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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅲ巻 第伍章 固執の頂に待つは、痼疾
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第伍章 固執の頂に待つは、痼疾 7P

「僕も事情は大体、理解している。何せ、仕事柄でこう言った話に精通しているから。僕らが頑張っても結果に繋がらない事も勿論……だから君の一押しが必要なのさ。存分に話をして来て初めて答えが出る。露払いくらいは、させて貰うよ」


 ルーの後押しで段階は、更に進んだ。未だ、日の光が当たらない敵の本丸を臨み、ランディは、生唾を飲む。もう、後には引けない。この降って湧いた好機を無駄に出来ない。


「恩に着る……」


 頭を下げてランディは、一言。蚊の鳴くような声で感謝の言葉を絞り出した。


「友なら当然の事さ。君が突飛押しも無い事をするのは、いつもの事だからもう慣れっこだ。今まで散々、付き合わされているからね」


「頼もしい限り。それでこそ、俺の親友だね」


「さあ、早く。もしかすると、エグリースさんも察して何か行動を起こすかもしれない」


「うん、分かった!」


 後ろを振り向くことなく、ランディは、駆け足で聖堂の扉へと向かう。春の嵐が如く、忙しなく去ったランディを見送った後、フルールとユンヌの膨れっ面だけが、その場に残る。


 予め想定していたのか、ルーは、苦笑いでで二人の対応を受け持つ。


「……何よ? 二人で格好つけちゃって。まるであたし達が居ないみたいだった。凄く手助けしてるのに。失礼しちゃうわ」


「終始、蚊帳の外でした。今、深い憤りがあります。ルー主任、これは由々しき事態でしょう。主任には、説明責任を果たして貰わないと」


「この度は、我々の至らぬ気づかいが故に招いた結果で御座います。誠にごめんないです」


「心が籠ってない。やり直し」


 何を言っても許されないこの状況でルーは、冗談で茶を濁そうとした。けれどもご立腹の二人を前にしてそれは通じない。ルーは、困り果てて右手で髪を梳きながら頭を全力で回転させ、この場を切り抜けようとする。


「男の友情に水を差さないでおくれよ。良いじゃないか、僕らが女の子たちの前で格好つける機会なんて両の手で数える程もないくらい貴重なんだから」


「しみったれた事、言ってるからよ。口を動かしてる暇があるなら体を動かしなさい、体を。男は、背中で語るもんでしょ。詰まんない見栄なんか捨てなさい」


 ルーへ止めの一言を放ったフルールは、憂いを帯びた茶色の大きな瞳で去ったランディの残像を追う。今回は違う。黙って待つ。足掻きに足掻いて最後の最後にボロボロの姿で帰って来るのだから。迎えてやるのだ。その役名は、自分であると自負している。手の掛かる弟分だから隣でじっと寄り添って泣けば、宥めすかし。何も言わぬのならば、陽が暮れるまで同じ景色を眺めねばならない。


                   *


 時を同じくしてランディは、聖堂内を歩いていた。祭壇横にあるエグリースの書斎前で足を止めると、深呼吸を一つ。覚悟は、決めていてもこれから起こるだろう出来事には、どうしても勇み足を踏んでしまう。思わず、自分で自分が嫌いになってしまいそうなほど、浅ましい人間を演じなければならない。場合によって誰も救われない結果が待ち受けている。


 この選択肢で良かったのか、何度も自分に問い掛ける。仕様がなく、選んでいないか。

 誰かに教唆されたのではなく、自分の意志であるか。だが、問い掛けても答えは変わらない。此処で一歩前に踏み込み、エグリースを知らねばならないと、もう一人の大人の自分は、やさしく微笑んで言った。子供の自分は、俺を見捨てたのだからお前に最早、引き下がる事は許されない覚悟しろと言う。どちらにしても進めとお達しが出た。


 頬を両の手で軽く叩き、気合いを入れて扉をノックする。中からエグリースの返事が聞こえ、ランディは、ゆっくりと扉を開けた。窓から外の光が届かない室内は、薄暗く点在する燭台の蠟燭の火が辛うじて室内の様子を朧げに照らす。余す所なく書籍が詰め込まれた本棚が壁際に幾つも並び、それでも入りきらない書籍が床に高く積み上げられている。奥の机で書き物をしているエグリースを見つけてランディは、真っすぐ向かう。


「エグリースさん……」


「ランディくん。そろそろ、君が此処に来るのではないかと思っていた所です」


 司祭服に身を包んでいるエグリースは、珍しく眼鏡を掛けて手元の紙に集中していた。


 何時もの少し気味の悪い独特な雰囲気を纏う司祭の姿は其処になく、背筋の伸びた知的な雰囲気を醸し出す気品のある紳士然とした男が居る。言葉遣いや声色も落ち着いており、ちょっとした動作の一つ一つから気品がある。本当のいや、若き日のエグリースは容姿や仕草を気にして体裁を整えていた名残が感じられた。


 邪魔にならない距離でランディは立ち止まると、エグリースが口を開く。


「今日は、どう言ったご用事でしょう?」


「お話をしようと思って此処に来ました。お時間は、大丈夫ですか?」


「ええ、この手紙を書きながらで良ければ」


 ランディの問いにエグリースは、視線を軽く向けて笑う。其処にいるのは、何時もと変わりない不自然なエグリースであった。恐らく、ランディがこれからしでかすだろう狼藉を知っていても尚、この場で待ち受けていた。単純な男気か、それとも余裕のあらわれか。何方にしても既に退路は無い。ランディは扉の方へと顔を向けて話を始める。


「今、外では多くの人がこの聖堂の清掃に勤しんでいます。思い思い、エグリースさんの為に。ブランさんも存続に向けて尽力して下さっています。皆さんの善意にエグリースさんは、答えてくれないのですか?」


「それは、ランディくんの熱意に皆が答えた結果です。ワタクシの価値へ投資をしているのではありません。君には、他の者に熱意を分け与え、先導する力があります。とても崇高な行いです。以前にも言ったでしょう? この下らない茶番には使って欲しくないと」


 不意に手を止めて小さな窓辺へ視線を投げ掛けて遠くに響く喧騒へ耳を傾けるエグリース。その瞳に光は無く、何も映していない。真黒な深淵が渦巻くのみ。ランディは、その瞳を知って居る。以前の自分が絶望の淵に立った時と同じ。展望もなく、生きる気力のない死者を背負った者にありがちな状態だ。


「司教様からお伺いしました。此度の異動の件は、エグリースさんからの進言であったと。今までの全てが謀だった。既に吹聴されていた詰まらない噂話も否定せずに謀略へ利用して俺があたかも真実と誤認するよう仕向けたのですか?」


 ランディは、無表情の不気味なエグリースへ動じることなく、堂々と打って出る。


 同時に何故か、ランディの中で苛立ちが少しずつ生まれた。以前にもあった同族嫌悪だ。


 今日、この場でランディはこの苛立ちと別れを告げるつもりだ。


 エグリースを変えて自分も前に進み、決着をつける。


「理由を語る前に大前提として君にワタクシがこの町への未練が一切ない事を理解して欲しいのです。ワタクシは、神の僕。教会を通して教えを広める事こそが至高の喜び、使命。その為ならば例え、己の命を賭しても惜しくありません。我が心の内に何ものも入る隙がないと言えば、分かりますか? この町も長く続く旅路の通過点に過ぎないのです」


 窓辺から突き刺さる鋭い視線と突き放すような言葉をランディへ向けるエグリース。明確な敵意だ。こけおどしか、それとも本心か。まだ、その答えには至らないが、ランディに見せない姿を現した事で道が繋がる。穏やかな懐柔が出て来たのならば、辛い所であった。


「ワタクシの行動、全てがまやかしです。建前上、町民の方と上手くやって行ける様に演じていた仮の姿を真に受けて君が馬鹿を見ずに円滑に事を進める配慮をしただけです」


「俺は、詰まらない建前を聞きに来た訳ではありません。聞きたいのは、貴方の本心だ。何が貴方を其処まで恐れさせるのか? 信仰が全てと言うのも嘘だ。何が、貴方の心を占領して思考を捻じ曲げてしまったのか。全てを知り、エグリースさんの病巣を取り除くまでは一歩も引きません。貴方が幾ら御託を並べようとも」

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