの為に善行へ憂き、身を窶し、誰もが誇れる偉人として扱われ、銅像になりたい訳ではありません。等身大の自分を俺は、大事にしています。研ぎ澄まされた感覚は、ヒトらしさをも犠牲にします。感情が摩耗し、何も感じなくなってしまう」


 ランディは、エグリースの手をやんわりと振りほどき、体を震わせながら左手で胸のあたりをぎゅっと握りしめる。一瞬にして凍える心の記憶が過ぎった。この町に辿り着く為に越えた雪山よりも体温を奪い、絶望の闇が待つ形容しがたい何かだ。しかし、今のランディにならば、それが何か分かる。その化け物の正体は。


「以前、俺はとある方に言われました。お前の独善は……周りの人々や自分を蔑ろにしていると。目の前の可能性と勝手に自分へ課した義務を優先し、一人の女の子を傷つけ、多くのヒトの前で醜態を晒し、己の心に一生治らない深い傷を付け―― 一時的に誰の思いやりも声も届かなくなりました。希望を追いかけて固執の峰、その頂に待つは……痼疾。賽の河原で石積みをするのと同じくらい悲惨で他者を置いて飽くなき希望を追い掛ける不治の病です。頂きに辿り着いても其処に合ったのは、無と孤独。只々、己の執念に身を焦がす化物の領域へ一歩、足を踏み入れていました」


 ゆっくりと、自分の言葉で表すランディにエグリースは、目を見開いた。


「だから情けなくとも……周りの近しい間柄の方々へ迷惑が掛かったとしても……ヒトとして生きたい。ヒトとしてありたい。醜く、情けない自分を許し、愛し、寄り添える自分でありたい。だから俺は、情の熱を持ち続けます。確かに俺は、大自然の威光を体現出来ませんが、時に色や温度、形を変えて。何処までも広がる蒼穹に焦がれ、矛盾を承知で冷たく蒼い輝きを放って対抗し、風にそよぐ緑野の穏やかさに心打たれて仄かな温かさと共に碧い揺らめきを演じ、地を流れる岩奬の如く、熱く紅い力強さを求め、燃え盛る炎になります。それが俺のありったけです」


 俯き、前髪で顔が隠れて表情の見えないランディは、『Chanter』で見つけた答えをたどたどしく述べた。この言葉に嘘偽りはない。失っていた心の一片を見つけたランディは、エグリースにもそうなって欲しいと言の葉に願いを込める。まだ、届く事を信じて必死だった。


「俺は……大自然の如く、人々を包み込み、影響を与え続ける大きな存在にはなれません。所詮は、一人のヒトだから。俺は、ヒトとしての領分を弁えてその先には、行きません。自分なりのやり方で燃え続けるのみ。これが俺なりの答えです」


「君の想いは、深く理解しました。如何やら、浅はかだったのは、ワタクシの様です。君は、きちんと答えを見つけて自己完結し、全てを承知の上で留まる事を選んだ。感情を捨てずに途方もない悲しみも自身の無力さへの怒りも身を焦がす苦しみがあったとしてもそれら全てを肯定し続ける覚悟を持って。それでもと言って胸の中で大切に抱えて前を向き、世界の美しさを知って居るからが故に共生し続けると」


「その通りです。だから―― エグリースさんにも!」

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